番外編1−2・裏社会のゴンドル族


「ここかぁ……」


 夜も更けてきた頃、俺は一人でネオンに包まれた繁華街にやって来た。

 バーやキャバクラなど、様々な夜の社交場が立ち並ぶ。

 呼び込みのボーイ達をさらりと躱して、ようやく目的の店に辿り着いた。

 入口付近の壁には女性達の写真が貼り出され、見た目は普通の風俗店だ。

 表からは、噂のような感じはしない。

 看板は「リヒト」という文字が煌々と輝き、反面入口である地下への階段は、闇へと続く。


「いらっしゃいませ。お客様、 初めてでございますか?」


 女性達の写真を見ていると、熟年の男性が声をかけてきた。

 呼び込みのボーイにしては身なりが立派で年齢も上すぎる。

 おそらく支配人クラスの人物だろう。


「うん、そうだけど」

「ありがとうございます。 ささ、こちらへ……」


 促されて、薄暗い階段を降りていく。

 中へ入ると、廊下も薄暗かった。


「こちらから お好みの子をお選びください」

「ふーん……」


 支配人が、女性達のリストを持ってきて開いてくれる。

 中々に美人が多いが、俺にはまったく興味がない。

 今日の目的は、ただ一つ。


「ねえ、ゴンドル族はいないの?」

「お、お客様、なんの話でございましょう?」

「ここに、ゴンドル族の女の子がいるって聞いたんだよねー」

「お客様、困ります……! その話でしたら、どうぞこちらへ」


 ゴンドル族の名前を出しただけで、VIPルームらしき場所に通されてしまった。

 

「お客様……どなたかのご紹介で? まさか、マスコミ関係の方……!」


 この支配人、何も訊いていないのによく喋ってくれるな。

 おかげで助かるけど。

 しかしこの反応は、無許可……かもしれないな……。


「どっちでもないけど、ちょっと風の噂で聞いてね」

「申し訳ございません。ゴンドル族は、一般の方には紹介できないんですよ」

「なんで?」

「なんで、と申されましても……」

「ね〜、 いろいろとバレたら困るんじゃないの?」

「お、脅しには屈しませんぞ!」

「もしかして、VIPならいける?」


 貯金を下ろしてきて入れていた封筒を差し出す。

 それなりの金額は入っている。


「これでどう?」

「え……。な、中を検めさせていただきます」


 まさか、こんな若造が大金を持ってくるなんて想像もしていなかったのだろう。支配人は目を丸くしていた。


「失礼しました、お客様。では、こちらをご覧ください」


 手のひらを返したように、別のリストを持ってきた。

 そこには、十数名のゴンドル族の女性の写真とプロフィールが載っている。

 俺は黙ってリストのページをめくっていく。


(こんなにたくさん……。姉さんと同い年くらいか、 少し上の人が多いな……)


 そりゃそうか。戦争が終わって20年しか経っていない。

 戦後生まれのゴンドル族は少ないだろう。


(ほんっと、姉さんて……お気楽に生きてきたんだな……)


 きっとこんな世界があるなんて知らずに過ごしてきたんだろう。

 

「ねえ、ちょっと高くない?」


 普通の人間よりも料金が高い。

 アーベルの言っていた通り、そんなにイイ・・のだろうか?


「申し訳ございません。 ゴンドル族は特別扱いでして……」

「特別扱い?」


 父さんから聞いた話や、調べた歴史とは随分違う話だな。

 ちょっとカマをかけてみるか……。


「奴隷扱いの間違いじゃない?」

「お客様! 言葉が過ぎますぞ! 彼女たちは、望んでこの世界に入ったのです!」

「入らざるを得なかった、でしょ」

「うぐぐ」


 喧嘩して出禁になっても困るし、探りはこのくらいにしておくか。

 本題は、ゴンドル族達に話を聞くことだ。


「まあ、いいや。今日は、そのお金で選ばせてくれる?」

「畏まりました、今後もご贔屓に していただけるなら」

「ありがとー」


 ほぼ俺の全財産持ってきたから、少しでも節約したいところだった。

 リストをパラパラとめくっていく。

 姉さんもそうだけど、ゴンドル族って赤毛が多いんだな。

 そう思いながらページを捲ると、一人の女性に目を奪われた。

 雰囲気が姉さんに、とてもよく似ていたのだ。





 案内された部屋へ行くと、内装はファッションホテルのようだった。

 薄暗くて、いかにもな雰囲気。

 実際に入るとこんな感じなんだ。

 少しテンションが上がり、ふかふかのダブルベッドへダイブすると、指名した女の子が無言で入ってきた。


「こんばんは」


 笑顔で言ったけど、女の子は何も言わず暗い表情のままだった。

 栗色のロングヘア、夜の世界に似つかわしくない大人しそうな顔、肌を露出させた服装、その肩を小刻みに震わせている。まるで小動物のようだ。


「ねー、なんでそんなに怯えてるの?」


「……人間は、キライ」


 やっと口を開いたと思ったら、そう来たか。


「そっか」


 否定も肯定もせず、様子を見た。


「……怒らないの?」

「怒る? なんで?」

「キライって言ったのに」

「それは、しょうがないんじゃない? 人間だって、ゴンドル族を嫌ってる人はいるし」


 そう言うと、彼女はまた黙ってしまった。

 俺は戦後生まれだからゴンドル族を嫌う理由はない。

 だけど20年前の戦争を経験した者は、ましてや戦乱に巻き込まれて家族を失った者は、嫌悪感を持ってしまうだろう。

 彼女は比較的若いのに人間が嫌いということは……きっと酷い目に遭ってきたんだ。


「俺はね、君と話がしたいんだ」

「話……?」

「正直に言うとね、ゴンドル族の歴史について学んでる」

「それなら私じゃなくて、もっと年配の方に聞いた方が……」

「ゴンドル族の知り合いなんていないよ。それに多分年配の人に聞く話は、図書館で調べれば出てくるような話だ」

「俺は、そんな教科書的な答えはいらない。君のような子から、心の叫びを聞きたいな♪」


 また黙った。……と思ったら、


「……変な人」


 と言われた。

 

「そういえば、まだ名乗ってなかったね。俺はテオドール。テオって呼んで」

「テオ……さん……」

「ううん、呼び捨てでいいよ」

「テオ……?」


 言われて、ぞくりと背筋が震えた。

 

(あ……やば……)


 名前を呼ばれて気づいた。

 雰囲気も声も似ているなんて。

 その声で、いろんなことを言わせたい……なんて思ってしまった。

 

「私……パウラ……」


 少し心を許してくれたのか、パウラは名乗ってくれた。


「よろしく、パウラ」


 再び笑顔で挨拶した。

 彼女、いいな。気に入った。

 俺の中で、ある一つの考えが浮かんだ。



番外編2へつづく

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