第30話 19年前・レナーテ*
19年前──
「やあ、いらっしゃい。ダニエル、レナーテ」
「おお、久しぶりだな、カール!」
「久しぶりね」
戦争が終わって約一年、ダニエルは家族でカルステンの家を訪問していた。
二人は戦場ぶりである。
レナーテとカルステンは昔、同じ大学の研究室にいたが、会うのは結婚式以来だった。
「こんにちは」
5歳になったアルフレッドが、ぺこりと挨拶する。
「アルフレッド君、大きくなったなぁ。……で、こっちが……」
「ああ、あの時の赤ん坊だ」
「リアと名付けたわ」
カルステンと向かい合うように、リアを抱き上げた。
まだ1歳のリアは、人見知りせずにカルステンに手を伸ばす。
レナーテは、戦場で放置されていたリアの保護をダニエルに頼んだのは、カルステンだと聞いていた。
ダニエルが赤ん坊を抱いて帰って来た時には驚いたものである。
「リアちゃんか。将来が楽しみだな。おーい、ポポロム!」
カルステンはポポロムを呼ぶ。
当時9歳のポポロムは、ようやくカルステンに心を開いたばかりだったが、まだ表情は硬い。
「……なに?」
「こないだ言っていた、ゴンドル族の女の子だ。リアちゃんって言うらしい」
「リアちゃん……」
「ほら、リア。ポポロムお兄ちゃんよー」
今度は、ポポロムとリアを対面させた。
リアの小さな手が、ポポロムの指を掴む。
「ぽーぽー」
「あら、名前を呼んでいるみたいね」
そう言うと、ポポロムは少し照れているようだった。
「ポポロム、おまえの方がお兄さんなんだから、アルフ君と遊んでやれ」
「うん、いいよ。キャッチボールでもする?」
「うん!」
カルステンに言われ、ポポロムは素直にアルフレッドと遊び出した。
親から見ればとても微笑ましい光景だ。
「アルフレッドも、遊び相手がいて嬉しそうね」
「そうだな」
「今日は泊まっていけるんだろ?」
「ああ。久々に酒でも酌み交わすか」
ダニエルは、グラスを傾ける仕草をする。
「いいねぇ」
「ふふ、こっちはこっちで仲良しね」
親子を見比べて、レナーテは笑みをこぼす。
この関係がいつまでも続けばいいと思っていた。
しかし……。
「やめて、カール! なんて人なの! 隣でダニエルも子供達も寝ているのよ!?」
酒が入り寝付けなかったレナーテは、水を一杯もらおうとリビングに来ただけだった。
それが、こんな事になるとは。
壁を背にカルステンに迫られ、逃げる事ができないでいた。
「ダニエルは起きてこないさ。一度寝てしまったら、なかなか起きてこない」
ダニエルのその体質は、レナーテもよく知っていた。
酒が入るといつも朝までぐっすりなのだ。
子供達も、今頃は夢の中だろう。
子供達が起きてきたら、カルステンはやめてくれるだろうか?
いや、そういう人ではないとわかっていた。
カルステンはレナーテの手首をグッと掴み、脚の間に自身の脚を絡ませるように入れてきた。
体は固定され、さらに身動きできなくなったところ、するすると衣服の中に手を入れられる。
──何故。
レナーテは体を震わせながら考えたが、カルステンがこのような暴挙に出た理由がわからなかった。
「ひどい……昔はそんな素振り、一度も見せなかったくせに……!」
同じ研究室にいた頃から、カルステンは女性に人気があった。
それは、レナーテも例外ではなかった。
しかしカルステンは、どんな女性とも正式に付き合ったことがない。
ある日、カルステンからハイスクール時代の先輩であるダニエルを紹介された。
ダニエルとレナーテが恋人同士、そして夫婦になるのには、それほど時間はかからなかった。
だがカルステンはその時に気づいてしまった。
自分は、他人という存在をフィルターとして通し人を好きになるのだ、と。
つまり、人の恋人を好きになってしまうのだ。
「そりゃそうさ。俺はな……」
──おまえが、ダニエルのものになるのを待っていたんだよ──
そう囁かれ、レナーテは絶望の中カルステンに精を注ぎ込まれた。
*
レナーテは何事もなかったかのように振る舞い、家に帰ってきた。
体の中で自分の醜い部分が、ずっと蠢いているようで気分が悪い。
夫であるダニエルには黙っておこうと決めた。
自分さえ黙っていれば何も壊れることはないと。
しかし、この体内に入ってしまったものだけは、なんとかしなければならない。
「ねぇ、ダニエル……」
家に帰ってきた翌日の夜、レナーテはベッドの上でダニエルを誘った。
「ん?」
「私……もう1人子どもがほしいわ……」
「えぇ? リアもいるのに、大変じゃないか?」
「いいの。私……子どもが好きだから──」
レナーテは心を殺し、笑顔でダニエルに口付けた。
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