第13話 略式と妖術
(見つかったか。こうなれば速戦即決あるのみ!!)
ゼンは標的に悟られたと判断するや否や短刀を投げ捨て、一気に魔術師へと距離を詰めて奇襲をかける。
その一手に対して魔術師は、
「
と一瞬呟いた。すると闇魔力の防壁がゼンと魔術師を隔てた。ゼンは瞬時の判断で防壁に触れないよう体を逸らし、すぐさま距離を取る。
(いっ、今のは――!? 詠唱か?)
学徒が、王都精鋭であるゼンの奇襲に反応したこと自体がまず驚きだったが、それよりも一瞬聞こえた詠唱がゼンの耳の中に残っていた。
(僕の聞き違いだと良いが、
魔術師は少し驚いたような表情で、ゼンを見つめていた。
そこで前髪で眉まで覆った中性的な顔つきと細身の体格がようやく確認できた。デミスであるゼンの目から見て、男女の区別がつかなかった。
「あ、あの、あなたは?」
と銀魔術師が戸惑った様子で口を開くと、声の高さで男だと判断できた。
と同時に、ゼンも少し困惑した。
(僕の奇襲に反応したのに、なんだこの調子の狂う反応は。反射的に詠唱したとでもいうのか?)
魔術師が驚きのあまり目を瞬かせた数瞬の間に、ゼンは次の一手を袖の中で用意する。
「だ、誰?」
「ああ……いえ、怪しい者ではないですよ」
「でもいま襲って――」
「それはね、君が怪しいからです」
ゼンは袖の下からナイフを投げつける。
その瞬間、銀色の虫が集まって投擲の勢いを殺し、あっと言う間に錆びついて欠けた刃が地面に落ちた。
(この虫……魔物ではないな。単に珍しい種、“錬金虫”の類か。金属や鉱物を喰らい、寿命は短い代わりに増殖が速い。しかし、アニュラスの付近では居つかないはずだが――闇の魔力を餌に増殖しているのか)
「ともあれ金属の武器が届かないなら、魔法しかない――
ゼンが人差し指で火球を弾き飛ばす。
「わっ!」
虫の群れに命中すると、魔法は眩い光を放って弾けた。その閃光が目くらましとなり、銀魔術師は目を瞑る。
そして機を逃さず、ゼンは既に魔術師の目と鼻の先に接近した。魔術師の頭部を腕で抱えると、そのまま背後へと回り、思い切り首をひねって――
ところが。
(はっ――?? こいつ、首が、うごかなっ……!?)
全力ですら微動だにしない首に度肝を抜かれて、動きが止まったその瞬間、
「
という、魔術師の必死の詠唱が響き、ゼンは斥力で吹き飛ばされた。
「ぐっ!! おいおいなんですか、この子は、硬すぎるでしょ……!」
ゼンは体勢をすぐさま立て直したが、頭の中で策を練り直していた。
(武器は錬金虫に阻まれて届かない。魔法は届きうるが、あの詠唱速度の速さ相手では不利すぎる――なにより、あの身体の硬さ、常軌を逸してる。学徒風情が、これほど多彩で高度な力を持ちうるか…? 闇エンチャント自体が異常だと言うのに)
ゼンはどこか違和感を覚えつつあった。
デュアラントの学院において白衣をまとう者は「一般学士」であり、要するにごく普通の学生ということだ。眼前の銀の魔術師も、服装が示すところによれば、一般学士なのだ。
(こいつ、これほど稀有な実力を備えていながら、一般学士として学院に?)
考えを巡らせつつ次の一手を準備しようとしたところで、魔術師が声を上げる。
「ま、待って! なんで襲ってくるの!? 怪しい者じゃないのに!」
その主張に、ゼンは肩を竦めた。
「…今、ここは立ち入り禁止、しかも真夜中。こんなところで、闇の魔力を纏っている君が怪しい者じゃないなんて、そんな懐の深い社会はありませんよ」
「う、そ、それは確かに……いや! それならあなたも怪しいでしょ!?」
「僕はアニュラス・デミス隊です」
「え――」
「さて、おしゃべりは良いですか? 君を始末しないといけないものでして」
「し、始末? な、なんで…?」
「……自覚はないんですか? ふん」
面倒くさそうにゼンは鼻を鳴らす。
「学院施設を破壊、さらにアニュラス同盟の中で許可なしに闇魔力を行使――研究という名目は実害無き場合にしか通用しません。つまり君は罪人、僕の大義は法です」
「まって、施設は俺のせいじゃない! それに、この闇魔力は、その……違う!」
「違う?」
ゼンは首を傾げた。
同時に、ある記憶がよみがえる――先日、アニュラスの中で闇魔力を行使した『黒騎士』のことを。
黒騎士も自ら闇魔力を使って壁を破壊しながら、同じような主張を叫んでいたのだ。
“違う”と。
いずれも、隠し通せるとは思えないほどの実力と闇魔力で破壊的行動を起こし、かたや当人が困惑したような声色で、罪状を否定する――
(面倒な…。闇魔力を使った時点で罪人に変わりない、まして『魔王』復活の予言もある今――僕の大義は申し分ない。この子は多少苦しんで死ぬかもしれないが、やるか)
もはや物も申さず、ゼンは片手で印を結んだ。詠唱によって発動するアニュラスの魔法とは一線を画すザハの魔物たちの邪法、“妖術”だった。
(妖術、
すると、ゼンに目を向けていた魔術師の目に光が灯り、やがて青い炎が燃え上がったのである。
「―――あっあぁぁああ!???」
たまらず魔術師は叫び、目を抑えてのたうち回る。
それだけでなく、周囲の虫たちも順番に燃え上がり、火の粉となって地面に堕ちて行く。
ゼンが使った妖術の狐火・燐然は、彼を直視する者の眼球を発火させ、さらにその炎は視神経を導火線のように伝い燃やす。攻撃対象は一切選べず、発動した瞬間に彼を見ていた者が、分け隔てなく燃える。
一方、燃やした相手の数だけ、ゼンも体力を使ってしまう――したがって使いどころを慎重に選ぶ必要があり、虫も燃やし尽くしたゼンは一気に力を消費した。
「はぁ、はっ…。疲れた…とはいえ、これで仕舞いです」
魔術師へ止めを刺すべく、息を整えながらゼンはゆっくりと歩み寄る。魔術師はぐったりとしてうずくまり、乱れた呼吸を繰り返している。
(理由は分からないが、こいつの身体は硬い。確実に殺すには、高い威力がいる……)
ゼンは袖の下に隠した残りのナイフを手に持つ。金属製ではなく石製で、刃物というよりは鈍器である。
しかしそれこそが、彼の必殺の武器であった。
「
ぶつぶつ詠唱を繰り返すと、重ね掛けた火炎の魔法がエンチャントとなり、ナイフの刃を赤熱させていく。火の粉が舞い、刃が一撃必殺の威力に至るまで――
「これで、終わり――!」
そのとき。
地響きが足元を揺らし、亀裂が走る。
ゼンは一瞬、それが魔術師の攻撃だと思い動きが硬直した――が、魔術師は地面が揺れている今も、動く気配が無い。
(なんだ、この揺れは)
ついに亀裂は崩落へと相成り、地面の下から、無数の銀の虫があふれ出て来たのである。崩れた足元と、その砂塵の竜巻のような虫の勢いに、たまらずゼンは飛びのく。
地面の崩落が続き、距離を取るゼンに反して、動きが取れない魔術師はその崩落に巻き込まれて、地面の下へと落ちて行った。
「しまっ――!!」
ゼンが慌ててその後を追おうとしたが、銀の虫の大群に阻まれる。
(このままでは奴が――だが、この大群相手に狐火は危険すぎる!!)
「この、邪魔なっ…! いったん退くしかない!」
ゼンは背を向け、その場を撤退した。
一方、崩落した地下にて。
「ちょっ……ジーク! うえ、上!」
虫と対峙していたジークリンデたちは、相手の数が増えていくことに気付いてからというもの、ひとまず逃げの一手だった。
しかし虫が増大するあまり、ついに地下の天井を突き破って地上を目指し始め、かわりに崩落した瓦礫が地下に流れ込んだのである。
「こっちだ!」ジークリンデはハイナの手を引いて、安全な場所でやり過ごす。
瓦礫が床を叩くけたたましい音と共に嵐のような勢いで虫が外に出て行ったあと、重なった瓦礫の上に、さらに何かが落ちて来た。
ハイナが目を細めて、それを見つめる。
「ねえ、あれ人間じゃない?」
白衣を着た人物はぐったりとした様子で、瓦礫の上で気を失っている。目元に酷いやけどを負っていて、穴の開いた天井から差し込む月光に、銀色の反射が輝いていた。
「あと…魔力、闇っぽい」
「…どうやらそうらしいな」
ジークリンデも頷いた。
瓦礫の上を慎重に歩きながら、その人物の下へと歩み寄る。
白衣と、ところどころに銀色の鱗を纏った少年の姿。火傷を負った目元の傷を塞ぐように、銀の甲虫たちが集まっている。
「怪我してる! ど、どうしよう。この人」
「連れて行く。闇魔力に関する大事な手がかりだ。それに、気になることもあるしな……」
ジークリンデは地下実験施設を眺めた後、気を失っている白衣の少年を抱え上げた。「ハイナ。あの虫が此処に戻ってくる前に、一度逃げよう。いずれにせよ、これ以上の調査は継続できない」
「でも、抱えたまま登れる?」
「闇病のおかげで、たぶんな」
軽口めいた口調で嘯くと、ジークリンデは跳躍して瓦礫の上を伝って上階へと移動し始め、ハイナが遅れてついて行った。
そして二人は銀の虫の嵐の中を密かに抜け、夜闇に紛れて学院の外まで逃げおおせたのである――だからしばらく後、ゼンがその場に再び戻った時、彼は地上だけでなく地下に続く崩落個所も隈なく探したが、魔術師を見つけられなかったのだった。
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