第10話 星夜見と陽依目
「はあ、ここまで逃げれば、もう見つからないよね。あのエルフと変な兜の人、なんだったの? アニュラスがどうのこうのって」
「あのエルフは……私がアニュラスで会った兵だ。済まない。あの二人が来たのは私のせいだ」
ジークリンデは言葉を数回飲み込み、それから、アニュラスのセレモニーで起きた出来事を話した。
「――それで私はデミス隊の目の前で、あの王都の壁を破壊した。王を守る壁をだ。それも、魔法使いすら行使を許可されない闇の魔力で」
「それでジークを追ってきたの?」
ハイナは訝し気だった。「おかしいよ! だってジークは竜を討ったんだから、どっちかって言うと英雄でしょ?」
「ただ、その手段が……」
「でもエルフの兵はともかく、もう一人の兜の方は本気の殺気を放ってた。確かに罪に問われるのかもだけど、でも、殺されるほど?」
「それは…確かに、少し妙かもしれないが」
ジークリンデは俯き、顛末を詳細に思い出す。そして、受け取った手紙を思い出したのだ。
「そうだ。さっき、あのエルフから渡された手紙はなんだったんだ?」
そう言って、ポケットに入れた手紙を広げる。月の微かな光は雲に隠れているが、夜目の効くジークリンデとハイナには文字が読めた――
君は暗殺対象だ
闇魔力の使い手に魔王容疑がかかった
君のコードは『黒騎士』
遠くへ逃げるんだ
無事を祈る
断片的に情報が綴られた文章は、人目を盗んでわずかな時間に書かれたと推し量れたが、二人を驚かせるのには十分なテキストだった。
「あ、あっ、暗殺!? ていうか、魔王の復活とか、魔王容疑ってなに?」
「わ、分からない。星夜見が見た、ということは未来の予測だと思うが……魔王容疑とは、どういう意味だ? 闇魔力を使ったからそんな容疑に掛かるなんて、初めて聞いた」
ジークリンデは、もう一度文章を見た。
「コード。これはデミス隊が討伐対象に付ける呼び名だ。相手の名前が分からないときや一般名称しかない魔物にコードを付けて、同盟に周知するんだ」
「ジークは黒騎士っていう討伐対象ってこと?」
「さっきの襲撃を考えると、そうらしい。それに
それぞれ異なるものを見ているのだ。
「
「だから、あのエルフが警告を……って、なんで??」
ハイナは首を傾げた。「あのエルフとジークは敵同士になるんじゃないの? どうして助け舟みたいなものを」
「……私が竜から助けたから、恩義かもな。この行為は…あのエルフ自身を危険にさらす可能性があるが」
「でもジークも逃げないと。結局また、デミス隊が来るってことでしょ?」
「そうだ」
ジークリンデは、険しい表情のまま手紙を折って、懐にそれを仕舞った。「ハイナ。貴方も、私から離れた方が良い」
「えっ…」
「デミス隊が動くとなれば危険な状況になる――もしデミス隊に疑われたら、私に脅されて無理やり同行していたと言ってくれ。友好的な関係を示さずに」
「ちょ、ジーク…!」
「何のゆかりもない私を助けてくれてありがとう。碌に礼もできなくて申し訳ない…が、ここでさよならだ」
そしてジークリンデは、踵を返した。
「待って!」
ハイナが肩を掴み彼女を止める。「確かに会ったばかりだけど、友達って
「友達…私では、ハイナに何もしてやれない。迷惑をかけるだけだ」
「そんなことない、話し相手じゃん! 夜更かし仲間だもん! それに私は……帰るところも、ないし…。ジークと離れたら、また一人になる…」
と、ハイナは徐々に語尾を弱める。
「だが危険なことには変わりないんだ。それにロウクエイに帰れば故郷はあるのだろう? 貴方は私と違って、家に帰れるはずだ」
「……ない。ないよ」
「えっ?」
「故郷には、もうダンジョンしか、残ってない。家も、誰もいない…。私以外、みんな…あの時…」
‟ダンジョンしか残ってない”の意味をジークリンデはもちろん理解していた。『魔王』の影響が色濃く残る所に生成する領域である。
「魔王が、来たのか」
その問いにハイナは俯きながら頷いた。
「全部砕けて、灼けた…森も、家も、みんなも…」
「……わかった。どうせ私も、しばらく家には帰れないし一人だ。一緒にいることが危険なことに変りないと承知だというなら…好きにしてくれ。それに本当のことを言えば――私も仲間が欲しい」
「――ジーク~~!!」
「ちょ、抱き着かないで」
「せっかくだし、ジークの疑いが晴れるよう出来るだけのことするよ!」
ハイナの底無しの善意に罪悪感と感謝を大いに抱きつつも、ジークリンデはあることを思いつく。
「手紙の文脈から察するに、魔王の復活が予言されているが正体は不明らしい。だから闇魔力の使い手すべてに魔王の容疑が掛かった――ということだと思う」
「えっ、なんか乱暴じゃない? もしジークが魔王じゃなかったら冤罪なのに」
「それでも魔王復活を確実に止められるなら――苦肉の策だろう。それに、ちょうどネルフも魔王と関係のあることを言っていた」
「…闇澱みとかいうスライム? 魔王の時代に現れたっていう」
「そうだ。そのスライムと手紙の内容は無関係ではないかもしれない」
「じゃあ本当に、魔王復活するの?」
「分からないが、かつての魔王と比類する存在なら、闇の魔力を使うんだろう。手がかりになりそうなのは、例の闇スライムか、闇魔力の使い手ということだ」
「そうだね。でもジークは魔王じゃないよね?」
「そうだな」
「ジークが魔王じゃないってことを、デミス隊に証明するには、どうしたら良いんだろう……」
ハイナが考え始め、ぴーん、と耳を立てた。
「私たちで本当の魔王を見つければ良いんじゃない?! 予言が本当なら、もっと明らかに危険な容疑者が、きっといるよね?」
「――その所在を、アニュラス・デミス隊に告発するということか」
告発を信用させる手段は別に考える必要があるとしても、発想自体は悪くないと思っていた。
「
「じゃあ出来るだけ早く見つけないと、ってことだね。それに予言が正しいんだとしたら、復活は絶対に止めないと!!」
ハイナは息巻く。彼女にとっても、かつての『魔王』は許せない存在なのだろう。
「無論だ」
ジークリンデは拳を強く握った。「もし私の手で、その魔王を討てる時が来たら、その時は……」
闇病によって得た魔力は使いたくなかったが、もし自分から進んで使う機会があるとすれば、その相手を討つときだろう――彼女はそう思った。
「
「任せて! 風の噂集めるの得意だから!」
ハイナは耳をピクピクと動かして、胸をはった。
*
時間が経ち、早朝のアニュラスにて。
「――取り逃したか」
アニュラスの会議室の一角で、ダーインは息をつく。
「申し訳ないです~><。あの黒騎士、逃げ足すっごく速くって…。それにセクハラ鬼がいて…」
言い訳を並べながら、メルヒナが頭を何度も下げた。
「失敗は想定の内だ。アニュラス内で見せた奴の力を見るに、この暗殺は一筋縄ではいかん――手の内を隠している可能性もある。他に分かったことは?」
「仲間がいた」
と、ディータが報告する。
「仲間?」
「ダークエルフが一人。陽依目の追跡魔法では、まだ見つかっていない人物のはず」
「よりによってダークエルフとは厄介な。あの種族は耳が良いと聞く。陽依目の追跡魔法に近しい察知能力を持つとな」
「植物と情報交信するってやつか」
「それにダークエルフは夜行性で影を好む。追跡を掻い潜っていることを鑑みると…夜に動き、日中は影のある森か洞窟で体を休めているということか」
「星夜見は? 何か、新しく予知はないか」
「前にも言ったかもしれないが、魔王に関する未来は暗く、ごく直前まで未来視が出来ない状況だ。しかも星夜見の魔法は体力を使い、夜の天気にも左右される。重大な兆しが近づくまで、頻繁な情報の更新は期待できない」
「…やっぱり陽依目の追跡と俺たちの足で見つけないといけないってことか」
「このまま後手に回るだけでは、取り逃す恐れもある」
そう言ってダーインは立ち上がると、ボードに張られている地図の元へと歩み寄り、指をこんこん当てる。
「包囲を掻い潜って同盟圏外に離れるルートをあらかじめ警戒する必要がある。だがデュアラントの北の果ては砂漠が続く。北に逃げるのは考えにくいし、逃げても陽依目がすぐ見つけられるはずだ」
「あっ、それなら東の“ザハ”もじゃない~^^? 山があるから、一晩で山越えは多分ないよねー?」
「西のアースバンは海、人と漁港も多い。当然、夜に行動するにはあまりにも不利だ。北、東、西のどの道も、長距離移動に際して追跡を掻い潜れまい」
「……となると」
「かなめは南にある」
こん、とダーインはボードを叩いた。
「ロウクエイには魔王が焼き払った荒野地帯もあるが、まだ広大な森林地帯が残っている。目を光らせて黒騎士の逃亡を見過ごすリスクを下げなければ」
「なるほど~!^^ じゃあさっそく、重点警備配置にしよ~っと! いこ、ディータ! 指令だそう!」
「あ、ああ」
二人は会議室を出る。すると、すれ違うように別の人物が会議室へと入って来た。
「だ、ダーイン様。ご、ご報告に上がりました」
目を覆うようにオレンジ色のバンダナを巻いた白衣の人物は、陽依目のスーリャという女性だった。
ダーインは頷き、
「何か情報が?」と、話を促す。
「や、闇魔力のエンチャンタの、位置情報について」
「黒騎士か?」
「いいえ」
スーリャは首を振ると、息を吸う。
「ほかの新たな闇魔力の気配を複数、察知しました」
ダーインは目を剥き、歯を少し浮かせて顔を顰めた。
それと同時に、予言会議で得られた見解を思い出す――魔王として覚醒しうる容疑者は、一人とは限らないことを。
用語集(近況ノート)
https://kakuyomu.jp/users/UrhaSinoki/news/16818093088315739960
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