番外編2・チェンジ、チェンジ!


 パウラは、まだ距離を保ったまま、じっと立っている。

 目を逸らして、こちらを見ようとはしない。

 こういうところに来たら、女の人がリードして誘ってくるものだと思っていたけど。

 俺もこういう場所は初めてで、どうしたらいいかわからない。

 でも、俺の目的はそこじゃない。

 あくまでも、話を聞くためだ。


「パウラは、 この店が非合法だってことは……」


 少しずつ、探りを入れてみる。


「……知ってる」


 知っているのか。

 なら、言っても無駄だろうけど……。

 どういう反応をするかな?


「俺なら、この店を訴えられるよ。そうしたら、君は無理にここで働かなくて済む」

「やめて!」


 大声を出された。

 そっか、ちゃんと反抗できるんだね。

 偉い、偉い。


「わかってて、ここにいるの。ここを出たら、行くところがなくなっちゃうの……」

「そうか……」


 かなりひどい待遇なんだろうなぁ……。

 俺は、少しずつパウラに近づいていく。


「つらいね」

「やめて……同情しないで」


 同情……か。

 本当は今すぐにでも飛び出したいくせに。

 でも、俺だけはわかってあげる。

 パウラの気持ち、もっと聞かせてよ……。

 そう思いながら、パウラをぎゅっと抱きしめる。

 

「パウラは、強いね」

「強くなんかない……。心を、殺しているだけ……」


 けれどパウラは、俺を突き放すようにしてすぐに離れた。


「他のゴンドル族たちも、パウラのように仕方なくここにいるの?」

「そんなことない。好きでここにいる人もいる。でも、ゴンドル族は職業を選べないから……」


 なるほど。パウラの話を聞いて、納得した。

 他の人の声も聞いてみたいけど、さすがに、初日からチェンジはまずいかな……。


「パウラ」

 

 名前を呼んで、ぐいっと力強くこちらへ引き寄せる。


「いたっ……」

「ごめん、俺、力強くて」


 再び俺の腕の中へ入ってしまったパウラ。

 彼女の腰の辺りをさらに引き寄せると、ぴったりと体が密着する。


「楽しませてくれる?」


 そう言うと、パウラは顔を上げて俺の方を見て、

 スッと表情が別人のように変わった。

 さっきまでの態度が嘘のようだ。


「まかせて……」


 パウラは俺の手を取ると、ベッドの方へ誘い座らせた。



 

 

「テオー、昨日どうだった?」


 翌日、大学の構内でアーベルに会った。

 情報を教えてもらった手前、答えないわけにはいかないだろう。


「ああ、あれね! とても有意義な話が聞けたよ!」


 笑顔で答えると、アーベルがきょとんとした顔になった。


「話?」

「なんで? 話を聞きに行くって行ったじゃない」

「おまえっ……! まさか、 本当に話を聞きに行っただけ!?」

「そうだけど?」

「聖人君子かよ……」


 あれ? なんか泣いちゃった?

 

 あの時、本当にパウラとは何もしていない。

「楽しませてくれる?」なんて言ったけれど、俺は受け入れられなかった。

 ベッドの上で二人重なり合って、それからパウラは服を脱ごうとしたけど、止めた。

 快楽に溺れるのは簡単だ。

 だけどそれは、今じゃない気がする。


「そうだ、ゴンドル族! ゴンドル族のおねーちゃんはいたのか!?」

「アーベル、声が大きいよ」

「ああ、わりぃ……」


 アーベルは、慌てて口をつぐんだ。


「いたんだけど、 あまり公になってないみたい」

「そうか……まあ、俺もゴンドル族って 実際見たことないもんな」


 俺も姉さん以外のゴンドル族を見たのは初めてだった。

 昨日はパウラだけしか話を聞いていないし、今日も「リヒト」に行ってみることにした。





「ご指名ありがとうございまーす」


 今日最初に指名したのは、金髪のロングヘアでいかにも夜の世界が似合いそうな女性だ。

 名前……はなんだったかな? リストに書いてあったけど、忘れた。


「よろしく、俺はテオドール」

「やだ、お兄さん、めっちゃ若いじゃん! モテそうなのに、なんでこんなトコ来てんの?」


 そう言いながら、彼女は俺の肩に触れてくる。


「その話、必要?」

「ううん、別に。 言いたくなかったらいいよ〜」


 話のわかる相手で良かった。

 パウラの時のように正直に話したら、また「年配の方に……」って言われかねないからね。

 同じ話は、極力避けたい。


「君は、好きでここで働いてるの?」

「別に、好きってわけでもないけど〜。もっと割りのいい仕事があれば、そっちで働きたいよ」


 金髪の彼女は、面倒くさそうに長い髪をかき上げて答えた。

 どちらでもない風か。割り切ってるんだろうな。

 ゴンドル族にも色々いるんだな。


「でも、ゴンドル族は職業選べないし〜。ほんと、そこんところ、なんとかしてほしいよね〜!」

「なるほど……」

「って、これじゃあ、あたしが愚痴聞いてもらってるみたいじゃん。お兄さんは? 何かないの? ここは、あたしたちがお客さんを癒す場所だからね♪」


 美人に笑顔でこんなこと言われたら、大抵の男はグラッと来ちゃうのかなぁ?

 でも俺は特に興味がない。


「んー、特にないかな……」


 そりゃあ、自分の性格が嫌になるとか、人間関係に困ってますとか、いろいろあるけど。

 愚痴ったところでどうにもならないことを知っているから。

 だから、言わない。


「ところで、チェンジってできる?」


 にこやかにそう言うと、彼女は驚いた顔をした。


「ちょ、ちょっと待ってよ! あたしじゃダメってこと!?」

「そういうわけじゃないけど……」


 全員相手してると 財布がピンチなだけなんだけど……。

 さすがに「何もせずに話だけ聞きに来ました」って正直に言うわけにもいかないしなぁ……。


「まあ、別にルール違反じゃないから いいけど!? ふんっ!」


 金髪の彼女は、鼻息を荒くして部屋を出ていった。

 怒らせちゃったか……。

 まあ、いいや。気を取り直して、次の女性を指名した。


 少しして、別の女性がやってきた。

 今度は、赤毛でセミロングのゆるふわパーマの女性だ。

 年齢は20代後半に見える。


「ご指名、ありがとうございます」

「よろしく〜」


 ベッドの上に二人で並んで座って、さっきと同じように話を聞いた。

 失礼のないようにメモはしない。

 メモを取ると、本当にインタビューに見えてしまうから。

 真剣に話を聞いて、頭の中へインプットしていく。


「ありがとう、 とても有意義な話が聞けたよ」

「そう? よかったわ」


 女性は笑顔で接してくれたけど、きっと「何、このお客さん……?」とでも思ってるんだろうな。

 風俗店に来て行為もないなんて、前代未聞だろう。


「チェンジしてもらえる?」

「はあっ!?」


 彼女は驚いたけど、すぐに冷静さを取り戻したのか、

 膝の上に置いていた俺の手に、自分の手を重ねてくる。


「お客さん……。私、お客さんを満足させられる自信、あるんだけどな……」


 急に艶っぽい顔になる。

 残念だけど、俺に色仕掛けは通用しないよ。


「もう、充分満足したよ」


 君の話だけで。

 その手を、彼女の膝の上に返した。


「本当にチェンジしちゃうの?」

「ごめんね」


 セミロングの彼女は、ため息をつきながら部屋を出ていった。



 しばらくして、また新しい女の子がやってきた。

 年齢は今までで一番幼いだろうか、利発そうな顔つきではあるが、どこかあどけなさがあった。


「ご指名、ありがとうございます」

「よろしく〜」


 ベッドに並んで座って、さっきの女性とは違い、俺にピッタリとくっついてくる。

 こちらの服を脱がそうとしてくるから、それをのらりくらりとかわしながら、いくつか質問する。

 そして数十分後──


「ありがとう、とても参考になったよ」

「……どういたしまして?」


 笑顔で答えてくれているけど、きっと不可解な客だと思われているんだろうな。

 俺はそれでも全然構わないけれど。


「じゃあ、チェンジしてもらえる?」

「ちょっと、 さっきからなんなのお客さん!」


 チェンジのことを前の人から聞いていたのか、怒り出した。


「支配人呼んできます!!」


 怒りながら部屋を出ていく。

 支配人を呼ばれるとは、ちょっとやりすぎたか……。

 なんて思いながらも、反省も後悔もしていないのだけど。


 数分もしないうちに、支配人が息を荒くしてやってきた。


「お客様、うちの者たちに、何か問題でもありましたでしょうか?」

「あー、そういうわけじゃ ないんだけどね」

「当店では、チェンジは2回までとなっております。VIPとはいえ、これ以上されると入店をお断りするしか……」

「わかったよ。今日は諦めるね」


 そう言うと、支配人はやれやれといった感じでため息をついた。

 チェンジは2回まで。

 ということは、1日に話が聞けるのは3人までということになる。

 怒らせて出禁になっても困るし、明日からは少しだけ相手しようかな……。

 


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