第20話 惹かれ合う二人 sideリア
「はい、リアさん。あーん♪」
朝食の時間、ポポロム先生は私の隣に座り、一口サイズのチーズを私の口の前へ持ってきた。
「あーん♪」
私は子どもの頃、義兄やテオとこういったこともやっていたので、そのノリでチーズを口にした。
テーブルを挟んで向かい側で、
「先生も、あーん♪」
「あーん♪」
お返しにプチトマトを先生の口元へ持っていくと、指先を少し甘噛みされた。
「せ、先生……」
「あっ、すみません……」
お互い照れながら俯いてしまった。
向かいに座っている養父が、バサバサと音を立てながら新聞を読んでいる。
もう、新聞くらい静かに読んでくれたらいいのに。
「先生、頬についてますよ」
「ああ、ありがとうございます」
プチトマトの汁が頬についてしまったらしく、お手拭きで拭いてあげていると……。
「おまえら……」
養父が、新聞を破ってしまいそうになりながら立ち上がった。
「親の前でイチャイチャイチャイチャするんじゃねぇーーーー!!!!」
「ご、ごめんなさーーい!!」
「怒られちゃいましたね……」
「そうですね……」
お互い苦笑しながら、玄関でポポロム先生を見送る。
通勤用のカバンを手渡すと、先生はその手の甲にキスをしてきた。
わ、わっ……!?
「また怒られますよ……?」
「今は
そのまま、上目遣いで私を見てきた。
先生って、先生って、こういうことしちゃう人だったんだ……。
恥ずかしいけど、嬉しい。
こんなに大事にされていいのかなって、疑問に思ってしまうほどに。
「帰ったらお話があります。少し遅くなるかもしれないので……寝ないで待っていてくれますか?」
「はい」
*
約束どおり、寝ないでリビングで先生を待っていると、11時くらいに帰ってきた。
「すみません、遅くなって」と言いながらネクタイを外すと、すぐにお風呂へ向かってしまった。
あれ、お話……は?
数分待っていると、先生はスウェットの寝間着に着替えて出てきた。
どうやら、さっと汗を流しただけのようだ。
「リアさん、僕の部屋に来てください」
「は、はい……」
もしかして、もしかして、お話って……。
そういうことですか、先生!?
ドキドキしながら、先生の後をついていく。
部屋に入ると、先生は椅子を差し出してきて座るよう促してきた。
「先生、ご飯は食べたんですか?」
「勤務中に、少し食べたので大丈夫ですよ」
お医者様が忙しいのはわかるけど、食事はちゃんと摂ってほしい……。
本当は、ポポロム先生の分のご飯も冷蔵庫にあるんだけど、今はなんだか言い出しづらい。
先生はベッドに座って、話を切り出した。
「リアさんは、赤ん坊の頃からダニエルさん達に育てられましたけど、ゴンドル族の特性についてはご存知ですか?」
「特性? 人間と耳が違う……とか、そういう事ですか?」
それ以外にも、特性があるのだろうか?
お医者様であるポポロム先生は、なんでも知ってそうだ。
「耳もそうなのですが……一番厄介なのが、アトラクター現象です」
「アトラクター……現象?」
耳慣れない言葉だった。
アトラクター……直訳すれば「引き付ける」などの意味がある。
「やはり、ご存知なかったですか」
「すみません」
考えてみたら私、ゴンドル族のこと何も知らない。
歴史で戦争に負けて差別があると習ったくらいで……。
もっと勉強しておけば良かった。
「いえ、謝る必要はないですよ。ただ、知っておいた方がいい事なので、今から、僕と一緒に勉強しましょう」
えっ、お話ってそういうことですか!?
勉強なら、こんな夜遅くじゃなくてもいいのにと思ったけれど、先生は忙しい人だ。もしかしたら今日も無理に時間を作ってくれたのかもしれない。そう思うとワガママも言えなかった。
先生は、アトラクター現象について教えてくれた。
ゴンドル族の異性同士が、勝手に惹かれあってしまう事を言うらしい。
お互いが接近しすぎると、自分の意志と関係なく男女の関係になってしまうというのも、ゴンドル族同士では珍しくない事なのだそうだ。
ただし、ビジネス上の関係など、ある程度の緊張感や自分の意志がしっかりとしていれば大丈夫と、先生は言った。
これには発症時期があり、個体差はあるが18歳前後から50歳前後までに起こる事のようだ。
一通り説明を聞いて、私は思い当たる節があった。
「もしかして、この間のお酒の時も……」
あの時は本当に……。もう、思い出すだけで恥ずかしいです……。
「断言はできませんが、その可能性はあります」
「ちょ、ちょっと待ってください。もし、他のゴンドル族の生き残りがいて、プライベートで近づくような事があったら……」
「ええ、その通りです。非常に危険な現象なんです」
えぇぇええええ……。
先生が真剣な顔で言っているから大切な事だということはわかるけれど、私には絶望感しかなかった。
「でも、それじゃあ、ゴンドル族の夫婦やカップルは、浮気をしてしまうんですか……?」
「そこです、いいところに気がつきましたね! 実は、浮気や不倫を防ぐ方法があるんです!」
「そうなんですね、良かった〜」
なんだ、ちゃんと予防方法があるのね!
心配して損したとばかりに、胸を撫で下ろす。
「その方法とは、マーキング行為です!」
「マーキング……?」
と言えば、一般的には動物が縄張りのために印をつける事だけれど……?
「まあ、平たく言ってしまえば、身体の関係を持ってしまう……という事ですね」
ガーン!!
私の背後で、とても強力な稲妻が落ちた感覚に陥った。
数秒頭が真っ白になったが、すぐさま勢いよく手を挙げて質問する。
「あ、あ、あの、先生!」
「はい、なんですか?」
「それって、手を繋いだり、キスではダメなのでしょうか!?」
「ダメ……ではないのですが、効果が薄いです」
ガーン!!
「しかも徐々に効果は薄れていくので、定期的なマーキング行為が必要になります」
ガーン!!
先生が言うたびに、衝撃が走った。
ゴンドル族って……恐ろしい……!!
なんでこんな大事な事、今まで知らなかったんだろう……。
衝撃的だったけど、先生が教えてくれて良かった。
「リアさんは、人間社会で生きてきました。人間には関係のない事ですから、学校でも学びません」
アトラクター現象は、人間に対しては起こらない。
マーキング行為も人間には効果がなく、あくまでもゴンドル族同士の事だと、先生は続けた。
「でも、ゴンドル族の生き残りって、私たち以外に本当にいるんでしょうか……?」
養父から少し話は聞いたことがあるが、会ったことがないので半信半疑だった。
「少ないですが、実はいるんです」
「いるんですか!?」
「僕の勤めている病院にも、ゴンドル族の患者さんはいるんですよ。ゴンドル族の医者に診てもらいたい……という方は、少なくないですからね」
「じゃ、じゃあ、私たちもその現象が起きてしまう可能性が……」
「大いにあり得ます」
ガーン……
今のはちょっと、衝撃というよりもショックだった。
「い、嫌です! 私、ポポロム先生以外の人となんて……!」
「僕も嫌ですよ」
思わず立ち上がってしまった私の手を、ポポロム先生が不安を取り除くように両手で包んでくれた。
「だから、リアさん」
ポポロム先生は、私を見上げてまっすぐに言った。
「マーキング……試してみますか?」
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