第19話 措置入院 sideポポロム

 あの告白の日から数週間後、テオさんの措置入院が決まった。

 僕と叔父が何度か留置所に赴き、診断した結果だ。


 本当は別の医者が担当するはずだったのだが、叔父がどうしてもと言って聞かず、代わってもらった。

 叔父は、免許はあるが現役を退いた身だ。それ故、担当医はあまりいい顔をしなかった。

 それでも代わってもらえたのは、叔父の軍医としての活躍があったからだ。

 僕も、叔父がやけに熱心なので不思議に思っていたが、おそらくダニエルさんとの約束を果たすためなのだろう。


 幼い頃に聞いた記憶がある。

 叔父の身に何かあった時、「ポポロムのことよろしく頼む」と、電話で話していた。

 お互い約束しあっていたのだ。


 叔父に何かあったら……ダニエルさんはもういないが、僕はすでにゴンドル族として生きる術を身につけている。そのために医者になったのだ。

 医者になればリアさんを守ることもできる。

 僕はそれだけを胸に生きてきた。

 もう誰にも僕たちの邪魔はさせない──。


 病院の前で、僕は再びテオさんと対峙した。

 警察官二人に挟まれ、ゆっくりと歩いてくる。

 テオさんは手錠をかけられてはいるが、抵抗したりせず大人しいものだった。

 特に悲観的な表情でもなく、それどころか笑みを浮かべていた。

 本当に、見た目は好青年なのに。

 事件のことを知らなければ、僕だって表の顔に騙されそうだ。


 警察からテオさんを引き受けると、精神科の一室へ案内した。

 病室の構造は、他の通常病棟とぱっと見変わらないが、監視カメラが付いているのと、壁の一部がマジックミラーになっている。


「テオさん、あなたには入院してもらいます」

「入院? 俺、どこか悪いのかな?」


 テオさんはいたって普通の態度だった。

 裏の顔を知っているだけに、余計に腹が立つ。

 しかし、医者である僕がここで私怨を持ち込むわけにはいかない。

 僕の方こそ、平静を装う必要がある。


「あなたは、心の病気ですよ。自覚してくださいね」

「そっかー。心の病気かー」


 お互いにこやかに。まるで狐の化かし合いのようだ。


「これから、少しずつ治していきましょうね」

「俺、治るのかな?」

「そうですね……」


 ここは医者として、本当のことを言わなければならないだろう。


「本当の事を言いますね。“完治”という意味では、治りません」

「そうなんだ……」


 意外にも、テオさんは残念そうな顔をした。

 一体、彼の本心は何なのだろうか?

 会話を続けて、彼という人物を知らなくてはならない。


「でも、完治なんてしなくていいんです」

「どう言う意味?」

「社会復帰は無理でも、日常生活ができればいいんです。それこそ、お兄さんやお姉さんに迷惑をかけないように」


 実際、そういう人は多い。

 それに加え、テオさんは罪を犯している。社会に出ること自体がまず無理だろう。


「そっか。俺に、できるかな……?」

「焦らなくて大丈夫です。一緒に、頑張っていきましょう」

「ポポロム先生って優しいんですね。俺、好きになっちゃいそう〜」


 僕が笑顔を作ると、テオさんも笑顔になった。


「そうですか。依存先が増えるのはいいことですね」


 これは嘘ではない。

 本気で好きになられるのは僕にとっては困るが、テオさんにとってはいいことだ。

 依存先が複数あれば、心の平穏が保たれやすい。


「先生って、彼女とかいるんですか?」

「いません。いても教えませんよ」


 笑顔で答えた。

 本当は、つい先日君のお義姉さんとお付き合いを始めたんですけどね。

 なんて言えるわけがないでしょう。

 テオさんは「好きな人の大切なものを壊してしまう」傾向がある。

 本当に僕に好意を持ち始めているなら、リアさんの身が再び危険に晒されることになってしまうのだ。


「先生ってゴンドル族なんでしょ? うちの姉さんとか、どうですか?」


 この話、まだ続くのか……?

 もしかして、何か探りを入れに来ている可能性もある。

 絶対に悟られるわけにはいかない。


「いいんですか? 大切なお姉さんなんでしょう?」

「いいんですー。俺、姉さんには幸せになってもらいたいので」


 ものすごく笑顔で言われたので、僕もつい苛立ちが表に出てしまった。


「……壊したくせに」


「え?」

「いいえ、なんでもありません」


 慌てて笑顔を作った。

 いけないいけない。

 医者が私怨を挟んではいけませんよね。

 

「テオさん」

「はい?」

「そろそろ、本音で話しませんか?」

「本音?」

「あなたから発せられる素敵な言葉は、すべて逆の意味に聞こえるんですよ」


 いけないのに。

 僕はつい目の前の患者に対して、高圧的な態度を取ってしまう。


「あなたの言う「好き」は、愛情ではありません」


 しかし、これは私怨ではない。

 彼を知るために必要な挑発だ。


「ふぅーん……」


 テオさんは、顎に手を当てて少し考えた後、


「先生、おもしろいね」


 普通の人なら騙されるであろう、とびきりの笑顔で言った。

 そしてすぐに、挑発を返すような不適な笑みに変わる。


「やっぱ、好きになりそうだなぁ……」


 僕の挑発に気づいている。

 これは絶対に、僕とリアさんの関係を悟られるわけにはいかない。


「はははは……。それはご遠慮いただきたいですね」


 腹の探り合いは終わりだ。

 僕は必ず、テオさんという人間を理解し、治してみせる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る