第23話 夜と暗殺
*
夜になって、ハイナたちは言いつけ通り屋敷から移動を始め、東にある丘の下へとたどり着いていた。
「うう、ジーク…」
そわそわと、ハイナはジークリンデが来るのを待っている。かれこれ、1時間ほど経過していた。
シャルルは掛ける言葉が無く、密かに検知の魔法で辺りを探り、ジークリンデが来ないか来ないかと確認していたが、5回ほど繰り返した後はしばらく魔法を使っていなかった。
『アンタ、ちょっとは落ち着け』
そんな状況に、呆れたような口調でリリスが言う。『あの兵は手練れなんだろ? なんとかなるだろ』
「でも相手は二人だよ――しかもアニュラス・デミス隊…王都の精鋭部隊なのに…」
『それは、そうかもしれねえが…』
(あいつまさか死んじまったんじゃ…)
リリスも不安になってきたのか、遠くを窺うように視線を送る。
すると、歩く人影を見つけたのである。
『おい…いたぞ! ほら!』
「えっ!」
ハイナが顔を上げ、皆がジークリンデの方を見た。
彼女はほっとしたような表情を見せると、
「すまない、少し遅れた」
と手を挙げたのだった。
『ほら、なんとかなったじゃねえか! 良かった良かった!』
「ジーク~~!! さすがにダメかと思ったよ…」
「まったく同感だ」どこか気の抜けた笑みで、ハイナに応えるジークリンデ。ハイナも初めて見るような表情だった。
「デミス隊と話をした。闇病のことも伝えた…これでしばらく、追手はなくなるだろう」
「よ、良かった…」シャルルもほっと息を漏らす。
「ただ、あの二人組がアニュラスに戻って経緯を報告するまで、油断は禁物だ。方針が変わるとしても、通達まで時間がかかるからな」
「何はともあれ、あとは治すだけだね!」
ハイナが手を叩いた。「アボロが何か知ってると良いんだけど…」
「予定通り、ザハには行って見よう。逃げるように急いで移動する必要性もなくなったが、移動しても構わないか?」
「俺は今日から移動でも良いですよ」
『うし、決まりだな! ウチもテレサのとこに行きてえし、頼むぜ!』
*
ディータとメルヒナは帰路につき、デュアラントを出るところだった。
「ねえ、ディータ~。私たち本格的ヤバいかなぁ。任務失敗続きだし…^^; クビになっちゃう? デミス隊って、クビある?」
不安げに自分の首が飛ぶか否か気にする
「今日の件は、必ずしも失敗とは思わない。あのジークリンデは闇病に罹患しただけで魔王容疑者じゃないなら、相手にするだけ時間の無駄になるだろ……しかも隊長レベルに強いんだ。戦略的撤退も必要な場面さ。むしろ、ダーインに早くそのことを伝えないと」
メルヒナは半分言いくるめれたような状況だったが、彼女なりに納得したらしく、
「…確かに?」と、首を斜めに頷いた。「じゃあ、早く他の魔王容疑者見つけないとね~^^!」
「正直、そっちのほうがずっと問題だけどな…。見つけられたとしても、たぶん闇エンチャントの使い手だってことは確定なんだろ? もしそれなら、ジークリンデと同じくらい強いってことになる」
「わお…。あれと同じ強さかぁ」
息を呑んだメルヒナの語尾は低く唸るようだった。
ジークリンデは所詮、病によって偶発的かつ強制的に闇のエンチャントを纏っているだけの人間だった。
もし、闇のエンチャントを使いこなせる敵が現れたとすれば、それはジークリンデを超える強さであることは想像に難くなかったのである。
「もしかして? 見つけても、倒すの無理…?」
「本当に過去の『魔王』レベルの強さだったら、俺ら二人でどうにかなる相手じゃないと思うけどな」
意を決したように、ふう、とディータは息を深く吸う。「今日のことを早く報告しないと。ジークリンデに他の刺客が送られるかもしれないが、時間の無駄だし、リスクの方が大きいからな」
「うーん、そうだね…^^; ただでさえ、魔王と無関係の人と隊員をぶつけて消耗したら…」
「ああ。その通りだ」
と、ディータは頷く。
そしてふと、妙な考えがよぎる。
(消耗…? 情報を攪乱して無駄な力を使わせるのはオーソドックスな戦略だが…。『
ますます、ディータに焦りが募った。彼には予知能力や第六感など無いが、嫌な予感がしたのだ。
(無いとは思うが……、もし本当の魔王が予知されることを前提にして、今も暗躍していたとしたら……?)
「そうだ、もしかしたら星夜見の予知も更」
がんっ
メルヒナの言葉が途中で途切れたかと思えば、背後から鎧が落ちたような鈍い金属音。
ディータは振り返る。
「メルヒナ?」
彼女は地に臥せていた。
暗くてよく見えないが、胴体からデュラハンの体煙が血のように漏れ出していた。彼女のお気に入りの兜も砕け、真っ二つに分かれて、落ちて。
「……えっ?」
一瞬の困惑。
次の瞬間、彼は臨戦態勢に入った。
しかしディータが指一本動かすよりも前に、“その影”は彼の背後に回っていた。
(速…――)
とっさに抜いたナイフが相手の攻撃を弾く。ただし苛烈な一撃で、呆気なく刃は砕け、地面に散らばる。
ディータはナイフを捨てた。
捨てたナイフの柄が地面にたどり着くより早く、次の得物に手を伸ばす。
その一瞬だけ、ディータは“その影”と真正面から
月に照らされて露になるシルエットは、異形の一言に尽きた。
(人間? …デミス? ……魔物?? なんだ――?!)
ディータの指が次の武器に掛かったとき、すでに異形の一撃が彼の胸を貫いていた。
「ぐっ、ごぼっ……!」
『……』
ディータの胴体を貫いたのは、腕か、角か、牙か、触手か、刃か、よく分からなかった。
銀色をしていたので、金属のように見えた。
ぶん、とディータは地面に放り捨てられて転がる。呻き声すら上げられず、しかし彼は体勢を戻そうと、手を地面について体を起こした。
ぼたぼたぼたぼたっ、と彼の血の滴る音は、まるで通り雨のように激しく聞こえた。
(呼吸――いや、止血……? 何が先だ、考えろ…)
異形が迫る足音が聞こえる。
「はっ…はっ…ごぼっ…」
ディータは息を整えることすら間に合わず、ぎこちなく、首を動かして顔を上げた。
異形は、彼のすぐそばに迫っていた。
「……
そのとき、メルヒナの詠唱が聞こえたかと思えば、ジャッカスが彼の真下に突如姿を現したのである。
そして、半ば無理やりにディータを背中に乗せたかと思うと、黒煙と共に駆け抜け、さらに瀕死のメルヒナも、それにしがみつくように飛びついた。
そうして二人は、その場を駆け抜け、離脱したのである。
『………』
異形はその場でしばらく立ち尽くしていたが、やがて、ぐちゃぐちゃと音を立てながら形を変えて――
人型の姿に戻り、その場を後にした。
*
しばらく時間が経過し、未明のころ、アニュラスは騒然となった。
「――ディータとメルヒナが!?」
報告を聞いたダーインは病院へ一目散に駆けつけた。重傷を負ったディータと、兜を失ったメルヒナの姿を見た彼は、目を剥き、視線を揺らす。
「大きな黒い馬が、お二人を北門まで運んできたそうなのです。それから、ここまで搬送されました。あの馬は、途中で霧のように消えてしまいましたが…」
医師はことの経緯を話し始める。
「お二人の様態ですが、ディータ様は急所に傷を負っています。かなり血を失っていて、意識不明の重体です。メルヒナ様は血が無いですが、魔力が許容範囲を超えて失われており、今後どうなるか……それに、闇の魔力が身体に入っているようで、除毒も必要そうです」
「……」
「ダーイン様? …ひっ」
ダーインの表情を窺った医師は手からカルテを滑り落とし、腰を抜かした。
彼の表情は、心配や不安といった呈色ではなかった。
怒りと殺気に満ち、修羅にも似た様相だった。
「……………二人は任せた」
怒気を収め、努めて人語を発したかのような息遣いで言い残すと、ダーインはその場を後にする。
そして、病院から出た所であるデミスと鉢合わせた。
「ダーイン隊長! ちょうどさきほど、私のところにも報告が!」
顔を合わせるや否や、慌てた様子で言う。
長い尾と翼を持ち、一見すると竜のような特徴を備えているが、それ以外の特徴は凡そ人間の女性に近い
名をアニマという、デミス隊副隊長である。
「メルヒナとディータは? ぶ、無事ですか…!?」
「…無事とは言えない」
「!!」
アニマは、はっとして口を押えた。「そんな…まさか、二人に調査をお願いしていた『銀術師』が?」
「その可能性はある。二人の身体に闇の魔力の痕跡が残っていたそうだ」
「ああ、そんな…」
「私は陽依目と星夜見の所へ行く。この先の戦い――必要なら、私が動く。アニマ、君に引き続きアニュラスの防衛を任せる。それと…ディータとメルヒナも」
「――はい!」
力強く応じたのを見ると、ダーインはその場を後にした。
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