第32話 前を向いて
カルステンが現役を退いたのは、それからしばらくしての事だった。
二人の告白を合わせたことにより真実が浮き彫りになった。
誰もが言葉を失い、カルステンの次の言葉を待っていた。
「俺は後悔した。レナーテを死なせてしまった事、テオの脅迫に抗えなかった事。そして、正しい診断が出来ずに、おまえという怪物を生み出してしまった事をな……」
カルステンはテオを睨みつける。
テオもまた、笑顔の仮面を崩しカルステンをまっすぐに見ていた。
「だからお前、あんなに逮捕に拘ってたのか……」
ディルクは、数ヶ月前にカルステンが端末を借りるために頭を下げた事を思い出していた。
「そうだ。逮捕して措置入院させる事が、俺の目的だった」
「ひどい……ひどいです、叔父様……」
リアは
カルステンは、これ以上言い訳じみた説明をするつもりはなかった。
罪を認め、罰を甘んじて受けるつもりだ。
「ああ、何度でも言ってくれ……。君たちには、何を言われても仕方がない……」
「でも、それでカールさんは責任を感じてリアを守ってくれた。テオを入院までさせてくれた。その点については、感謝します」
アルフレッドが、複雑な表情で言った。
許されるわけがないのはわかっている。
それでも、カルステンはその言葉に救われたような気がして「……すまない」と一言だけ返した。
「ポポロム」
カルステンは、ポポロムに向き直った。
「え……僕ですか?」
自分が呼ばれるとは思っていなかったのか、ポポロムは少し驚いて返事をした。
「悪かったな、おまえにテオを押し付けてしまって」
ゴンドル族として生きる事を望んでいたポポロムに、医者の道を進めたのはカルステンだ。
それが結果的にとはいえ自分の尻拭いをさせているようで、常に思い悩んでいた。
そう言うと、ポポロムは少し考えているようだった。
「……いえ。押し付けられたとは思ってません。何がどうあろうと、テオさんは僕の患者です」
怒りをぶつけられるかと思っていたが、ポポロムの表情は意外にも穏やかだった。
目頭が熱くなり、涙が出てくるのを堪える。
「そうか……。よろしく、頼むよ……」
「……まあ、なんだ。やはりテオドール君には、一度話を聞かなければならないな。カール、おまえもだ」
ディルクが、喝を入れるようにカルステンの背中を叩く。
「病院へ戻ったら、先生も立ち会いをお願いしますよ」
「……わかりました。テオさん、行きましょう」
ポポロムが優しく促すが、テオは怯えた様子でリアとアルフレッドから離れようとしない。
「……俺、どうなるの? せっかく良くなってきたのに、また逮捕されるの……? 兄さん、姉さん……怖いよ……」
「テオ……」
テオの言葉にリアはどうすればいいかわからず、ただテオを抱きしめるしかできなかった。
アルフレッドも、それを見守るしかできないでいた。
「テオさん、大丈夫」
「先生」
「あなたが話してくれたおかげで、もっと前に進めます。もっと話してください。楽しい事も、悲しい事も、怖い事も」
ポポロムはテオを目線を合わせ、まるで子供を諭すように優しく言った。
「さあ、戻りましょう」
「うん……うん……」
ポポロムの優しさに触れ、テオは泣きながらようやくリアから離れた。
──ダニエル……レナーテ……
本当にすまなかった……!
自業自得とはいえ……
ダニエル、俺はおまえとの約束を守れただろうか……?
まだまだ、これからもあの危なっかしい子ども達を見守っていくから……
そっちに行くのは、もう少し待ってくれよな──
カルステンは岬から海の向こうを見つめ、そう心の中で呟いた。
ディルクは、黙ったままカルステンとテオを促す。
二人とも大人しくディルクの車に乗り込み、一足先に病院へ戻った。
「アルフさん、リアさん。しばらくは、テオさんに介入しない方がいいでしょう。もちろん、家族としての愛情は必要ですが……。適度な距離を保ってください。では、また。今回はありがとうございました」
そう言って、ポポロムは去って行った。
お礼を言うのはこちらの方なのに、とリアはその後ろ姿に向かって深く頭を下げる。
自分は何もできなかった。それどころかテオを追い詰めてしまうところだった。
アルフレッドがいなかったらどうなっていた事か……。スカートの裾をぎゅっと握りしめたまま、頭を上げることができなかった。
「……リア」
アルフレッドはリアに触れようとしたが、やはり手が震え出す。
それに気づいたリアが、姿勢を戻してそっと手を差し出した。
「俺はおまえを……守れたか?」
「はい。私も、テオも守ってくれました。ありがとう、お兄様……」
リアは涙を流しながらアルフレッドに抱きついた。
自分がもっと、テオと向き合えばこのような事にならなかったのだろうか……?
テオに関わった誰もがそう思っているだろう。
過去を責めるのはよそう、とアルフレッドは頭を振った。
自分はテオを救った、リアを守った、それでいい。
そう思うと、自然とリアを抱きしめ返していた。
「お兄様……!」
背中に触れたアルフレッドの手に驚き、リアは顔を上げる。
今なら自分から触れられる。
そう確信すると、潤んだリアの瞼にそっと口付け、そのままお互いの唇を重ねた。
「今は、先生を信じてテオの帰りを待とう」
「はい……はいっ……!」
***
2年後、リアは卒業間近で休学していた分の単位をようやく取り戻した。
卒業はできるが、就職活動ができないでいた。種族の問題だ。
応募規約に明記はされていなかったが、やはり社会に飛び込んでいくのは躊躇われた。
それに、この時期ではすでに募集は締め切られているだろう。
寂しい気持ちはあったが、家事手伝いをしっかりとやろう、そしてジェシーやモニカとたまに会えれば……と思っていた。
ある日、アルフレッドが息を切らせて帰ってきた。
「リア!」
「ど、どうしたんですか、お兄様? そんなに慌てて」
「ニュースを見てないのか? 父さんが訴えていたゴンドル族への差別緩和を、ついに政府が認めた!」
アルフレッドは、その記事が書かれているスマホの画面を見せた。
難しそうな政治内容の記事の端の方に、公国総帥とカルステンの写真が載っている。
これにより、ゴンドル族は結婚や就職もしやすくなった。
さらにカルステンの一押しにより、期間限定でゴンドル族を採用すると国から企業へ支援金が出るようになっていた。今なら支援金目当てで優遇されやすいということだ。
「リア、就職活動をするなら今だ。やりたい事はないのか?」
「私、私……」
アルフレッドの言葉に、リアは諦めかけていた夢を思い出す。
「実は、やりたい事があるんです……!」
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