第14話 秘密裏
話は少し前に遡る──。
リアを預かると決まった日から、カルステンはある人物に連絡をしていた。
警察官のディルクである。
「ああ!? 犯人逮捕に協力するから、端末を貸せだぁ!? カール、おまえ警察舐めてんのか!?」
警察本庁の一室で、ディルクはカルステンの言葉を聞いた途端、苛立ちをあらわにした。
部屋に染みついたタバコの匂いが、より一層場の空気を悪くさせる。
二人は、ハイスクール時代からの旧知の仲だった。
カルステンが現役の精神科医だった時も、職業柄ディルクと顔を合わせることは多かった。
完全に腐れ縁である。
「ああ、舐めてる。一体、犯人捕まえるのにどれだけかかってるんだ?」
「相変わらず口の悪いやつだな。人に物を頼む態度か?」
「口が悪いのは、お互い様だろ」
カルステンの言葉に、ディルクは表情を曇らせ奥歯を噛み締めた。
「……今から言うこと、オフレコにできるか」
「内容による」
「俺だって犯人は捕まえたい。でもな、襲われたのはゴンドル族なんだよ。言っている意味がわかるか?」
最後まで言わせるなと、ディルクは目を逸らしうつむいた。
ゴンドル族のために組織は積極的に動かない、動かせない。
だが、それを報道すれば世間から大きく非難される。
そのため、何も行動を起こさず、静かに世間から忘れ去られる──フェードアウトを望んでいる。
カルステンはディルクの気持ちもわからないではなかった。
ディルクは二十年前の戦争で妻を亡くしている。ゴンドル族にやられたのだ。
それ以来、ディルクはゴンドル族に対して嫌悪感を感じるようになっていた。
自分がポポロムを匿ったこと、ダニエルがリアを匿ったこともディルクには言えなかった。
しかし重要なのは、今生きている者を救うことなのだと、カルステンは考えていた。
「リアちゃんはな」
ぐっと喉の奥から詰まるような声が出た。
「ダニエルが命を賭けてまで守ろうとしたんだ。この先の……未来に賭けてんだよ!」
今テオドールを捕まえておかないと後々大変なことになる。リアを預かる期間がチャンスだと、カルステンは睨んでいた。
ディルクは、「話だけは聞いてやる」と足を組み直しタバコの火を揉み消した。
「ったく、一体何を企んでる?」
「犯人を罠にかける」
「はぁ!?」
「そのためには、何人か警察の協力が必要だ。力を貸してくれ」
「俺たちは組織だ。上の指示には逆らえない」
「……頼む」
カルステンは深く頭を下げた。
こんなにも懇願したのは、いつぶりだっただろうか。
ディルクは、立ち上がって窓の外を眺めた。
そこから見える街並みは、平和そのものだった。とても20年前に戦争が起きていた国とは思えない。
戦争を終わらせたのは、当時軍に所属していたダニエルの功績がとても大きかった。
ディルクにとっても、ダニエルは尊敬できる人物だった。
「……ダニエル先輩のためか?」
「……それだけじゃない」
ずっと頭を下げていたカルステンを見て、ディルクは頭を掻きむしった。
「ああ、クソッ。それで捕まえられなかったら、俺クビだぞ? わかってんだろうな!?」
「もしクビになったら責任は取る」
「それは遠慮しておく! おまえに責任取ってもらうとか、気色悪い!」
*
そして、リアとアルフレッドがこの家に来た初日──。
リアがポポロムと席を外した時、カルステンはアルフレッドと二人きりになった。
その時に、ちょうどいいとカルステンは、以前から考えていた計画をアルフレッドに話すことにした。
「何かあったら力になるから、連絡を──」
そう言いながらカルステンは、アルフレッドに二つの機器を差し出した。
ディルクから借りた端末と、盗聴受信機である。
この端末を使えば、管轄の警察官に直接連絡が行くというものだった。通常は、警察官同士が連絡を取り合うためのもので、当然一般人が持つものではない。
「これを、どうすれば……?」
「アルフ君。俺はな、テオ君に罠を仕掛けようと思う」
「罠を……?」
カルステンは、ジャケットの内ポケットから手帳を取り出して広げて見せた。
「これは、俺とポポロムの向こう半年間のスケジュールだ。これを見て、『君がテオ君ならいつリアちゃんを狙う』?」
アルフレッドは、スケジュールを確認した。
ポポロムの勤怠日、カルステンの自宅カウンセリングの予定などがびっしりと書き込まれていた。
その中に、一つだけ「学会」というものがあった。
「この、学会の日は、2人とも留守に……?」
「そうだ」
「ならば、この学会の日ですね」
「俺とポポロムも同意見だ」
頭の切れるテオならば、この場所にもいつかは辿り着くだろう。もしかしたら、もう見つかっているかもしれない。学会の日も、機密情報というわけではない。病院のスタッフに訊ねればすぐにわかることだ。
「警察には、すぐに動けるように俺から話をつけてある」
「カルステンさん……あなたは一体……?」
「なに、ちょっと警察にツテのある、元精神科医だよ」
*
学会当日、アルフレッドは仕事を休んで、カルステン宅より数百メートルも離れた場所に隠れて待機していた。このくらい離れていないと、テオに見つかる可能性が高いからだ。
その手には、盗聴受信機と例の端末があった。
この距離では、すぐに駆けつけられないのが不満だったが、それは辺りを警戒している私服警察官に任せるより他なかった。
アルフレッドも、着なれないラフな服装にカツラ、と軽く変装し、念には念を入れて車もレンタカーだった。
これも、カルステンからの指示であった。
(姿が確認できないのは、不安だな……)
早朝から一人、薄暗い場所に隠れているというこの状況も、不安を増長させた。
やがて、受信機から女性二人の朗らかな会話が聞こえてきた。
それは、リアと近所のご婦人であろうことはすぐに想像でき、アルフレッドは安心する。
……本当に、テオは来るだろうか……?
そう思った時、受信機のイヤホンから再び雑音混じりの音が聞こえた。
ザザッ……
『姉さん、久しぶり──』
『テオ!?』
(本当に、来た……!?)
アルフレッドは、慌ててイヤホンに集中する。
そして、預かっていた端末のボタンを押した。
この辺りを管轄するディルクにすぐに繋がり、これで周囲にいる私服警察官に一斉に連絡が行くはずだ。
少しでも状況を引き延ばそうと、アルフレッドはリアに電話をかける。
リアは、特別変わったことはないと言って平静を装っていた。
これには一瞬、テオを庇おうとしているのかと焦った。
『もう、そんなに朝から何度も電話してこなくても、留守番くらいちゃんとできます──』
リアが通話を切ろうとしたので、なんとかしなければと思った。
その時、テオがリアの電話を奪ったのだろう、『やあ、兄さん』と調子のいい声が聞こえてきた。
他人が聞けば、人当たりのいい心地よいトーンの声。
しかしアルフレッドには、鳥肌の立つような異音に聞こえた。
(テオ、電話に出てくれて感謝する──)
*
「……という具合さ」
カルステンの話を聞いて、リアは開いた口が塞がらなかった。
「ひ、ひどいです、みんな! どうして私に相談してくれなかったんですか!?」
「いや……。相談したら、おまえはすぐに顔に出てしまうだろう……?」
嘘がつけず素直なリアに、事前に本当のことを言うわけにはいかなかった。
アルフレッドにとっても、これは賭けだった。
テオを捕えるには、リアを囮にするしかなかったのだ。
「怖かったんですよ……。テオは、笑顔なのに……。なんだか、怖かったです……」
リアは、カルステンに泣きついた。
「悪かったよ、リア……。うまくいったから良かったものの、ちょっと強引だったな」
カルステンは、
「でもこれで、一安心ですね」
ポポロムは、リアへの危険が去ったことに胸を撫で下ろした。
「まあ、俺とポポロムは、まだ一仕事あるけどな……」
「そうですね」
「一仕事……?」
意味ありげに目を合わせるカルステンとポポロムを、アルフレッドは不思議そうに見た。
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