第24話 向かい合う覚悟 sideリア

「アルフ君のところに?」

「はい」

「じゃあ……これも言っておかなければならないな」


 叔父様は優しく笑って、私の頭をぽんぽんと叩いた。

 お父様の代わりにずっと見守ってくれていた、カルステン叔父様。

 そういえば、私の記憶が戻ってからこうして二人で真っ直ぐに向き合うのは初めてではないだろうか。


「リアちゃん。アルフ君は、ちゃんと君を愛していたよ」

「えっ?」

「アルフ君はね、一種の脅迫概念に囚われていたんだ。彼がテオ君によく物を壊されていたのは知っているだろう?」

「はい。テオはよく義兄あにの物を欲しがり……壊していました」

「彼が君を憎んでいたのは、自己防衛のようなものだよ。わかるかい? 大切なものはすべてテオ君に奪われていたのなら……それはパートナーだって例外じゃない」

「でも、義兄は……私を無理矢理……」


 過去の事を思い出し項垂れると、叔父様も眉を下げて頬を掻く。

 

「うん……。おそらく、ダニエル──君たちの父親が亡くなって、アルフ君も気持ちが不安定になったんだろうね。こっちも許されることではないけど、愛したい気持ち、奪われるかもしれない恐怖、父親が亡くなった苛立ち……すべてがごちゃ混ぜになってリアちゃんに向いてしまった」


 叔父様は、お兄様の症状をひとつひとつ丁寧に説明してくれた。

 あの行動すべてにテオが関与していたなんて、私は思ってもいなかった。

 もっと早く気づいて、お兄様を信用すべきだった。

 お兄様も、テオも、許されることではないのだけれど。

 それでも一緒にいたいと思う私も、きっと許されるべき存在ではないのだ。

 そう思うと、幾分か気持ちが楽になる。


「だけど、彼はもう大丈夫だと思う。時々病院にも来てもらっているし、薬も渡している。でも、リアちゃんが家に戻ると決めたのなら、今のはお節介だったかな?」


 真剣な表情だった叔父様は、最後にイタズラっぽく笑った。

 私もつられて笑みをこぼした。


「いいえ、滅相もないです」

「テオ君は任せて。いつかきっと、面会できる日が来る」

「ありがとう……ございます……」


 お兄様の事だけでなく、テオのことまで気にかけてくださってる。

 この方がお父様の友人で、本当に良かった。



 *


 

 数ヶ月ぶりに、家に帰ってきた。

 我が家の匂いを確かめるように深呼吸する。

 お兄様はまだ帰ってきていない。

 忙しくて、もっと生活が荒れているかと思ったけれど、意外にもリビングやキッチンは綺麗だった。冷蔵庫を覗くと、飲み物以外何もなかった。もしかしたら、外食ばかりしているのかもしれない。


 簡単なものを用意しておこうかと思ったけれど、この時間だともうお店は開いていない。

 リビングで、お兄様が帰ってくるのを待った。

 必ず笑顔で迎えよう。私は覚悟を決めて戻ってきた。

 何があっても、お兄様と向かい合う覚悟を──。

 

 しばらくして、玄関の扉の開く音がした。

 私は、ソファからスッと立ち上がった。

 リビングの扉が開く。予想通り、お兄様は驚いていた。


「……リア!?」


「おかえりなさい、お兄様」


「一体、どうした?」


 お兄様の顔を見て、少し考えてしまった。

 正直に言おう。怯まずに、堂々と。


「記憶が戻ったので、帰ってきました」


 そう言うと、お兄様は一瞬だけ驚いた顔をした。

 けれども、それはすぐに元に戻った。


「そう、か……」


 お兄様はスーツの上着だけ脱いだが、こちらに近づいてこようとはしない。

 小さくため息をついて、私の顔色を窺うようにこちらを見た。


「リア、何故戻ってきた?」

「え? ですから、記憶が戻ったから……」

 

「そうだ、記憶が戻ったからこそ不思議なんだ。リア、俺はおまえを傷つける事しかできない。ここにいても、おまえの負担になるだけだ……」


 ああ、そうか。そんな風に感じてしまうのか。

 救いようのないこの関係を、お兄様はずっと悔いてきたのかもしれない。


「そんな事はありません。私は望んでここに戻ってきたんです」


 私が歩み寄らなければ、私たち家族は壊れたままになってしまうだろう。

 暗闇の中を手探りで彷徨うような、そんな時間を私たちはずっと漂ってきた。

 やっと見つけた光への道は、綱渡りのようにとても不安定だ。

 それでも私は、お兄様の心の奥に触れたい。


「それに、叔父様が言っていました。お兄様の症状の事……。お兄様は本当は、私を愛してくれていたんだと──」


「違う」


 一言で否定された。

 それは、拒絶にも近い一言だった。


「それに、おまえは言っていたじゃないか。兄弟で愛し合うのは間違っていると──」


「お兄様、覚えていないのですか? そもそも、兄弟で結婚できないと言ったのはお兄様ですよ」


「……え?」


 そう、あの時から。

 私はお兄様への気持ちを閉じ込めていたのだった。

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