第4話 逃亡 sideリア*
次の週末──
今日も講義の終わった後、ジェシーとモニカと一緒に大学の構内を歩いていた。
「ねえ、今日こそ三人でパンケーキ行かない?」
「そうね。この間、食べ損ねちゃったし」
「あー、ごめん! 今日は、家に
先週、私が寂しがってしまったからか、テオがもう一度来る予定になっていた。
あのキスのことがあってちょっと気まずいけれど、義兄を相手にしなくていいかもしれない分は心が軽かった。
「
二人が、声を揃えて驚いた。
あ、あれ? 二人にテオの事は……話してなかったかな。
「リア、あんたあんなイケメンのお兄様がいるのに、弟までいるの!?」
「う、うん……」
「ねえ、やっぱり弟くんもイケメンなの!?」
二人の食いつきがすごい!
「い、いやぁ、どうかな〜。たしかに、お兄様に似ている気はするけど……」
私は、義兄やテオをイケメンとか、そういう目で見たことがなかった。だから、昔初めて学友に言われた時は驚いたけど……。やっぱりあの二人って、イケメンなんだ。きっと、私の知らないところですごくモテているに違いない。でも、浮いた話はまったく聞いたことがないな……。
「そりゃ、絶対イケメンだ!」
「あんた、どれだけ恵まれてるのよ!?」
そんな話をしていると……。
「姉さーーん!」
遠くから、テオが笑顔で手を振った。
「テオ、どうしたの!?」
「ちょっと早く着きそうだったから、ついでに迎えに来たんだ。
車で来たから──あっ、姉さんのお友達ですか!?」
テオが、ジェシーとモニカの姿に気がつき、にっこりと笑った。
「俺、テオドールって言います! 姉が、いつもお世話になっています!」
と、いつもの調子で挨拶すると……。
二人の心が、キュンと鳴った気がする。
確かに、テオの笑顔は太陽で、子犬のような愛らしさがある。
天然人たらしなんだよねぇ……お兄様とは真逆で。
「テオドール君、もし良かったら、みんなでパンケーキ食べに行かない?」
「あっ、それいいね。テオドール君から見たリアの話とか聞きたい!」
ちょっ……それは恥ずかしい!
テオから見た私って……どんななの!? 気にはなるけど!
「ごめんなさい。今日は兄弟で過ごすことになってて。兄さんも、もうすぐ帰ってくるから」
「うん、そうなの……。だから、本当〜にごめん!」
「くぅ〜っ! リアとパンケーキに行ける日は来るのか……!?」
「すみません。来週は予定ないと思うので……。その時にまた姉さんを誘ってあげてください」
テオが笑顔を向けると、再び“キュン“と、二人の心の音が鳴った気がした。
「そうかぁ〜。仕方ないわね」
「じゃあ、またね。リア」
ジェシーとモニカは、行ってしまった。
「じゃあ、行こうか。テオ」
「待って、姉さん」
来客用の駐車場へ行こうとすると、テオが腕を掴んできた。
「実は、早く来たのは話があるからなんだ」
「話って?」
「ここじゃ、ちょっと……」
テオは、人の目を気にしていた。
結局、ひと気の少ない駐車場の隅の方へ移動した。
「テオ、どうしたの?」
テオは、少し言いにくそうに表情を曇らせた。
「姉さん……。兄さんと、キス、してるの……?」
「えっ!? ど、どど、どうして!?」
「……してるんだ?」
「ち、ちが……っ、どうしてそんなこと訊くの? って言いたかったの!」
「間違えたのは……。間違えたのは、場所じゃなくて……兄さん、だよね……?」
テオは、自分の唇に手を当てて言った。
この間の──キスのことを。
「姉さんは、ウソをつくのが下手だなぁ」
テオは、寂しそうに笑顔を作った。
「ち、違うよ、テオ! テオが思ってるようなことじゃないの! 私は……お兄様に恨まれているの。
だから、私の嫌がることをしてくるの……」
「恨まれてる? 兄さんが、そう言ったの?」
「そうよ……。恨んで、憎んで、一生逃さないって」
私は、静かに涙を流した。
テオは、私の涙を拭いて手を取った。
「姉さん。俺と、一緒に逃げよう!」
「えっ!?」
「姉さんの嫌がることをしてくるんでしょ? いつから?」
「たぶん……お父様が亡くなってからだと思う」
「俺、てっきり兄さんは姉さんのこと好きなんだと思ってた。でも、そんなこと間違ってる!」
「だ……だよねー! やっぱりそうだよねー!?」
良かった、テオは私と同じ気持ちでいてくれた。
それだけで、心強かった。
「でも、逃げるってどうやって? それに、お兄様にバレたら……」
「俺、今日は車だし! 大丈夫、大学の友だちとよく行く秘密基地があるから、そこなら、兄さんも知らない場所だよ!」
テオに言われても、私はまだ不安で、すぐに答えられなかった。
「姉さん、考えてる時間はないよ!」
「本当に、大丈夫かな……。バレた後が、怖い……」
「何かあったら、俺が姉さんを守るよ。兄さんからだって!」
「テオ……。わかった、行こう」
テオに勇気づけられ、私は車に乗り込んだ。テオがいつも家に帰ってくる時に乗ってくる、真っ赤なスポーツカーのレンタル車だ。
逃げると決めたはいいけど……。やっぱり、テオと一緒にいる、くらいは連絡しておいた方がいいだろうか……?
一応、今夜は家族三人で過ごす約束をしていたし……。
カバンからスマホを取り出して、時間をチラリと見た。
午後3時50分──。
義兄は、まだ仕事の時間だ。
私は、唇を引き締めて、スマホをカバンの中に戻した。
──お兄様なんて、私がいなくなって狼狽えればいいんだわ。
テオの大学は家から車で2時間以上もかかる距離。私の通う大学からも同じくらいだった。
そこを少し過ぎて、雑木林の中を進むと、いかにも何か出そうな雰囲気の館があった。
「こんなところに廃屋が……?」
「今は誰も住んでないみたいだよ。大学の友だちと、時々来てるんだ」
テオは秘密基地と言っていたけれど、おそらく誰かの所有する空き家だろう。長く滞在はできないかもしれない。
中に入ると、埃っぽい空気が舞った。大学の友だちと時々来ているにしては、手入れも全然されいない。
「……ねえ、勢いで来てしまったから、着替えも今晩の食料もないわ。手持ちのお金で足りるかしら……?」
私は、ハンカチで口を押さえて、咳き込みそうになるのを堪えながら言った。
「ねぇ、姉さん」
「きゃっ!?」
テオが、後ろから抱きついてきた。
「姉さんは、俺を選んでくれたってことだよね?」
「え? そう、ね……。テオと一緒に暮らすって決めたから……。でも、まずはここをもっとお掃除しないとね」
「姉さん……。俺は、兄さんと姉さんが大好き……」
「テオ……」
やっぱり心苦しいのかな……。
黙って来ちゃったんだもん……。
私はテオに向き直り、正面からテオを慰めるように抱きしめた。
「兄さんが、好きで好きで好きで好きでたまらなくて」
「……え?」
「兄さんの好きな姉さんが、たまらなく好きで」
「テ、オ……?」
テオの様子がおかしい。
腰に回された腕の力が、どんどん強くなっていく。
「それをめちゃくちゃにするのが、たまらなく好き♡」
おかしい、と思った時にはもう遅かった。
強い力で、薄汚れたソファに押し倒された。
「テオ! テオ、やめて!!」
逃げられない……!
一体、どうしたの、テオ!?
テオは、あんなに明るくて、楽しくて────
力も、恐怖も、お兄様の比じゃない──!
「やっと、俺のものになってくれた♡」
テオはいつもの無邪気な笑顔で、私の服を引き裂いた。
「いっ……いやああああああああああ!!!!」
私は、義兄に求められ、
何を信じたらいいのかわからなくなった。
そして。
意識が、途切れた。
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