番外編3・我が家〜ダニエル逮捕
次の休日、俺は久々に実家に帰ってきた。
家に帰ってくる時は、いつも真っ赤なスポーツカーをレンタルして走らせる。
免許は取りたてだから、まだ助手席に誰も乗せたことがない。
ガレージに車を停めて、インターホンを押すもすぐに玄関の鍵を開ける。
「ただいまー!」
大声で言ってリビングへ行くと、珍しく父さんが家にいた。
父さんの仕事は政府関係だ。二十年前の戦争で活躍したらしく、わりと有名人になっいてる。時々、テレビでその活躍が映し出されることもある。
俺は父さんのことを尊敬しているけど、それを周りに自慢したりすることはない。父親が政府関係だなんて、友人に言ったりしたらどうなることか。警戒されるか、ミーハーな人物なら逆に会わせろと言ってくるかのどちらかだ。
仕事の時はスーツ姿で忙しく飛び回っている人だけど、家にいる時はラフな格好で、どこにでもいる普通のおじさんだ。
「テオドール! 帰ってくるなら連絡なりしないか!」
「ごめんごめん、驚かせたくて」
でも、父さんがいなかったら話ができなかったな。
今度からはちゃんと連絡しよう。
「兄さんと姉さんは?」
「自室にいるが……」
父さんがそう言うなり、廊下からパタパタと足音が近づいてくる。
勢いよくリビングの扉が開いて、俺の大好きな姉さんが笑顔で入ってきた。
「テオが帰ってきたの!?」
姉さんは相変わらずだ。無邪気な笑顔がかわいい。
俺とは違う大学に通っているけど、仲のいい友達もいるみたいで、ゴンドル族であることがいつかバレるんじゃないかって、内心ヒヤヒヤしている。
昔、父さんがGPSを持たせていたけど、嫌がってやめたって言っていたな……。
こっそり仕込んでおけばいいのに。
「リア、落ち着きなさい」
「ごめんなさい、お父様」
姉さんだけ、「お父様、お兄様」呼びなんだよね。
最初は、血の繋がっていない家族だから遠慮しているのかと思った。
でもそうじゃなくて、ずっとお嬢様学校に通っていたからなんだって最近気づいた。
俺は弟だから名前呼び。
なんとなく特別感があって嬉しい。
「姉さん、ただいま」
ぎゅーっと、恒例の再会のハグをする。
姉さんの感触、姉さんの匂い、またしばらく帰らないだろうから、思いっきり堪能しておかないと。
「もう、テオったら!」
くすぐったそうにしながら、抱きしめ返してくれる。
久々に姉さんを補給できて満足だ。
すると、父さんがソワソワし出した。
「テオドール、父さんには再会のハグはないのか?」
「えー?」
「“えー”ってなんだ、“えー”って!!」
だって、俺が好きなのは兄さんと姉さんなんだもの。
父さんのことは嫌いじゃないけど、ハグの対象じゃない。
そんなやりとりをしていると、今度は兄さんがリビングにやって来た。
「テオ、帰っていたのか」
ああ、兄さんだ。俺の尊敬する兄さん。
見目も良くて頭も良くて仕事もできて。
今日も家で仕事をしているのか、ワイシャツ姿だ。
「兄さん、ただいま」
兄さんにも再会のハグをすると、仕方なさそうに背中をポンポン叩いてくれた。
「テオ……相変わらずだな」
「父さん、悲しい」
俺が兄さんと姉さんにしかハグをしないものだから、父さんが拗ねちゃった。
まあ、いいや。久々の実家で羽を伸ばそうと、大きなソファに腰を下ろした。
「お兄様、仕事中でしょ? お茶でもお持ちしましょうか?」
「ああ、今一息入れようと来たんだ。 持っていくよ」
「じゃあ、私が淹れますね」
兄さんと姉さん、二人のやりとりを見て、変わらないなぁと内心思う。
お互い好きなはずなのに、どうしてくっつかないんだろう?
早くくっつかないかな〜、なんてジレったく思うんだけど、兄さんはきっと俺を警戒しているからだ。それはわかる。でも姉さんは、どうして
「テオ、いつまでいるんだ?」
姉さんがお茶を淹れるのを待つ間、兄さんが話しかけてきた。
「夕飯食べたら帰るよ」
「そうか……。俺は仕事で相手できないが」
兄さんは淡々と、こちらと目を合わさずに言う。
「いいよ、兄さん忙しいもんね」
(……する気もないくせに)
なんて、心の中で本音が出てしまった。
俺の厄介な性格のせいで、兄さんは昔からずっと俺を警戒している。
なんでだろうな〜。どうしても、兄さんが持っているものとか、好きなものを俺も欲しくなっちゃうの。
子供の頃は自分で気づいていなかった。でも、ある時めちゃくちゃ母さんに叱られたんだ。
優しい母さんがあんな大声で言ったから、俺はよほど悪いことをしていたんだと気付かされた。
「お兄様、お茶が入りましたよ」
「ああ、ありがとう」
兄さんは、お茶を持って部屋に戻って行った。
姉さんは、父さんと俺にもお茶を出してくれて、ニコニコしながら俺の隣に座ってきた。
「姉さん。姉さんも部屋に行っててくれる?」
「えっ? せっかく帰って来たのに」
「父さんと、大事な話があるんだ」
「わかったわ」
残念そうにリビングを出て行った。
俺ももっと姉さんと話していたいけど、今日の本題は違うんだ。
持ってきたバッグから、分厚いファイルを取り出してテーブルに置く。
「父さん、これを見て」
「これは……?」
「大学の課題で、ゴンドル族のことをレポートにまとめてみた」
「おまえ……」
父さんは驚いたのち、ファイルを開いた。
まとめ上げられた資料を、無言で読んでいく。
「これは……」
「これ、父さんがやってる活動に使えないかな? 姉さんのためにもなるよね?」
「うむ……。よくまとまってるな……」
父さんは、しばらくその資料を睨むようにページを読み進めていく。
数ページ読んだところで、再び顔を上げた。
「しかし、テオドール。この情報、どこで手に入れた?」
「風俗店で働くゴンドル族から聞いたものだよ」
俺が言うと、父さんはファイルを落としそうになるほど驚いた。
「風俗店!? おまえ、行ったのか!?」
「ちょっと、噂で聞いて確かめにね」
多分、俺や兄さんには内緒にしたかったんだろうなぁ……。
父さんの口からそういう話は一切聞いたことがない。
義姉と同じ種族が裏社会で働いているなんて、知られたくなかったに違いない。
でも、どうやったって真実というものは自然と耳に入ってくる。
「父さんは、ゴンドル族の女性がこういうトコで働いてるって、知ってたんでしょ?」
「もちろんだ。 だから差別緩和を目指している」
「姉さんには言わないの? こういう世界があるってこと……」
偶然知ってしまうよりも、注意喚起として父さんの口から言っておいた方がいいような気がする。
「もちろん、ゴンドル族だとバレれば風俗に売られてしまうから、気をつけるように注意はしてある。しかし、他の生き残りが裏社会で働いていると知れば……あいつは、間違いなく罪悪感に苛まれるだろうし、ヘタをすれば、単身で政府に乗り込みかねん」
「職業のことは? たしか、ゴンドル族でもなれる職業があるんでしょ?」
「もちろん、リアが自分の意思で “それになりたい”と言えば問題はない。だが、私が目指しているのは職業選択の自由だ。リアには、ゴンドル族の先駆けとなってほしいんだ……。そうでなければ、意味がない……」
そうか……。父さんには父さんの考えがあってのことか……。
俺は言っておいた方がいいような気もするけど、そういうことなら仕方がない。
「このレポートは、よくできてる。これで、総帥閣下に進言してみることにしよう」
父さんはファイルを閉じて、一旦自分の横に置いた。
俺の作ったレポートが姉さんの役に立てばと思うと、とても嬉しい。
「あっ、そうだ 父さん、これも……」
思い出して俺は、一枚の紙を差し出す。
「うん? ……クレジットカード明細書……?」
「出世払いってことで、じゃあね!!」
俺は、慌ててリビングを飛び出して、家の外に出た。
クレジットカードは家族会員だから、父さんの口座から引き落とされることになる。
限度額があるとはいえ、学生が一気に使う金額じゃない。
しばらくの間、沈黙が続いた後……
「はあっ!?!?!?!?
テオドーーーーーーーーール!!!!!!!
なんだこの金額はーーーーーーーッッ!!!!」
父さんの怒鳴り声が、家の外まで響いてきた。
*
公国会議場。
ここは政府の人間が集まって議論を交わす場所である。
会議が終わった後、皆が退室していく中、ダニエルだけが公国総帥に呼び止められた。
総帥の斜め後ろには護衛の兵士が二人立ち、そんな緊張感の中、ダニエルはテーブルを挟んで総帥の向かいに立った。総帥は座ったまま、テーブルの上に例のファイルを置く。
「ダニエルくん、君のこの資料、とても興味深く拝見させてもらった」
「はっ、ありがとうございます」
「君は、ずっとゴンドル族の差別緩和を望んでいるが……。何か、特別な理由でも?」
そう問われて、ダニエルは取り乱すわけにはいかなかった。
リアの存在は決して悟られてはならない。
「いえ、そういうわけではありませんが……。ただ、ゴンドル族だけに過酷な環境を強いることに、心が痛むだけです」
本当のことも言わず、しかし決して嘘ではない意見を述べる。
実際、ダニエルは戦後からずっと思っていた。
総帥はダニエルの言葉を聞くと椅子から立ち上がり、何かを考えるように顎に手を添えた。
「君は、とても優秀だ。もし差別緩和が実現できれば、多くのゴンドル族から支持されるだろう」
「恐れ入ります」
「この話、進めてもいい」
「本当ですか!?」
(やった……! テオドールに感謝だな!)
ダニエルは、心の中でガッツポーズをとった。
「ただし、条件がある」
「なんでしょう?」
「君の家を捜索させてもらう」
「えっ!?」
「君がこれだけゴンドル族に力を入れる理由……。ゴンドル族を匿っているのではないかという噂が立っていてね」
「そんなことはありません!」
一体、どこからそんな噂が?
総帥は根も葉もない噂を信じるようなタイプではない。
確信があるのか、もしくはどこかから情報が漏れたのか。
「カルステン君のところの、ポポロム君の例もある……。ポポロム君は、医者になったということで拘束を免れているが……私も優秀な部下のことを信じたい。信じたいからこそ、だよ。私を安心させてくれたまえ」
「……わかりました」
ダニエルの背中には冷や汗が流れていた。
早く息子であるアルフレッドとテオドールに連絡しないと。
万が一の時にはリアを隠すように合言葉を決めてある。
急な家宅捜索となると、思い出の写真や部屋を隠す時間はないが、とにかく本人を隠せればいい。
自分もすぐに家に帰って、できるだけリアの部屋をカモフラージュせねば。
そう思っていると、
「家宅捜索の間、 君の身柄は拘束させてもらう」
総帥の一言で、彼の後ろにいた兵士たちが一斉にダニエルの後ろに回った。
体格のいい兵士二人に羽交締めにされては、ダニエルも身動きが取れなかった。
今抵抗すれば、リアを匿っていることを認めてしまうことになる。
ダニエルは諦めて、息子二人にリアの運命を託すことにした。
「ま、待ってください! さすがに、家に帰らないのでは息子たちが心配します。せめて、連絡はさせてください!」
早く合言葉を伝えなければという一心で、ダニエルは最後の抵抗をした。
総帥はしばらく考えて、唇の端を上げて言った。
「いいだろう、今ここで、連絡したまえ」
(アルフレッド……テオドール……。私は、もうダメかもしれん……)
そもそも、今までこれほどまでにゴンドル族を捕えることに関して積極的に動いたことはなかった。
総帥の狙いは、おそらく自分の失脚なのではないかと、ダニエルは感じた。
ダニエルは自分の身の覚悟を決め、スマホを取り出した。
番外編3−2へつづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます