第18話 日光浴デート sideリア
そしてポポロム先生がお休みの日、天気は快晴だった。
いつもなら、薄手のコートを羽織っていてもおかしくないくらいの気温だ。
この地域でこんな清々しい秋晴れは珍しく、公園は日光浴目当ての家族連れやカップルでいっぱいだった。
隅の方では、ワゴンでドリンクも売っていた。まるでお祭りのようである。
「わあっ、人がいっぱい!」
「みんな、日光浴が好きですからね」
念の為、購入した上着も着てきたけど、みんな水着だし……。
これならはずかしくないわね。
私たちは、空いている場所にシートを敷いて座った。
荷物を置き、せっかくの日光浴なので上着も脱いだ。
「海水浴だと、濡れて耳が出てしまうのが気になりますが、日光浴ならその心配もありません」
ポポロム先生が、早速日光を浴びるようにシートにうつ伏せに寝そべりながら言った。
同じ悩みを抱えているからだろうけど、そこまで考えてくれるなんて。
やっぱり、同族だからかな。先生は優しいな……。
少し照れながら、風に揺れるポポロム先生のくせっ毛を見つめていた。
この角度なら、視線に気づかれないよね?
そうだ、日焼け止めを買ったんだった。本格的に焼けてしまう前に塗っておこうと、荷物から取り出した。
「あっ、リアさん。日焼け止めを塗るのは、ちょっと待ってください」
「え?」
「15分だけ、何もなしで日光浴しましょう。健康にもいいので!」
サンオイルと日焼け止めで悩んでいた時もそうだったけど、先生は職業病なのかもしれないなぁと、私は気づかれないようにクスリと笑った。
先生はそのままうつ伏せで、私は膝を抱えて座ったまま日光浴をした。
この時期の陽の光は、暑すぎずとても気持ちいい。
15分が経ち、日焼け止めのクリームを手に取って塗り始めた。
最初に腕、次に足、首、体の前面……と塗って、ハタと気がつく。
お父様に背中を塗ってもらおうと思っていたのに、今朝はバタバタしていて忘れていた……。
もう背中以外は塗ってしまったし、このままでは背中だけこんがり小麦色になってしまう。
頑張れば塗れなくはないけれど、自分ではどうしても手が届かなくて、うまく塗れない部分もある。
これは、もしかしなくても、先生にお願いするしか方法がないのでは?
私が挙動不審になっているのに気づいたのか、ポポロム先生が顔を上げた。
「どうしました、リアさん?」
「あの……。すみません、背中だけお願いしていいですか!?」
日焼け止めを差し出して、思い切って言った。
「えっ」
「今朝、お父様にお願いするのを忘れてて……」
そう言うと、ポポロム先生は真剣な表情で日焼け止めを受け取ってくれた。
「そ、それじゃあ、失礼して……」
「はい、思いっきりやっちゃってください!」
「そんな、力まなくても……」
覚悟を決めて背筋を伸ばし、先生に背中を向けて座った。
ぴと。
クリームのひんやりした感触が背筋を走る。
「ひゃあぅ!?」
「えっ、す、すみません……!?」
「い、いえ、すみません……。思ってた以上に冷たくて」
変な声出ちゃった、恥ずかしい……。
でも……。
ポポロム先生の手は、あったかいです……。
丁寧に丁寧に、背中に日焼け止めを塗ってくれた。
その手の温かさを心地よく感じていると、後ろからそっと抱き締められた。
「せ、先生……?」
「終わりました」
「いえ、あの……恥ずかしいです……。人目が……」
「周りはカップルばかりですよ。こちらの事なんて気にしていません」
耳元で囁かれ、心臓が爆発しそうになる。
カップルばかり……。ファミリー層も結構いたと思ったけれど、何となくこの辺りはカップルばかりのような気がする。何も気にせずに先生と二人でここへ来たけど、周りから見たら私たちもそういう風に見えるのかもしれない。
「リアさん。僕は、もう我慢できません」
が、我慢!? 我慢って何!?
ポポロム先生は、私の向きを変えて真っ直ぐに見つめてきた。
「あなたの事が好きです。ずっとずっと、昔から……。素敵な女性になって、僕の前に現れた時は驚きました」
ずっと……昔から?
私、ポポロム先生に会ったことがある……?
もしかしたら覚えていないだけで、幼い頃に会ったことがあるのかもしれない。
「先生……。とても、嬉しいです。でも……私でいいんですか……?」
「どうしてそう思うのですか?」
「だって、私は……」
義兄と、身体の関係を持ってしまっている……。
しかも意にそぐわない関係だ。私の口からは絶対に言えなかった。
そんな女で、本当にいいんですか……?
訴えるような目で、先生を見てしまった。
「かまいませんよ」
先生は、私の心を読んだかのように答えた。
「全部まるごと、あなたを愛します」
「ううっ……」
先生の温かさに、涙が溢れた。
きっと先生はすべて知っているんだ。知った上で私を受け入れてくれた。
こんな人はもう二度と現れないだろう。
「泣かないで、リアさん」
「ありがとう……ございます……。そんな風に言ってもらえたのは、初めてです……。よろしく、お願いします……」
私は、しゃくりあげながら答えた。
──あなたを愛します。
何度も何度も、心の中で反芻した。
その言葉を聞いたのは、昔、養父母に言われて以来だった。
家族愛じゃない。
私を一人の女性として見てくれている。
それがとても嬉しかった。
少し恥ずかしかったけれど、先生は私を優しく包み込むように抱きしめてくれた。
*
家に着いた頃には、もう夕方になっていた。
「ただいまー」と、リビングの扉を開けると、養父がパソコンを閉じて迎えてくれた。
どうやら仕事をしていたようだ。
「おかえり、楽しかったかい?」
「ええ、とっても!」
楽しくて嬉しくて、今日あったことを早く養父に伝えたかった。
その前に、私はポポロム先生とのことを話しておくことにした。
後ろにいた先生の顔をチラリと見て「言ってもいいですか?」とアイコンタクトを取る。
先生は、優しく微笑んで頷いてくれた。
「あの、お父様……」
「ん?」
「実は私……ポポロム先生とお付き合いを……」
照れながら言うと、養父はそれほど驚いておらず、「やっぱりそうなっちゃったの?」と言った。
一体、養父はどこまで知っているんだろう……?
「ポポロム君?」
「はい」
「ちょっと、あっちで話そうか?」
「え、ええーー!?」
養父は、ポポロム先生を奥の部屋へ、引きずるようにして連れて行ってしまった。
「叔父さん! 完全に父親の顔になってますよ!?」
「うるさい! おまえに娘を盗られた父親の気持ちがわかるかぁ〜〜!!」
養父の泣きそうな声が、扉の向こうから聞こえてきた。
「お父様……」
あまりの愛情っぷりに呆れ返るが、それがまた、嬉しくもあった。
先生、すみません……。養父はこんなにも私のことを娘として愛してくれていたようです……。
***
数週間後──。
珍しく出掛けていた養父が帰ってきた。
神妙な面持ちで鞄から封筒を取り出し、私に書類を見せた。
「リア……。テオの措置入院が決まった」
「措置入院……ですか?」
「そうだ。聞いた事はあるだろう?」
「はい、なんとなくは……」
措置入院。
精神障害により自分や他人を傷つける恐れがあると診断された場合、国や自治体の権限により入院させることができる制度だ。
私もこれ以上のことは知らないが、テオが精神障害だったということを、重く受け止めた。
「ポポロムのいる病院だから、後は彼に任せよう。俺も、バックアップには入る」
「テオは……どんな様子なんですか?」
「心配しなくても大丈夫。素直に病院に行ってくれたよ」
「そうですか……」
あれからテオには会っていない。
面会にも許可がいるようだし、何より義兄がそれを許さなかった。
私は家族なのに、義姉なのに、何故会いに行ってはいけないのだろう……?
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