第25話 追跡者と追随者

 夜が明けるまで、およそ半刻。

 もうまもなく地平の向こうから日が昇り、星の光をすべてかき消す。

「それまでに占術で見つけます。黒騎士がどこへ向かったのかを」

「できるのか? もう夜が明けるぞ」

「今や、まったくのノーヒントではありません。少なくとも昨日の夕方まで、黒騎士はデュアラントにいた。それからの足取りを占うのなら、漫然と兆しを探すより精度が高いです」

「エルたん……あ、エルタニンだったら、できると思います!」

 スーリャがそう付け加えたので、ダーインは一息の間のあとで頷いた。

「分かった、任せる。いずれにせよ、私は日の出まで出発せん」

 そう告げてダーインは丸椅子に腰かけた。「やつらは日の出のあとは動きを止めるはずだ。やつらの行き先さえ分かれば、私が先に追いつく」

「では、占います」

 エルタニンは目を閉じ、そして星夜見の占術を発動する。

 すると彼女の閉ざされた眼前に円盤のような魔法陣が浮かび上り、回転を始めた。

 ダーインは目を丸くする。

(星夜見の占術――夜の星を見る天文学まがいの学問と思っていたが、この魔法こそが真の意味の占術なのか)


 星夜見が使う魔法は晴れた夜にしか使えず、さらに得られる情報が限られるという制約もある。それでも未来の情報をわずかでも知れるということは、誰しもが理解できるように、重要な価値を持つ。さらに発動条件によっては――つまり近い未来や、晴れた夜であれば――未来の情報も格別に明確に得られる。

 予言会議の場が秘密裏に長年続いてきたことが、星夜見の占術の重要性を示す何よりの証拠だろう。


 しかしながら、彼女が目を閉じてから、十数分が経過しようとしていた。

(……眠っているわけではない、よな…? 星夜見の魔法は、こんなものなのか?)

 浮かぶ魔法の円盤を見れば、それはまだ不連続的に回転していた。だが肝心のエルタニンは、まだ何の見解も告げず、目を閉じていた。

 しびれを切らしたダーインは、スーリャの方を見た。彼女は人差し指を唇にあてるジェスチャをして応じた。

 ダーインは肩を竦める。待つしかないとはいえ、ダーインに少し焦りが生まれていた。

(……こんなものらしい。だがこうしている間に、もう夜が明けそうだ。夜が明ければ星夜見の占術も止まるはずだ。間に合うのか…?)

 会議室の外で、鳥の鳴き声が聞こえた気がした。窓に当たる風向きも変わったようだ。外界の一つ一つの変化を感じ取るほどに、夜の終わりが迫っているような気がした。

 そして実際、エルタニンが顔を上げたのは、背後の窓から陽の光が差す寸前だったのである。

「……方角は――東」

 ダーインは立ち上がり、目を丸くする。

「なにか見えたのか?」

「はい。3回占いました。そのすべてが同じ結論でした。デュアラントから暗い気配が動き出し、数日以内に東のほうで集まる……。“東のほう”とは、“ザハ”のどこかだと思います」

「ザハか…。だが、暗い気配が集まる、とは? 黒騎士のことか?」

「具体的に人の顔が見えるわけではないです。ただ、気配は一つではないようで、2つか3つ。闇の魔力の使い手のことかと思いますが、それがザハの同じ場所に集結する兆しがあります」

 それを聞いて、ダーインはハッと息を呑む。

「黒騎士、銀術師。それとザハの使い手か…? スーリャ殿、以前ザハに見出したという闇の魔力があったな」

「は、はい! ば、場所も前に特定しています」

「そこには、すでに隊員を送っている。黒騎士もそこに集まるはず、ということか」

 ダーインは腕を組み、唸る。

「ザハで見つけた闇の魔力の場所というのは?」と、エルタニンが手を挙げた。

「……教会だ」

 問いに対して、躊躇を込めた間を置いて、ダーインは答えた。

 教会はアニュラスが主導してザハに立てた機関であり、その目的は「妖怪種との共生」である。

 ザハの山を中心に生きる固有の種族である妖怪種は、高い知能を持ち、されど一般に悪意が強く、他の種族との共生社会に溶け込まない者が多かった。それゆえ、“魔物”と見る者も多かった。

 ――ただ、それも今や昔。

 ザハと同盟した当初から、アニュラスは教会をたて、妖怪たちとの融和を図った。その結果、妖怪は社会にほとんど溶け込み、むしろアニュラス同盟として山脈の防衛の要を担うほどとなったのである。

 だからダーインにとって、教会に闇魔力の痕跡があった、というのは口外しにくい事実だった。闇魔力を禁ずるアニュラスに端を発する公的機関がそんな体たらくでは、面子が潰れるどころの話ではないからだ。

「あ、あの、星夜見は、場所を正確に特定するまでには至りません。集結する場所も、教会ではないかも」

「エルタニン殿が気を遣う問題ではない。毅然として、デミス隊は事に当たる――ことは単なる犯罪では済まない。魔王の復活の芽を摘むのだ」

 ダーインは腹を決めたように、深く息を吐いた。

「協力感謝する。私は、ザハに集うという使い手たちの調査に向かう」

「しかしダーイン様。ザハの調査には、すでに隊員を送っている…という話では?」

と、スーリャが尋ねた。

「……ああ……まあ……そうなのだが……」

 煮え切らない態度のダーイン。

「やつは……まあ、戦闘は問題ないが……送ったのは数日も前のくせに帰還していないし、音沙汰もない」

「えっ…!? ま、まさか、その方も既に?」

「それはない」

 ダーインは、即座に首を横に振った。「相手が誰であろうと、やつが敗けることはない。仮に勝てないとしても敗けることはない――そういう奴だ」

「では、どうして戻らないのでしょう?」

 ごく真っ当な質問に対して、はああ、とダーインはため息を吐き出した。

「アニュレめ……目的地は伝えたが、道に迷っているかもしれん」



 ザハの空は朝を迎えていた。

 山間の秘境に、金属を打ち付ける音が響く。鍛冶のドワーフが自慢の槌を打ち付け、刃を鍛錬していた――彼の日課だった。街中での仕事を避け、あえて秘境を選んでいる。夜明け前に炎の色を見極め、熱を投じた金属は、もうすぐ“刀”になろうとしていた。ザハ固有の片刃の武器である。

「もし。ちょっとお尋ねしたいことが」

 そんな彼に、誰かが声を掛けた。

 はて、とドワーフは首を傾げ、手拭いで汗を拭いてから顔を上げる。こんな早朝に、しかも山奥で、声を掛けられるとは思いもよらず。

 そこには変わった風貌のデミスが立っていた。

 左の頭部に二本、右には一本の巻き角が、非対象に生えている。炭を塗り付けたような其の真黒な角に反し、光に透かした障子のように微かな色素の肌と瞳孔が、眩しいほどのコントラストになっていた。長い髪は、地面に擦りそうなほど伸びて――しかし地に触れる寸前で、幽霊の足のように透け、毛先は見えない。その神々しい体には軽装の鎧をまとい、腰に剣を佩いていた。

「……」

 ドワーフは目の前のデミスが“何なのか?”を考えたが、彼の知識では正解に至らなかった。鎧をまとっているから兵だろうか、と推測はしたが。

「こんな朝っぱらの山奥で…なにか用かい? 嬢ちゃん」

「教会を探していてね。知らないかな?」

「きょ、教会?」

 ドワーフはぎょっとした。

「嬢ちゃん、こんな山奥には無いぞ。山を下りて――そもそも何処から来たんだ?」

「アニュラスさ。知っているかい?」

「ああ、そりゃ当然」

 ドワーフは応じつつ、アニュラスの方を眺めた。「……ていうか、普通アニュラスから来て山に登ったんなら、ひとつくらい教会を見ると思うがね…」

「くふっ。私は少々、方向音痴でね。迷子になってしまったらしい」

 ドワーフは呆れて、息をつく。

「道に迷ってこんなところに来るとは。一度山を下りて人に聞いた方が良い。来た道を戻るくらいできるだろう?」

「ふうむ、そうしようか。実は、教会といってもどれでも良いわけじゃないんだ。シスターの“テレサ”という人を探していて、そのために教会に行きたいんだよね」

 それを聞いて、ドワーフは眉を片方上げた。

「テレサさん探してるのか? 体調を崩してるとか聞いた気がするが……会えないかもしれないな。お前さん、名前は? 仕事が終わったら山から下りるから、アンタが探してたことを近くの教会に伝えておこう」

「ありがとう」

 三本角は、やわらかく微笑んだ。

「私はアニュレ。“追随者フュルギアのアニュレが探している”――と伝えてくれ」

 伝言を受け取ったドワーフは目を剥いた。

 追随者フュルギアとは、アニュラス王を守る特別な精霊を指す通称――数体の強大な守護者たちが王を守っている。そう聞いたことがあったのだ。

 頷くこともできず固まったドワーフをよそに、

「では」

と、アニュレは言い残して、上機嫌に、来た道を引き返していった。





用語集(近況ノート)

https://kakuyomu.jp/users/UrhaSinoki/news/16818093088315739960

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