第34話 偽りのトリアーダ sideリア【最終話】


 そして結婚式が終わった今。

 あの時憧れた花嫁さんのように、外でフラワーシャワーを浴びながら教会の階段を降りる。


「リアーっ! おめでとう!」

「ありがとう、2人とも!」


 階段を降り切ったところで、ジェシーとモニカが駆け寄ってきてお祝いの言葉をかけてくれた。

 他にもお兄様の勤め先の人や、私の同僚がいる。


 その向こうで、チーフが宣伝用の動画を撮影していた。

 辺りを見回して、ようやく隅の方でカルステン叔父様の姿を見つける。

 参列してもらえなかったのは少し残念だけれど、来てくれて嬉しかった。


 本当は、テオとポポロム先生にも来てほしかった。

 ポポロム先生は仕事で忙しいと言っていたけれど、もしかしたら来づらかったのかもしれない。

 そしてテオは、先生から許可が下りなかったからだ。

 なので後日、写真と動画を送ってあげた。


 直接お祝いを言いたいとの事で、特別にビデオ通話を許可してもらった。


『兄さんと姉さん……おめでとう〜♡』

『おめでとうございます』


 テオとポポロム先生が画面に映る。

 二人とも元気そうで良かった。

 その日は10分ほどの会話で終了した。


 

 結婚生活にも慣れてきた頃──


「兄さん、姉さん、ただいま」


 テオが1日だけ、許可をもらって家に帰ってきました。


「おかえりなさい、テオ」


 私は、再会のハグをしようとしたが──


「あ……。勝手に触っちゃダメって、先生が──」


 テオが寂しそうに手を引っ込めた。

 きちんとポポロム先生の言うことを聞けるようになって、すごい……!

 ここまでにしてくれた先生に感謝しなければ。


「ふふっ、今だけ、再会のハグならいいわよ」

「本当? 姉さーん」


 テオは、無邪気に抱きついてきた。

 私の知っているテオは、昔からこうだった。


(だけど、押しつけちゃ……いけないんだよね……?)


 あの時──ヘイロ岬での出来事を思い出す。



 ──テオは、

 テオだけじゃない、私たちは。

 いろんな側面を持っている。

 それを、受け入れなければならない。


 今までの出来事が、フラッシュバックしていく。


「あー。兄さん、ヤキモチ妬いてるの?」


 心配そうに見ていたお兄様に向かって、テオが言った。


「なっ……ちが……!」


 お兄様は否定したが、私にもテオにも、昔からバレバレなのです。


「しょうがないなぁ。兄さんも♡」

「えっ……」


 テオは、同じようにお兄様に抱きついた。

 お兄様は観念したのか、苦笑しながらテオの背中をポンポン叩く。

 

「…おかえり、テオ」

「ただいま♪」


 私たちは、兄弟水入らずで1日を過ごし──そして夜になった。


 寝る支度をしながら、昼間のポポロム先生の言葉を思い出していた。

 そういえば──。



***



「アルフさん、リアさん。テオさんの外泊許可は出しますが──まだ、逃亡癖があるので、注意してください。特に、夜中に逃亡されると厄介ですので──これを」


 そう言って取り出したのは、手錠だった。


「え、ええぇっ!?」


 なんだか物騒で手に取るのを躊躇われた。


「寝ている時に、柱などにつけておいてください。テオさん本人も了承してますので」

「は、はい…」



***



 これを、テオにつけてもらうのね……。

 鍵はポポロム先生から預かって、カバンに入っている。

 朝になったら外せばいい。


「テオ、寝る時にこれをつけてって、先生が……」

「ああ、それね! いいよ」


 思ったよりも笑顔で返事をされたので、逆にこちらが困惑してしまう。

 本当にいいの……?

 手錠なんて、逮捕された時みたいじゃない。

 でもまあ、本人が気にしないのなら、いいのかしら……?


 テオの左手に手錠をかける。

 カシャリ、と独特の音が鳴った。

 そのままテオの部屋へ行って柱につけてもらえば完了だったのだけれど、

 

 カシャリ。


 もう一方を、私の右手にかけられた。


「…………え?」


「これで、姉さんといつも一緒だね♪」


「ええええええええええっ!?」


 私の叫び声を聞いて、お兄様がリビングへやって来た。


「リア、どうした……?」

「お、お兄様……。どうしましょう!」


 じゃらりと鳴る鎖に繋がれた手錠、それをかけられた手首を見せる。


「おおおおおおおおおい!!!!」


 お兄様らしからぬツッコミが入った。


「テオ!! 勝手に触ってはダメだと、先生に言われただろう!?」

「触ってないよ。手錠をかけただけ」

「余計にだめだ!!」

「お兄様、いいからカギを!」

「そ、そうだな!」


 慌ててお兄様は私のカバンをあさる。


「おい、リア! カギがないぞ!?」


 カバンを持ってきて、中身を全部出すが見当たらない。


「えっ? そんなはずは……。ちゃんとカバンに入れたはず……」


 その時、テオがポケットから小さな銀色の鍵を取り出し、

 イタズラっぽく笑って、それを振りかざす。


「カギなら、俺が持ってるけど──?」


 い、いつの間にーー!?


「テオ! それを渡せ!」

「えー。やだ⭐︎」

「やだって……!」

「今日は、兄さんと姉さんと寝るんだもん」

「テオ……」


 しゅんと項垂れるテオを見て、私は情が湧いてしまった。

 数年ぶりに帰ってきて、しかも今日一日だけなのだ。

 明日の昼には、テオは病院へ行ってしまう。


「お兄様、今日だけです。テオと一緒に寝てあげましょう」

「おまえは……。なんで、そんなにテオに甘いんだ……」


 お兄様の言いたい事はわかります。

 私は、危機管理が足りないのですよね。

 

「そう言うと思ったから、姉さんと手錠をかけたの。心配なら、兄さんも一緒に寝ればいいでしょ? 俺、3人並んで寝たいなー♪」


 ああもう、私はテオのこの笑顔に弱いのだ。



 *



 結局。

 私たちが寝ているベッドで三人並んで寝ることになった。

 キングサイズだから、大人三人でも寝られなくはない……けれど。


「痛っ……。テオ、痛くしないで……! 食い込んじゃう!」

「ごめん、姉さん……。こっちの方が、痛くないかな……?」

「あっ、ちょっと……!」


 常夜灯のついた薄暗い寝室で、ベッドのスプリングが軋む。

 大人三人が乗れば、当然の事で……。


「もう! 手首が痛いってば!」


 さっきから、引っ張られてばかりなのだ。


「だって、 俺は勝手に姉さんに触れないからさ〜。痛かったら、 姉さんがこっちに来て……?」


 テオは、やっぱり危険だ……!

 わかっているつもりだったのに、またテオの術中にハマってしまうとは……。

 義姉あねとして情けない。


「テオ、リアから離れろ!」

「離れたら姉さんがまた痛くなっちゃうよ? どうする? 兄さんが俺の隣に来て俺を止めてる? それとも、姉さんの隣に行って抱きしめてる? 俺はどっちでもいいよ」


 テオに挑発されて、お兄様は考え込んでしまった。


「兄さん、早くこっちに来てよ♡」

「お、お兄様……助けてください!」

「ど、どうしたらーー!?」


 そんなやりとりが、数十分続いた……。


 数時間後、私はテオとお兄様に挟まれて眠れない夜が続いていた。

 テオと私は、手錠のせいで向かい合って寝るしかないし、お兄様は背中の方から私を抱きしめるようにして眠っている。

 ああ、早く朝にならないかな……。


「姉さん」


 テオに言われて、どきりとした。

 起きていたのか。

 お兄様は、後ろで寝息を立てている。

 滅多な事では起きないところは、お父様と似ているかもしれない。


「……兄さんを選んでくれて、ありがと」

「テオ……?」

「…………」


 テオは黙って目を瞑り、「おやすみ」とだけ呟いて眠ってしまった。


 どういう、事なんだろう?

 

 そういえば……。

 テオはお兄様のものを欲しがったり、好きになったりする傾向があった。

 それは、あの事件で痛いほどよくわかった。


 そして私は、お兄様を愛しているのに義弟テオを見捨てることができない。

 昔からテオは私の心の拠り所だったのだ。

 一緒に住む事を許してくれたお兄様には感謝している。


 お兄様の心はどうなのだろうか。

 もし、お兄様にとって理由もなくかけがえのない家族が私なのだとしたら。

 妻とか義妹いもうととか、そんな枠を超えたものだとしたら。


 誰一人欠ける事のできない私たちは、なんて罪深い関係なのだろうか。




 ── 偽りのトリアーダ 完 ──

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