終章

第33話 希望への道 sideリア


 教会の鐘の音が鳴る。

 赤いカーペットのヴァージンロードを独りで歩く。

 いえ、正確には、後ろにドレスの裾を持ってくれているベールガールがいるのだけれど。


 隣を歩いてくれるはずのお父様はもういない。叔父様に頼んでみたのだけれど、断られた。

 披露宴の招待状にも「欠席」の文字があった。でも隅の方にお祝いの言葉と、「少しだけ参列します」と書かれていた。今は姿が見えないけれど、きっと来てくれると信じている。

 お父様の代わりに、私の花嫁姿を見てほしい。


 神父様の前に、新郎であるお兄様の姿。

 いつか見た結婚式の白いタキシードを、お兄様が身に纏っている。

 ステンドグラスから陽の光が差して、より一層輝かせていた。

 夢にまで見たこの光景を、私は一生忘れないだろう。

 隣まであと数歩といったところで、お兄様は手を差し出してくれた。


「リア……」


「おに……」


 言いかけて、ハタと気がつく。

 もう『お兄様』じゃないんだった……!!


「ァ……アルフレッドさん……」


 うう、全然言い慣れない……。

 

 今日は、私たちの結婚式。

 神父様の言葉の後に誓いのキス──そして、みんなの祝福に包まれて。


 私たちは夫婦になった。


 ここまで来るのに、実はこんな事がありました──。


 


***



 

「行ってきます、お兄様」


 私は大学卒業後、憧れだったブライダルプランナーの仕事に就いた。

 差別緩和がなければ、絶対になれなかった職業。叔父様が尽力してくれた補助金の効果もあって、私は難なく就職活動を終えた。亡くなったお父様には感謝しかない。今でも毎朝遺影に手を合わせて感謝の気持ちを伝えている。


「待ちなさい、リア。髪が……」


 今までは少し無造作なボブカットだったが、就職して真っ直ぐに整えるようになった私の髪。

 お兄様が、それを整えようとする。


「もう、お兄様。耳は出していても大丈夫です」

「そうは言ってもだな……」


 お兄様の言うとおり、差別緩和が進んだと言っても心無い言葉を投げてくる人はいる。

 それでも、私は堂々と歩きたいのだ。

 言葉を遮るように、私はすかさず『行ってきますのキス』をする。


「リ、リア……!」

「行ってきます」


 恋人同士になったのだから、唇にするのは問題ない。

 しかし、あの出来事でお兄様から『行ってきますのキス』をする事はなくなった。

 だから先程のように私がしたい時にさせてもらっている。


 

 ブライダルプランナーという職業は、特に差別緩和が顕著に表れていた。

 ゴンドル族の人口は再び増えつつある。自由に結婚ができるようになった今、人間が、ゴンドル族が、などと言っている時ではないのだ。そういう社内方針なので、私も安心して働くことができた。


 そろそろ入社して半年。

 私はいつものようにチーフプランナーと共に昼食をとっていた。

 

「リアさん、仕事にはもう慣れた?」

「はい、まだまだ勉強中ですが……」


 チーフは私の直属の上司で、入社当初からよくしてもらっている。

 美人でクールな立ち振る舞い。仕事ができる女性は、とても憧れで尊敬できる。


「あなたがここに来てくれたおかげで、少しずつゴンドル族のカップルが増えてきているのよ」

「それは嬉しいです」


 種族の壁を取り払えるような、

 この結婚式場が少しでも心安らげる思い出の場所になってくれたら。

 そんな気持ちで、私はプランナーをやっている。


「それでね、リアさん。あなたに相談があるのだけれど」


 私はキョトンとしながら、チーフの言葉を昼食のヌードルと共に飲み込んだ。


 

「モデルウェディング!?」


 昼食を終え、誰もいない会議室でこっそりとチーフが打ち明けた。

 つまり、私にゴンドル族の花嫁としてモデルをやってほしいという事なのだ。


「そう。あなた確か、お付き合いしてる人がいるのよね?」

「は、はい……」

「今度、ゴンドル族のカップルを応援するフェアを予定してるんだけど、その宣伝用の写真がほしいのよ。でも、ゴンドル族のモデルさんがいるという話は聞いた事がないし……あなたなら、うってつけだと思って!」


 モデルをやれば、結婚式の費用は社員優待だけでなくモデル優待も適用されるという。

 それはとてもありがたい話だ。

 しかし、私のパートナーはお兄様……つまり人間。

 “ゴンドル族のカップル”としては引き受けることができない。

 それをチーフに伝えると……。


「あら、そうなの……」


 意外そうな顔をして、考え出した。


「……いえ。逆にいいわ」

「えっ?」

「今まで敵対していた種族同士が、苦難を乗り越えて結婚……。いい……いいじゃない!?」

「あ、あの、チーフ?」

「そうね、キャッチコピーを変更すれば……。いける、いけるわ……!」


 チーフの中では、すでに構図が出来上がっているようだ。


「あの、私は構わないのですが……おに……。“彼”にも訊いてみないと……」


 危うく、『お兄様』と言いかけてしまう。

 説明が面倒なので、あまり家族だと知られたくない。


「そうね。今週中に返事をもらえると助かるわ」


 チーフはスケジュール帳を開きながら言った。


「ところでリアさん。お相手の写真は……あるかしら?」

「え、ええ。スマホにありますが……?」

「いえ、一応宣伝モデルをやっていただくわけだから、その……ねぇ?」


 チーフは言葉を濁して言った。

 なるほど、お願いする前にモデルの外見を確認したいのだろう。

 それならば、私は自信を持って紹介できる。


「ああ、そういう事でしたら……どうぞ」


 私の自慢のお兄様で恋人。

 以前、二人で湖の傍をデートした時の自撮り写真がスマホに入っている。

 それを見せると、チーフは驚いた顔をした。


「ちょ、ちょ、ちょっとリアさん! あなた、こんなイケメンとどうやって知り合ったの!?」

「どうやってと言われましても……」


 本当に。義兄あにですとは言いづらい……。


「ああっ、この業界って出会いがないって言われてるのに……! あなた、なんて幸運の持ち主なのーー!?」


 昼休みの残りの時間。

 私はチーフにガクガクと肩を揺さぶられ続けた。




 

「モデルウェディング!?」


 家に帰ってお兄様に説明すると、昼休みの時の私と同じ反応をした。


「はい、どうでしょうか?」

「俺は構わないが……」

「では、OKなんですね!?」


 求婚されたわけでもないのに、私は気がはやってしまってお兄様の困惑に気づかないでいた。

 お嫁さんになるのは私の夢のひとつだった。それが形だけでも叶うと思うと、どうしても喜ばずにはいられなかったのだ。


「いや……。リア、よく考えたのか?」


「え?」


「宣伝に使われるという事は、それだけ公の場に出るという事だ。ゴンドル族のおまえが。差別緩和されたといっても、周囲の心がそう簡単に変わるわけではない。妬み、恨み、憎悪……少なからずとも、そういった反応がおまえに向けられる。……それでもおまえは、モデルを引き受けるのか?」


 それを聞いて、さすがに私も考えないわけにはいかなかった。

 お兄様の言うとおりだ。安易に引き受けるべきではないと。

 でも、それでも私は。


『リア、おまえはゴンドル族の希望の光になってくれ』


 幼い頃の、お父様の願い。

 その気持ちを、未来へ繋げたい。


「やります! ゴンドル族でも、こんなに輝けるんだって……。私、ゴンドル族の希望になります!」


 お父様が言っていたからではない。

 私がそうしたいのだ。

 お兄様も驚いた顔をして、次の瞬間には納得してくれたようだ。


「リア……今のおまえなら大丈夫そうだ。ぜひ、その話お受けしよう」


 お兄様は穏やかな表情でそう言うと、懐から小さな箱を取り出し開けてみせた。

 そこには、銀色に輝く指輪が入っていた。


「……えっ?」

「実は、いつおうか迷っていた……」


 お兄様は箱から指輪を取り出すと、私の薬指にはめてくれた。

 そして、そのまま手の甲に口付ける。


「リア、生涯おまえと共に歩むと誓おう……」

「お兄様……!」


 ずっと準備してくれていたなんて。

 嬉しさのあまりお兄様の胸に飛び込んだ。

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