第3話 家族団欒 sideリア

 義兄あにに非道な告白をされてから、数日が過ぎた。


 今日は、義弟おとうとが下宿先から帰ってくる。

 家族3人で食事なんて、久しぶりだ。

 私は、朝からご機嫌に鼻歌なんて歌いながら、義弟を迎える準備をしていた。


 義弟の名前はテオドール。私たちは、親しみを込めて『テオ』と呼んでいる。

 テオは義兄と似てはいるが、どちらかというと養母はは似で、ブロンドの髪色だ。

 私より二つ下の18歳で、去年の9月に、私とは違う大学に入学した。

 ここから少々遠いため、普段は滅多に帰って来ない。

 テオが帰ってくるのは、養父ちちの葬儀以来だった。


「テオが帰ってくるのが、そんなに嬉しいか?」


 義兄のアルフレッドは、いつも以上に神妙な顔をしていた。

 

「嬉しいですよ。帰ってくるのもそうだけど、3人揃うのは久しぶりですもの──」


 義兄は、あれ以来何も変わっていない。

 私を憎んでいる……と言ったはものの、言動はまったく変わっていないのだ。

 普段は優しい義兄。私を求めてくる時だけ、ちょっと険しい顔をする。


 憎んでいるなら、もっと暴力をふるったり、乱暴な言葉を使うものと思っていたけど……。

 私で寂しさを紛らせてるだけ……?

 義兄の気持ちが、ますますわからなくなった。


 食事の下拵えをしていると、インターホンが鳴った。

 帰ってきた! と、私はパタパタと急ぎ足で玄関へ向かった。


「姉さん、ただいま」

「テオ、おかえりなさい」


 私たちは、再会を喜んで抱きしめあった。

 ああ、やっぱりテオの笑顔は癒されるー!


「テオ、おかえり」

「ただいま、兄さん」


 テオは、義兄にも笑顔で抱きついた。

 再会のハグも、私たちにとっては日常なのだ。



「大学生活はどうなの? 楽しんでる?」


 リビングでお茶を淹れながら、談笑する。


「楽しんでるよ。下宿先の人たちとも仲良くなったし……」


 テオは、とても明るくて社交的だ。

 家にいると、花が咲いたように周りが明るくなる。

 義兄は、少し離れた場所で私たちを見ていた。

 せっかくテオと楽しく会話しているのに、まるで見張られているようだ。


「兄さんも何か話してよ。仕事の事とか、恋愛の事とか!」


『恋愛の事』と言われ、私は内心、どきりとした。

 まさか、私との事は恋愛ではないし、わざわざテオに言うはずないわよね……?


「いや……俺は、いい。少し仕事が残ってるから、2人で話していなさい。夕飯は一緒に食べる」


 そう言って、自室に籠ってしまった。

 義兄がいなくなって、私は少し安心した。


「ちぇー。つまんないなぁ」

 と、テオは可愛く口を尖らせた。


「お兄様は、忙しい人だから……」


 忙しいのは本当の事だし、一応フォローしておいた。


「ところでさぁ……姉さん」


 テオが、笑顔でにじり寄ってきて……


「兄さんとは、どうなってるの?」


 ブフッ!

 耳元で囁くように言われ、私は、お茶を吹きかけた。


「ど、どうなってるって……?」


「やだなぁ。兄さんの気持ちは、とっくに気づいてるでしょー?

 何のために、俺がこの家を出たと思ってるの?」


「なっ……! テオ、そんなつもりでこの家を出たの!?」


「俺は、兄さんも姉さんも大好きだから。2人がうまくいってくれたら、俺も嬉しい」


 なん……っていい子なの、テオ!! 抱きしめて褒めてあげたい!!

 本当、お兄様もテオを見習ってほしいわ!!


 でも、どうしよう……テオに、お兄様の事を相談してみる……?

 私は、お兄様に愛されてるんじゃない……憎まれてるんだって。

 でも、テオはお兄様の事を尊敬している。

 下手に相談すると、幻滅させるかもしれない……。

 

 兄さんの気持ち


 ……テオからは、そういう風に見えてるんだ。

 全然、そんなんじゃないのに……。


 私は、行き場のない気持ちをごまかすように、空になったカップを無意識にティースプーンでかき混ぜていた。


「どうしたの姉さん?」


「えっ、あ、なんでもない」


 ……やっぱり、相談するのはやめておこう。

 変に心配かけるのもよくないし。

 それに、テオに言うのは、なんだか恥ずかしい。



 その後、仕事を終えた義兄も交えて、カードゲームなどをした。


「あーっ! また負けた!! もう、ふたりとも強すぎ!!」


 私は、悔しさでカードをぐしゃぐしゃにかき混ぜた。


「姉さんは、ウソをつくのが下手なんだよ」


 テオにおでこをつつかれた。

 うう、義姉あねとしての威厳が……。


「そ、そんなことないわよ! お兄様も、なんとか言って!」

「……すぐ、顔に出る」

「ダメ押しされた……」

「ほらぁ〜」

「もう! もう一回! 今度は、顔に出てもいいゲーム!」


 負けたままでは悔しくて、何度も勝負を挑んだ。

 結果は散々だったけど……時々、義兄がふっと微笑んでいたような気がする。

 テオが来てから、ずっと神妙な顔をしていたけど、少しは楽しんでくれたのかしら……?


「じゃあね、姉さん。また来るよ」


 夜も更けて、テオは帰ることになった。


「もう、帰っちゃうの? 泊まって行けばいいのに」


 テオがいなくなると寂しいのは本当だし、テオがいれば、義兄も私に構わないはず。


「そんな、寂しがらないでよ〜。 また来るからさ。あ、そうだ」


 テオは、何かを思い出して、人差し指を自分の頬に当てた。


「昔みたいに、行ってきますのキス、 してほしいな♪」


「ええっ!?」

「家にいた頃は、してくれたじゃん♪」

「そ、そうだけど……!」


 テオには、ずっとしてなかったから、 ちょっと恥ずかしいな……

 で、でもかわいい義弟おとうとのため……!


「じゃあ……ちょっと屈んで?」

「ん……」


 テオは、目を瞑って屈んでくれた。

 義弟とはいえ、少し、ドキドキする。


 行ってきますのキスを──テオの唇に、してしまった。


「…………」


 ……あれ? 私、今どこに……

 目の前で、テオが赤くなって固まっていた。


「ね、姉さん……?」


 し、しまったーーーー!! つい、いつものクセで!!

 だって‼︎ いつもお兄様にしてるから‼︎


「ご、ごめん…… 間違えちゃった……。や、やりなおそうか……?」


 私は、焦りながらもごまかすように言った。


「いや……いいよ……」


 ああ、お兄様がここにいなくて良かった! いたら、何を言われるか……と思った瞬間。

 視界の端に、義兄の姿が映った。

 いたーーーーーーーー!! いつの間に!?


「じゃ、じゃあ、またね! 来週も来るよ!」


 ああ、テオ、置いていかないでー!

 テオは、逃げるように家を出ていった。


「…………」


 数秒、沈黙が流れたかと思ったが、義兄はすぐに笑顔になり、


「リア」


 怖い!! 笑顔が怖い……!!


「あっ……」

 

 ぐい、と強く引っ張られた。

 そのまま、壁に押し付けられ……深い、深い、キスをされた────

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