第2話 式典と予言
王都アニュラスでは、護衛任務に就く兵士たちが続々と集まって来ていた。これから数年に一度の‟国志戴冠”と呼ばれるセレモニーが開催され、アニュラス王が民と交流しながら王都を回っていく。
そんな中、道中で竜に襲われる災難な目にあった部隊が現着した。
「ジーク、あの時に、やっぱり崖の下に落ちて――」
「やめろよ。あいつは……はあ、無事を祈るしかない」
消沈した声で、そんな会話が広がるなか、任務の準備も進んでいく。
「レオン隊長」
兵士の一人が、男に声を掛ける。「我々の持ち場ですが、東エリアのようです」
「東? ……西からはるばる来たというのに、また歩かせるとはな」と肩を竦めた。
「持ち回りだそうで。準備次第、移動しましょう」
「分かった」
「それと、我々の装備――数点はあの場に落ちてしまったのですが、馬車が無事だったおかげで、十分残ってます」
そういって両手剣を掲げる。刀身を研いで重量調整された、個人のカスタム品である。
「ジークリンデの武器も残っていました」
「そうか。あいつが戻ってきたら俺から渡しておく。必ず」
「……はい」
レオンは子供の背丈ほどの刀身の
彼の大きな体格からすれば、その両手剣は片手でも容易に扱えるサイズだった。それを軽々と背中のベルトに収めると、声を張り上げた。
「――皆、移動の準備を進めてくれ! いよいよ任務に就く。王のスピーチは明日だ。気を引き締めろよ!」
「はい!」
皆が声をそろえて答えた。
*
夜が更けたころ、王の式典の準備が着々と進む裏で、もう一つの儀式が進められていた。
「皆、本日はお集りいただき感謝します。今回も皆様と“予言会議”の場を設けられましたこと、喜ばしく思う」
星空が見える大きな天窓のある部屋の中で、その会議は始まっていた。
すなわち予言会議、あるいは‟予言の儀”。
星占術師や
そうして過去50回以上の予言会議においてなされた予測の精度は99%を優に超え、飢饉、災害、あるいは戦争などを予知した“年表”を残し、外交や食料計画に役立てられてきた。その極めて政治的に高い重要性から、この年表は秘匿兵器に分類され、アニュラスの中で厳重に保管し、市民の目に留まることはない。
「今回の会議の議長は、このアゾンが務めさせていただく。皆様、何卒お力添えのほど、よろしく頼みます」
そうして
ハイエルフはデミスの中においても特に神秘的な知覚能力を持つことが多い種族であるが、特にアゾンの持つ特殊能力は、未来の分岐をも見通せると言われる。さらに長命でもあるため、過去すべての予言会議に出席しており、ある時から長らく議長の座を担っているである。
「それでは皆様、まずは各専門家たちでお集りいただき、交流も兼ねて意見交換をお願いします。特別に議論したい予知がありましたら、改めて集約しましょう」
いよいよ挨拶を終えた会議の初日は夜から始まり、夜通し続けられる。出席者の中に星占術師たちのセッションがあるためだ。もっと言えば、この間、出席者は夜行性の種族のような過ごし方になるのである。
「――めぼしい星々の周期は安定しています。新しい星の光が観察されていますが、この兆しについては隣国の作物が……」
(あーあ、気の滅入るような予知ばっかりで疲れるー)
星占術師エルタニンは、ここ数年間の星の動きの記録を星占術師同士で照合しながら、そんなことを思っていた。
エルタニンは出席者の中で最年少だった。彼女が儀式に出席できているのは、王都学院の推薦があったためだ。
過去数年間の星の記録がボードに張り出され、天窓の星と見比べては、議論が交わされていく。
星座には神や魔物が宿り、星座の動きは文字通り、神や魔物の動きの兆しなのだ――
(でも飢饉、戦争…そんなのがある間は、大災害より平和だよね)
実は、政治的な予知のテーマにさして興味のない彼女だった。優等生らしく議論には真面目に取り組んでいたが、もっと破壊的で、破滅的な予知を迎えたい……などという、一般には理解されにくい内なる願望があった。
そうして夜が明けるころ――明けの明星の傍に、何か暗い気配を感じたのだ。
(あの星の動き…、なに?)
改めて目を凝らせば、世界各地で集められた夜空の記録にも、暗い星が点々と残っていた。
こういった星の動きは、「世界の外乱」を示唆する。
エルタニンはその手の予兆に目ざとかった。しかしながら、その時に見出したその暗い星は、かつて“最悪の存在”が世界に君臨していたときに観察されたものと、よく似ていたのである。
どこか興奮を覚えつつも、星の軌道を指でなぞり、エルタニンはわずかに口角を上げた表情で、皆に声を掛けた。
「すみませんっ、この星ですが――」
一方同時刻、予知者のデミスたちもざわついていた。
デミス達の予知能力の多くは、いわば五感の延長の能力であり、魔法による計算予測と言うよりは極めて鋭敏な身体能力に近い。インスピレーションのように突然湧き出す内容は、多くは日記やメモ帳に書き留められている。
ついでに彼は口が堅いことも奏し、こうして預言会議に招集される運びとなっていた。
そんなアリオスが、ある日の日記に書き留めた勘。
いい加減な出まかせだと自分なりに判断し、横一本の線で上書きされた‟一文”。それと同じ旨の一文が、他のデミスたちの日記にも綴られていたのを偶然見たのだ。
アリオスと同じように、斜線やジグザグ線でもって、その一文を塗りつぶそうとしていた痕跡までもが似ていた。誰もが間違いだと思った――あるいは、間違いだと思いたかった予言。
「おいアンタら、その予知なんだが……」
こうして諸々の経緯を経て、初日の総括のとき――つまり夜明けのあとで――星占術師やデミスなどを含む、異なる会議メンバーたちから同一の予知が、示し合わされたように為されたのである。
「アゾン様、この予知は…」
「アンタの目から見て、どう思う?」
「……」
提出された異なる複数の根拠から、予知の精度が極めて高いことを、皆は直感していた。
「ふむ。この予知が正しいとすれば――早急に私が未来を見に行った方がよさそうだ。信ぴょう性が確かめられたら、私自ら“書記卿”へと報告に行く」
「しょ、書記卿に?」
面々が緊張した面持ちで息を呑む。「で、ですがまだ確定事項では――」
「私が確認する。知る者もいると思うが、未来は分岐する。この予知がどれほどの“確度”を持つのか、評価は任せて欲しい」
アゾンの毅然とした態度に、皆は頷いて応じた。
書記卿とは、アニュラスにおけるNo.2であり、アニュラスと同盟、その全ての情報を司る魔法使いである。
魔導書を始めとする重大な情報は全て書記卿のもとへ集約されており、さらに未来の“年表”についても、実質的な管理者となっているのだ。
「ともかく皆、此度はご苦労だった。まさかセレモニーの開会式の日に、これほど重大な示唆が出るとは――このアゾン、予言の儀の議長だが、全く予想だにしなかった」
冗談めかしくアゾンが言い、その場を締めた。
さて、その予知はこう告げていた。
“魔王が復活する”と。
*
予言会議の初日が緊張感の中で幕を閉じた中、陽が昇るアニュラスでは、王のスピーチに向けて、着実に直前準備が進んでいた。
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