第24話 天道と夜道
深夜のこと。
エルタニンは予言会議長の許可のもと、スーリャを予言会議へと参加させていた。
「おう、アンタが陽依目の――スーリャってやつか」
「こ、こここ、こんにちはっ」と、壊れたおもちゃのようにスーリャは震えながら頭を下げる。
「こんにちは? 今、夜だぜ。こんばんは、だろ」
「こ、こここ、こんばんはっ」
「はっは。アリオス殿、それくらいに」と、アゾンが柔らかく声を掛ける。「そちらのスーリャ殿は、エルタニン殿の推薦でお呼びした。月をもとにした占い――魔王の兆しを見出だす可能性があるからな」
「ああ、そうだったな。夜遅くにご足労様だ。頑張れよ。嬢ちゃん」
「だから嬢ちゃんなんて年じゃ…いいや、行こ、スーリャ」
そんな手短な歓迎があってからしばらく後。
エルタニンとスーリャは、小さな会議室の椅子に座っていた。窓越しには、深夜の空が広がっている。
部屋の中には丸椅子と黒板。最低限の議論に必要な物があった。
「ら、
スーリャが雑談のような調子でそう切り出す。
「まあね」と、エルタニンは頷いた。「というか普段はそうらしいんだけど、魔王が復活する予知を得た時は、日食の昼だったの。皆既日食の日」
「皆既日食? ……そ、それって3か月まえくらい? 予知が早いね」
スーリャは驚いたようだ。
目隠しスカーフがあるから表情は分からないが、目を丸くしているのが何となく分かる。
「さ、三か月も前だったら…、エルたんが出てた予言会議よりも早いんじゃ?」
「そうなの! そのことについて話を聞いたら、“どうせ間違いだから気にも留めなかった”だって…ま、そうだよね。分からなくもない」
肩を竦め、息を衝くエルタニン。「私もね、いつか天地がひっくり返るような偉大な予言がしてみたい~…って思ってたけど。いざそんな予知が出ても、自分が信じられなかったら意味ないんだね」
「それで、皆既日食――いや、月に兆しがあるんじゃないか、って思ったんだね」
スーリャは話を戻した。
要点は結局のところ、復活がほぼ確実とされている『魔王』の正体である。過去に生きていた『魔王』そのものが復活するのか、あるいは『魔王』に比肩する災いが再び訪れるのか――厳密な解釈は今も割れていた。受け止めきれず、楽観視に努める占術師も予言会議にはいるほどだった。
「火のない所に煙は立たない、影の裏に光あり――全ての兆しは大元の存在と結び付く。星夜見って、そういう考え方が基本だからね」
「で、でも、たしか月を見て占う術って、ないよね」
スーリャは肩を竦め、それにエルタニンが応じて手を叩いた。
「そう! だから作る」
「えっ、作るの?」
「月から兆しを見出す占い。星を見ても曖昧な兆ししか分からないし、陽の光を見ても夜のことは分からない。でももしかすると、月の占いなら魔王の正体を直接繋がる兆しが見つかるかも――ということでスーちゃん、手伝ってくれない?」
しばらくスーリャは呆けていたようだったが、やがてふっと頬を綻ばせた。
「い、いいよ。面白そう。どうせ、曇りの日は占いもできないしね」
それからしばらく、二人の議論が続いていたが。
やがて、扉が開けられる音が響き、中断となったのである。
「えっ!?」
驚いて振り返ると、慌てた様子のダーインが二人のもとへと駆け寄ってきたのである。見たことの無いほど切迫した彼の表情は、誰の目で見ても明確な“兆し”だった。
「だ、ダーインさん? なんでここに…?」
「陽依目、星夜見。すまない、急用で話がある。アゾン殿に聞いて、ここに来た」
と、彼はすぐに切り出す。
「何かあったのですか?」
「デュアラントに見出だされた闇の魔力の使い手の痕跡。あれは今どこだ? どちらの占いでも良い、ヒントがなかったか」
「――デュアラントですか」
先んじて応じたのは、スーリャのほうだった。「た、太陽が出ている時間帯のことであれば、過去の出来事を見ることもできます。それでも良いですか?」
「そうか…。頼む。時間帯はおそらく昨日のことだ。闇の魔力と、それか“銀色”の手がかりがないか、探してくれ」
「…銀色?」
エルタニンが首を傾げる。
「デュアラントで見つけた使い手の特徴だ。コードは『銀術師』としてる。最初の打ち手で取り逃してしまったが…今一度、探したい。仲間がやられた」
「!?」「!!」
占術師の二人がハッと息を呑んだ。
「まだ息はある。だが、いつ意識を取り戻すか分からない――仲間に何があったのか、ヒントが欲しい」
「分かりました。お仲間様の特徴は?」
「……一人はエルフ。もう一人はデュラハンだ」
「分かりました。そのお二方を追いかけた方が、手っ取り早そうです」
ふだんの自信のない口調とは打って変わって、スーリャは毅然とした態度で頷くと、そのまま浅く俯く。そしてスカーフ越しに両目に手を当てると、そして陽依目の奥義である追跡魔法を発動した。
通称“天道占い”と呼ばれ、太陽の動きに伴う地上の影の動きをさかのぼることで過去を見る魔法である。過去として見ることができるのは昼の出来事に限定されるが、発動自体は夜にも可能で、さらに発動者の力に応じ、見れる距離と時間の射程が変わる。
その点において、スーリャはどうやら天賦の才があった――彼女が見出だす距離と時間の射程は、他の陽依目在学者の比ではない。時間にして半年。距離にしてアニュラスと同盟をすっぽりと覆って余りある半径を持っていた。
「……………ふうっ」
やがて、水から顔を出したような息遣いと共にスーリャは顔を上げた。「見つけました」
彼女があっさりと言いのけたので、ダーインは目を剥く。
「どこだ?! いつだ!?」
「時間帯は夕方。陽が沈むギリギリの時間なので、少し見えにくいですが、場所は…これはもしかするとデュアラントの旧学生寮に続く丘の辺りでしょうか」
「旧学生寮…?」ダーインが繰り返す。
「廃寮になったんです。ずいぶん前に。そこに、闇魔力の使い手がいたみたいです――銀色のものも見えます」
「そうか。それは虫の羽根のようなものか?」
「……いえ」
スーリャが首を振ったので、ダーインは眉を顰める。
「なに? 錬金虫という、銀色の翅の虫のはずだ」
「違います。虫ではなく――私が見つけたのは、剣ですね。折れた刃。金属光沢のある銀色で、闇も纏ってる」
「………剣?」
「ええ」
スーリャは頷く。
「折れてはいますが――針のように美しい剣です。使い手は女の方でしょうか。夕方の森の中にいるので顔はよく見えませんが、騎士のような力強い構えです……」
「女? 騎士……」
ダーインが呟き、はっと顔を上げた。
「――馬鹿な」
「えっ? な、なにがでしょう?」
占いを終えると、スーリャはまたいつものようなオドオドとした口調に戻る。「も、もしかしたら間違えてたかも? も、もう一回やります…!」
「いや、良い! ……ただ、その使い手は『銀術師』ではない。銀術師は男だ」
「あ、あわわ。やっぱり間違えた…?」
「銀術師ではないとすると、誰ですか?」とエルタニン。
「――おそらく『黒騎士』。アニュラスを襲撃した使い手だ」
「えっ!?」
エルタニンが声を上げた。「でも黒騎士はたしか、アースバンにいるはずじゃ…?」
「あるダンジョンで発見して以来、行方をずっと暗ましていた。陽依目の魔法を回避する手段を知っていたのだろう」
「よ、夜の間に動いて、デュアラントにたどり着いてたってことですね…?」
「そうだ。デュアラントにいた狙いは分からないが…。だが、納得だ。話に聞いていた『銀術師』は、詠唱魔法の実力こそ高いが、デミス隊二人がかりで敗けるほどの相手では無かった。だが、『黒騎士』は――」
「一撃で竜を討った。で、ですよね?」
スーリャが言うと、
「そのとおり」
と、ダーインがすぐに頷く。
「そ、その瞬間は、以前私も見ました。最初の調査の時に…。あのときはまだ、アースバンの方面に逃げていたはずですが、確かにあれ以来、見つかってませんでした」
「やつ相手だとすれば、デミス隊二人でもあるいは敵わんかもしれん……。スーリャ殿、それから黒騎士はどこへ?」
「ざ、残念ながら分かりません。陽が落ちる寸前まで、デミス隊のお二方と対峙したまま…そこで途切れています」
「そうか…。くっ、あと一歩足りんとは」
「いえ、待ってください。手がかりなら増やせるかも」
と手を挙げたのはエルタニンだった。
「増やす? どういうことだ?」
「占いましょう。今は夜です。今日の天気なら星夜見が使えます――方向性さえ決まってるなら、夜が明けるまでの間に、兆しが見つけられるかも。近い未来のことなら、確度も高いはずです」
そう告げて、エルタニンは窓の外の夜空を見上げた。
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