番外編2−2・交換条件*
*
今日のお客さん、常連になってくれそう……。
もっともっと指名を増やして、お金貯めなきゃ……。
一人目の相手が終わって、キャストの控え室で休憩している時だった。
「ほんっと、なんなのあのテオって客! あたしをチェンジするなんて、信じられない!」
金髪の同僚がイライラした態度で足を投げ出していた。
……今、「テオ」って言っていたような?
テオが来ていたの……?
すると、その声を聞いた他の同僚たちが、わらわらとその子の周りに集まった。
「あんたもやられたの? 実は、私も……」
「私もチェンジされた!」
どうやら、テオが次々と女の子をチェンジしたようだ。
そういえば、私の時も「話が聞きたい」って……。
でも、最後に少しだけベッドの上で抱きしめてくれた。
「ねえ、そういえばパウラも昨日、あいつに指名されてたよね?」
「えっ、う、うん……」
急に話を振られて、ビクッとなってしまった。
「パウラも、チェンジされたんでしょ?」
「そ、そうだね……」
面倒くさいことになりそうだから、話を合わせておこう……。
私は、笑顔を作って答えた。
「あーっ、ほんと腹立つー!」
金髪の彼女は言うだけ言うと、私から離れていって、まだ怒っている。
私は、チェンジされていない。
もしかして、私だけ相手してくれた……?
テオは、ちょっと力は強かったけど、すぐに謝ってくれたし、
他のお客さんとは違う雰囲気を感じた。
それに……それに、かっこよかった。
かぁっと頬が熱くなる。心臓がドキドキしてきた。
お客さんから本気になられたことはあるけど、私が本気になっちゃいそう……。
また来てくれないかな……?
なんて思いながら、数日が過ぎた。
あれから、また控え室でテオの名前を聞くことは度々あった。
でもそのすべてが「チェンジされた」という愚痴から始まるものだった。
ゴンドル族から話を聞きたいと言っていたから、全員を指名しているのかもしれない。
私は、最初に話をしてしまったから……。
もう、指名してくれることはないのかもしれない。
寂しさを感じながら、今日も私は別のお客さんの隣にいる。
「ちょっと、お姉さんボーッとしてないでよ!」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
今日のお客さんは、わりと羽振りのいいおじ様。
嫌われたら指名が減ってしまうから、私たち風俗嬢は懸命に仕事をする。
「それとも、わざとそうやって気を引くのが趣味なのかな?」
ああーっ、この人面倒くさい人だ!
そんな人の相手をしながらも、私はテオのことを考えてしまっていた。
そうだ、お店の会員リストにメッセージIDが書かれていたはず。
こちらから、営業メールを出せばいいんだ。
*
「だいたい情報はたまったかな……」
大学の中庭のベンチでタブレットを開き、頭の中に叩き込んでいた情報を入力していた。
あとはこれを精査して、レポートにしていこう。
「テオ、レポートどうなった?」
そこへライナーがやって来て、上から覗き込んでくる。
「ああ、情報は集まったから、あとはまとめていくだけかな」
「はや!? 一体、どうやって!?」
「ひ・み・つ♡」
まさか、本当に風俗店に行って話を聞いてきたなんて、掴みどころのないライナーに言えるわけないよ。
もしかしたら、アーベルに聞いてるかもしれないけど、ライナーは勘が鋭いから、あんまり言いたくないな。
そんな会話をしていると、ピロン、とスマホにメッセージが入った。
『会いたい』
パウラからのメッセージだった。
そういえば、会員に入る時にIDを書いたか。
こうやってお客さんを呼び込んでいるんだなぁ。
「誰? アーベル?」
「残念、違うよ。 俺の姉さん」
咄嗟に誤魔化す。
「テオ、お姉さんいたのか」
「うん、義理だけどねー」
「……義理?」
あ、やばい。
つい、本当のこと言っちゃった。
姉さんがゴンドル族じゃなければ、見せびらかしたいくらいなのになぁ。
そう思いながら、ライナーの言葉は聞こえないふりをして、その場を立ち去った。
パウラが指定してきたのは、駅前の広場だった。
俺の姿を確認すると、小さく手を振る仕草が可愛い。
「……テオ!」
「パウラ、なにか嬉しいことでもあった?」
初めて会った時の態度とは随分違う。
「テオに会えたことが嬉しい」
「営業文句?」
「違うよ、本心だよ!」
「ほんとう? 嬉しいな」
どういう心境の変化だろうか?
まあ、俺にとってはどっちでもいいことだけど。
そんなに好かれるようなこと、したかな?
「こんなに人の多いところに出て大丈夫? ゴンドル族って、見つかると捕まっちゃうんでしょ?」
「意外と、堂々としていれば見つからないものなの」
「ふーん」
まあ、そりゃそうか。 姉さんも普通に生活してるもんな。
昔はどうだったか知らないけれど、政府はそんな躍起になってゴンドル族を探しているわけではないのかもしれない。
「で、今日は同伴をお望み?」
「うん」
「まあ、今日はいいけど……」
リヒトにいたゴンドル族からは、すべて話を聞いた。
大体が生活や職に関する不満で、戦争に関してはほとんどが関心なさそうだった。
ゴンドル族にとっても、すでに過去のものとなっているようだ。
だから、レポートを完成させるだけなら、もうリヒトに行く必要はないんだけど……。
俺は、万一の時のためにパウラと懇意になっておきたい理由があった。
「……本当に、こんなのでいいの?」
「うん、これがいい……♪」
いつもの薄暗い部屋のベッドの上で、俺はパウラをギュッと抱きしめていた。
姉さんも、ベッドの上で抱きしめたらこんな感じかなぁ……?
なんて思いながら。
姉さんとは、家に帰った時に再会のハグはするけど、こんなに密着したことはない。
シャンプーの香りがして、適度な肉付きがふわふわして、足を絡ませて。
このまま眠ってしまいたいくらい、気持ちいい。
「……落ち着く」
「そう、良かった」
パウラの口調は、なんだか素っ気なかった。
「なんか、怒ってる?」
「怒ってないけど」
怒ってないけど、機嫌が悪いのはわかる。
あまり踏み込みたくはないんだけど、パウラに嫌われたら困るしなぁ。
「ねぇ、パウラ。ここじゃなくて、お店の外で会えないかな?」
「それはダメ。バレたらクビになっちゃう」
即答だった。そりゃそうだよね。
売り上げにも響くから当然、店側は禁止しているところが多い。
他の客とトラブルにもなるだろう。
でも……。
「バレなきゃいい?」
「えっ?」
耳元で囁いて、ぎゅっと抱きしめる。
バレないように守ってあげるとでも言うように。
じわじわと、気付かないうちに、俺のことを好きになってもらう。
「俺の部屋に来ない?」
「それは……」
パウラは考え込んでいる。
お店の外で会う、ということは同伴ではなく個人的にということだ。
ここでパウラが拒否すれば、会いたいと言ったメールはやはり営業だったということだ。
パウラは真剣な表情で、俺の唇に人差し指を当てた。
「交換、条件」
「なに?」
「今すぐにここで抱いて」
驚いた。
まさかパウラの方からそういう関係になりたいと言ってくれるなんて。
そうだね。俺だけノーリスクなんて、不公平だよね。
しばらくの間見つめあって、俺も覚悟を決めた。
「いいけど。いいの? 俺、力加減できないよ」
「……いいよ」
そう言って、パウラは俺の上に乗ってするすると衣服を脱いでいく。
白い肌が顕になって、俺の衣服のボタンを外し、柔らかな二つの膨らみを俺の胸に重ねてくる。
栗色の長い髪が、さらりと降りてくる。
「パウラ……パウラ、大好き……」
パウラの首に腕を回して、自分に言い聞かせるように囁く。
「テオ……私も……」
顔を紅潮させながら、俺を見下ろしてくる。
「ちゃんと、“好き”って言って?」
「好き……」
姉さんと似た顔で、似た声で言われて、ゾクリと鳥肌が立った。
(やばい……ハマりそう……)
「ねえ、パウラ……」
優しくパウラの頬を撫でる。
「パウラのこと、“姉さん”って呼んでいい?」
「え……」
固まってしまった。引かれただろうか。
パウラは一瞬考えて、
「……いいよ」
と承諾してくれた。
「姉さん……」
パウラに姉さんの姿を重ねて、今度は俺が上になる。
抱きしめて、抱きしめて、その温もりを感じながらも心だけが苦しくなる。
だって、姉さんは──。
「大好きだよ……」
「……あっ」
パウラの大切な部分に指を這わせると、甘い声を出してくれる。
俺で感じてくれている。
このまま快楽に溺れて、彼女を好きになれればいいのに。
そうすれば俺は──
「ああっ、テオ……!」
パウラの爪が俺の背中に食い込む。
いいよ、もっと傷つけて。
俺もパウラを……きっと傷つけるから。
ああ、俺はたぶん、どこまで行っても──
パウラを
番外編3へつづく
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