第15話 一夜の過ち*
カーテンの隙間から、光が差し込んだ。
小鳥のさえずりも聞こえてくる。
目を覚ましたリアは、ベッドでまどろみを感じながら、昨日のことを振り返っていた。
(いろんなことがあったなぁ……)
テオが来訪したかと思えば、突然の警察の登場。あっという間の逮捕。
義兄とポポロム、
事情聴取と現場検証で、かなり時間を拘束され、疲れて夕飯の準備もできなかった。
そして──。
「……ん?」
そこからの記憶がなかった。
なんとなく、養父に泣きついたことは覚えている。
しかし、思い出せるのはそこまでだった。
リアは、今の自分に違和感を覚えた。やけにスースーする。
寝間着どころか、下着もつけていなかった。
「あれ……? 私、なんでこんな格好……?」
嫌な予感がした。
もしかして、自分は昨夜何かとんでもないことをしたのではないだろうかと。
その時、モゾモゾと隣で何かが動いた。
見覚えのある、栗色のもさもさしたものだった。
布団からひょっこりと、ポポロムが優しい笑みの顔を出した。
リアはそれを見て、頭が真っ白になり青ざめる。
彼もまた、寝間着を着ていなかったのだ。
「あ……。リアさん、おはようございます……」
「な……な……なんでぇーーーーーーっ!?!?」
リアの叫び声は、家中に響いた……。
***
昨夜──
テオが逮捕され、4人はささやかな夕食を摂っていた。
「いや、それにしても本当に、うまくいって良かった」
カルステンはグラスを片手に、酒の肴をつまみながら言った。
そこへ、顔を赤くしたリアがカルステンに近づき呂律の回っていない言葉を発する。
「本当れすよ、お父様! 私、怖かったんれすよ!?」
「悪かった……。悪かったよ……」
カルステンはグラスを置き、宥めるようにリアの背中を撫でた。
まさか、リアがここまで深酒をするとは誰も思わなかった。
「おい、リアちゃんに酒飲ませたの誰だ……?」
「すみません、いつの間にか……」
心配してそのまま滞在していたアルフレッドは、帰路の事も考えてソフトドリンクを飲んでいた。
リアは普段酒をあまり飲まない方だった。家族であるアルフレッドさえ、ここまで酔っているところを見るのは初めてだった。じっとしていられないのか、目が据わったままカルステンに甘え、泣きついていた。
「リアさん、絡み上戸だったんですね……」
ポポロムは、軽めの発泡酒を嗜む程度に飲んでいた。
それを聞いたリアは、果実酒の入ったビンを勢いよく机に置く。
「もっと! もっと注いでちょうらい!」
「リア、飲み過ぎだ」
言いながら自分で注ごうとするので、アルフレッドが見かねて止めようとするが、
「お兄様もお兄様れす! いつまえも、私を子ろも扱いして!」
リアはそんなことはお構いなしに、グラスに果実酒を注ぐ。
甘く口当たりのいい果実酒は飲みやすいが、発泡酒と比べればアルコール度数は強めだ。
「ほら、私はもう大人らから! お酒も飲めるんれす!」
注いだ果実酒を、ゴクゴクと喉を鳴らしながら、まるで水を飲んでいるかのように胃に納めていく。
「おいしいれす!」
「リア、いい加減に……」
「お兄様も、飲んれくらさい」
「いや、俺は車で帰らなきゃいけないし……」
「なんれ〜〜っ!! 私のお酒が飲めないれすか!!」
「わ、わ〜! リアさん、僕が代わりに飲みますから!」
ポポロムは、アルフレッドの代わりに一杯だけリアからの酒を飲んだ。
その様子を遠巻きに見ていたカルステンは、ため息混じりの安堵の言葉を漏らす。
「はぁ……。ま、平和になったって事か……」
*
「すみません……。リアが、あんなに絡み上戸だったとは……」
そのままうとうとし始めたリアを置いて、アルフレッドが帰る時間になった。
側にいてやりたい気持ちはあったが、今日1日、テオを捕まえるために仕事を休んでしまったので、それもできなかった。
「リアちゃんも、相当ストレス溜まってたんだろうなぁ……」
カルステンは、リアを不憫に思っていた。
かわいがっていた義弟が罪を犯し、ましてや目の前で逮捕されるなど、想像を超えていただろう。しかしここで捕えなければ、事件はもっと長引いていたに違いない。
自分の判断は間違っていない──。
カルステンは、心の中でそう言い聞かせていた。
「心配ですが……。後はよろしくお願いします……」
「はい。アルフさんも、お気をつけて」
ポポロムとカルステンは、アルフレッドの車が遠くなるまで見送った。
ポポロムがリビングに戻ると、リアは机に伏して眠りかけていた。
「リアさん、リアさん」
「う〜ん、もう飲めません、おにいさま……」
「飲ませようとしてたのは、リアさんの方だけど……」
ポポロムは呆れながら、リアの肩を優しく揺さぶって起こした。
「ほら、寝るならお部屋に行ってください」
「あい……」
リアは、目を瞑ったまま立ち上がり、部屋へ向かおうとするが……。
ガクッ、と膝から崩れて転んだ。
「リアさ〜ん!」
このままでは床で寝てしまいかねないと、ポポロムはリアを支えて部屋まで連れて行った。
「ほら、部屋に着きましたよ」
「う〜ん……?」
「わ、わっ!?」
ドサッ──。
ベッドに座らせようとした途端リアに引っ張られ、ポポロムも一緒にベッドに倒れ込んだ。
目の前にリアの顔があった。ほんの数センチ、近づけば触れる距離だった。
「リ、リアさん……」
「あれぇ?」
リアは、虚な目でポポロムの存在に気づき、
「ポポロム先生だぁ〜♪」
と、笑顔でポポロムに抱きついた。
この間のような涙ではない、酔っているとはいえ満面の笑みを向けてくれたことが、ポポロムの秘めた想いを鷲掴みにした。
ドクン、とポポロムの心臓が強く脈打つ。
「リ、リアさん……。ダメです……これ以上は……」
懸命に理性を保とうとしたが、それは虚しく夜の闇に溶けていった──。
──僕は、最低で卑怯者です。
お酒の勢いで、こんなこと。
だけどリアさん、あなたが悪いんですよ……?
あなたが、素敵な女性になって、僕の前に現れるから──。
ポポロムは、心の中でそう呟きながら、リアを愛し抱きしめた。
お酒だけのせいではない。ゴンドル族同士が惹かれ合う性質も相俟って、遅かれ早かれこうなる運命だったのだと──ポポロムは人知れず微笑んだ。
***
そして朝。
裸のままの男女二人がベッドで一緒にいるとなれば、当然そういう関係になってしまったのだろうと容易に推測はできた。
「あ、あ、あ、あの! つまり、そういうことなんですか!?」
リアは服を着ながら、昨夜のことを思い出そうとしたが、軽く頭痛がした。完全に二日酔いであった。
ポポロムも、ガウンを羽織ってベッドの上で土下座をした。
「すみません! 僕も酔っていて、よく覚えてなくて……申し訳ありません!」
「あの……。私もまったく覚えていないので……。もしかして、先生やお父様にご迷惑を……」
お互い、誰がどう見ても言い逃れできない状況である。
リアも成人済みであるし、ポポロムだけのせいにはできなかった。
「い、いえ、迷惑だなんて、思っていませんよ。むしろ僕は、リアさんの意外な一面が見れて良かったというか……」
「えっ……?」
「あっ、僕、先に出てますね。リアさんは後から来てください」
一緒に出ては気まずいだろうと、ポポロムはリアの部屋から出て行った。
一人取り残された気分になったリアは、改めて自分の不甲斐なさを呪う。
「私ったら、酔った勢いでなんて事を……。もう、お酒はやめよう……」
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