第21話 取り戻した記憶 sideリア*

「そ、そ、そ、それは、その! つまり、その!」


 話を統合すると、今後のために結ばれておきましょうって、そう聞こえてしまう。

 先生の部屋に呼ばれた時点で、ちょっと期待してはいたんですけれども! でも!

 焦って言葉が詰まってしまう私を、先生は穏やかな表情のままでじっと待っていてくれた。


「とてもありがたいのですが、先生! ロマンが足りません!」


 なんというか、まるで保健の授業のように聞いていたら流れで事務的に……という感覚だった。

 それでは寂しい。

 ワガママかもしれないけれど、ちゃんと気持ちが欲しい。

 

「そ、そうですね……。すみません、僕はなんか……理屈っぽくて」


 そう言ってポポロム先生は、立ち上がって笑顔で両腕を広げた。


「……リアさん、おいで」


 照れながら先生の腕の中へ入っていくと、ぎゅっと抱きしめてくれた。

 暖かくて優しい。久しく味わっていない感覚だった。

 静電気のように、チリチリと産毛が逆立った。

 これは、ゴンドル族同士が近づくと起こる現象らしい。


 先生は背が高いので、私の顔はちょうど先生の胸の辺りにくる。

 鼓動を感じながら安心していると、スッと私の顔を持ち上げるように頬の下の方に触れてきた。


「ロマンは足りないかもしれませんが、僕は、知識だけはあるので……。たとえば……ここ」


 言いながら、私の耳の後ろあたりをなぞるように指を滑らせてくると──


 ビクッ

 身体が反応してしまった。


「こことか……」

「ふぁっ!?」


 間髪入れずに耳の穴あたりをくすぐられる。

 知識だけはあるって……そういう事ですか、先生!?


「ふふ、ここなんかも」

「ふぁあっ!?」


 さらに声が出てしまった。

 嘘でしょう? 鎖骨のあたりを撫でただけでこんな……。

 もう、心臓が持ちそうにない。


「先生、遊ばないでくださいぃ」

「すみません、リアさんがかわいくて、つい……」


 頬にキスをされて、再び抱き締められた。


「あと……名前で呼んでくれると、嬉しいです」

「……ポポロム、さん……」

「はい」

 

 私たちはそのままベッドに横たわり、

 夢のような時間を過ごした。


 愛されているという実感。

 いつからだろう。

 いつぶりだろう。

 こんなに幸せと感じる時間は。


 ポポロム先生の、紅潮した顔を見る。

 きっと私も同じような顔をしているのだろう。


 同じ表情で、

 同じ気持ちで、

 同じベッドの上で、


 私たちは、一つになる。


 その瞬間、まるで電気が走ったような感覚に襲われた。

 今まで感じたことのない感覚だった。


「う……あ、あっ!」

「大丈夫ですか、リアさん?」

「せんせっ……これ、は……?」


 一つになっただけで意識が飛びそうだった。

 先生が言うには、ゴンドル族同士の共鳴のようなものらしかった。

 嘘でしょう? 同じ種族というだけでこんなに違うものなの?


 一瞬だけ義兄の顔がよぎり、すぐに振り払った。

 大丈夫、先生は優しくしてくれる。

 先生は私を愛してくれている。

 先生は、まっすぐに私を見て──。


「リアさん、大好きですよ」


 姉さん────

 姉さん 大好き────


 ……え?


 テ、オ……?


 目の前に、テオの顔が浮かぶ。


 

 なんで、テオが……?


 わた、し……

 なにか、大切なことを忘れてる……?


 姉さん────

 姉さん 大好き────

 

 め ち ゃ く ち ゃ に  

  し て あ げ る ね


「あ……あ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」


 あの時のことを思い出し、まるで何かに取り憑かれたように発狂した。


「リアさん!?」

「いやぁっ!! やめて! やめてテオ……!!」

「リアさん、しっかりして! テオさんは、ここにはいません!!」


 誰かが、ぎゅっと抱きしめてくれた。


「せん、せい……?」

「大丈夫、大丈夫です……」


 涙でよく見えなかったが、先生がいる。

 ガウンをかけて抱き締めてくれた。

 テオじゃない。

 ああ、良かった……。


 ほっとしたのも束の間、いきなり吐き気に襲われた。

 喉の奥に酸っぱいものが込み上げ……

 私は、部屋を飛び出した。


 部屋を出ると養父……いえ、叔父様と鉢合わせしてしまった。


「うおっ、リアちゃん!?」


 けれども、それどころではなくトイレに駆け込んだ。


 今までの出来事を一気に流し出すように吐く。

 身体中のものを全部吐き出したいほど、私の心身は汚れていた。

 涙さえ、それを浄化してはくれなかった。


「う……あぁ…………!!」


 テオ、お兄様、二人の姿を想う。

 思い出してしまった。

 あの日のことも、自分の正直な気持ちも。


 私は、どうしたらいいの……?


 全ての呪縛から解き放たれた今、自分で決めなければならないのだ。




 

「あの……お騒がせいたしました……。もう、大丈夫です」


 先生と共に部屋に戻って着替えた後、リビングでカルステンさん叔父様に報告した。

 すべて、思い出したことを。


「リアさん、無理しないでくださいね」

「はい、少しずつ、受け入れていきます」


 こんな時でも、先生は優しかった。


「いやー、それにしてもびっくりした。もしかしたらリアちゃんが懐妊したのかと……ごぅふっ!!」


 叔父様が独り言のように冗談っぽく言ったのを、先生が肘鉄を入れて制した。

 懐妊……可能性がないわけではなかった。

 でも、もうあれから何ヶ月も経っている。

 体調の変化はないし、それはないと断言できる。


「叔父様」

「うん?」


「あの……養父ちちと認識していたとはいえ、数々のご無礼を……」


「ああ、急に抱きついてきたり……」

「うっ」

「行ってきますのキスをしたり……」

「ううっ……」

「お背中流しますってバスルームに来た時は、どうしようかと……」

「す、すみませーーん、もう許してください!!」


 顔から火が出るほど恥ずかしい!!


「ごめんごめん。からかいすぎた。でも、安心したよ。 リアちゃん、ダニエルに愛されていたんだな」

「……はい」


 それはもう、本当に。

 実の娘のように育ててくれて感謝している。


「ところで、さっきの“叔父様”って、 もう一回言ってくれない?」

「え……? お、叔父様……?」

「いいなぁ、その響き! ポポロム君?」

「嫌です」

「まだ、何も言ってない!」

「言わなくてもわかりますよ……」

「一回! 一回でいいから! ねぇ〜、ポポロムく〜ん」

「嫌ですってば!」


 二人は、リビングテーブルの周りで追いかけっこを始めてしまった。

 仲良しだなぁ……。

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