第19話 月光と日食


 アニュラスの夜が更けたころ、予言会議が再び開かれていた。

 そしてデミス隊の調査状況がエルタニンから共有され始めると、占術師もデミスも、みな真剣にそれに聞き入った。

「……情報は以上です」

「今のところ、陽依目が見つけた闇の魔力の使い手の痕跡は3つってことか」

 ライカンのアリオスが、唸り声に似た調子で渋くつぶやく。

「アゾン様、確か分岐する未来が見えるんだったな。3っていう数字はどうだ、少ないか?」

「そうかけ離れた数字ではないだろう。魔王容疑者が関わる未来の有力な筋に絞ったとすれば、だが」

「こまごまとした未来の分岐は沢山あるってわけか…」

「悲観することでもあるまい。我々に与えられるのは、常に決められた未来への帰路だけだ。通る道は必ず一つ――未来が近づくほど、情報が増えるほど、分岐の有力な筋は明確に見えてくる」

「その、更新情報についてなんですが」と、エルタニンは手を挙げて切り出す。「デミス隊のダーイン隊長は、もし予知が更新されたらすぐに教えて欲しい、とおっしゃっていました。魔王の復活が近ければ近いほど、予知は正確さを増すはず……今夜は、最初の更新のチャンスです」

「俺のは勘に近いからなぁ…。そう段取りよく予知が更新されるか分からねえが、なんとかするしかねえ」

 アリオスは椅子から腰を上げると、会議室の扉に手を掛ける。

「アリオス殿、どちらへ?」

「散歩に行く。狼人の第六感ってのは、別に会議室で働くもんじゃねえんでな。情報ありがとうな、星夜見の嬢ちゃん」

 そう言い残すと、彼は部屋を出て行った。特に誰も止めなかったのは、彼の言うことも尤もだったからである。時に犬や猫も、地震を予知することがある――ただ、その予知を会議室でする必要はない。

「私、もう嬢ちゃんなんて年じゃないのに…」

 エルタニンだけが顔を顰め、ぶつぶつと不平を零す。彼女が予言会議の出席者において最年少である、というのもまた事実であったが。

 アゾンは手を叩き、皆の注目を集めた。

「今宵は予知の方向性が絞られた。情報のあった『黒騎士』、そしてデュアラントとザハの闇の痕跡について占いを始めてくれ。デミス諸君も予知能力を存分に発揮することを願う――アリオスのように、外の方がはかどる者は好きにしなさい」


 一方、アリオスは夜のアニュラスを散歩していた。

 ライカンは晴れた月夜を好む。星を見る星夜見たちと話が通じる部分もあるが、決定的に違うとすれば、月の光は太陽の反射光に過ぎないという物理的な事実だった。だからライカンは、どちらかといえば陽依目とも感覚が近い。

 未来を見れるが曖昧になってしまう星夜見と、具体的に見れるが過去しか見れない陽依目と、月を好むライカンは、それぞれ微妙に見ているものが異なる――「未来の過去を拾い見る」という人間にとって不可解な感覚も、動物的な勘として、ライカンの脳内で自然に処理されているのだ。

 その特殊能力が買われて予言会議に出席しているわけだが、そんな彼にも悩みはあった。

(“勘”に過ぎないってことだな。いつ、どこで、どんな予知が得られるか、俺自身にも分からない)

 彼は予言会議の前から『魔王が復活する』という災害めいた事象を予見し、メモ帳に書き取っていたのだ。

(あの予知をしたのは――どんな夜だったっけか。あの夜に近い過ごし方をしたら、もしかしたら)

 アリオスはメモ帳を開く。

 雑多に書き連ねられているが、日付も付されている。日記のように当時のことを思い出す手掛かりがないかと、街通りの明かりの下で照らしながら目を通し。

「あった、これだ。3か月くらい前か」

 3か月も前に彼は魔王の復活を予知していた――そして他の占術師やデミス達も続々とそれを察知し、予言会議と言う場において収束したのだ。

(勘だが、魔王の復活は近いのかもしれない。だが、この日はどんな夜だったか…)

 アリオスはメモ帳とにらめっこして、ああでもないこうでもない、としばらくぶつぶつ呟きながら、夜の街をうろつく。

 ふと空を見上げると、月に雲がかかる所だった。

 ただでさえ頼りない黄金の光は、雲が掛かれば殆ど消えてしまう。昼の太陽の光は雲如きでは決して遮れず、昼が夜のように真っ暗になることもない。

「ああ、そうだ」

 その光を見て、彼は思い出す。

 あの日の“夜”ではない。

 予知を得たのは、だった。

 昼間なのに、いっとき、太陽が真っ暗になった時間帯があったのだ。太陽が黒く刳り貫かれ、その陰りの縁から零れる円環の光を見た時、ふと予知がよぎったのだ――金環日食と呼ばれる珍しい現象を眼にした日に。

 アリオスは会議室へと戻ることにした。そのこと自体が、魔王に関わる情報なのではないか。

 彼の動物的な勘が、そう告げたから。


「皆、ちょっと良いか!」


 会議室のドアを開け、勢いよくアリオスが声を上げる。

 占術師数名は驚いたように一斉に振り返ったが、到来を予知していたアゾンは「なにか分かったか?」と静かに応じた。

「星夜見の先生方にちょっと聞きたい! 太陽が真っ暗になったことあったろ、まえ」

「え、ええ…。日食のことですよね。確かに、最近ありました」エルタニンが彼に答えた。

「それだ。あれはどういう現象だ? なんで太陽が暗くなった?」

「稀にあるんです。月と太陽の動きに周期性があって、太陽と月の位置が重なると太陽を覆ってしまい……」

「真っ暗になるのか。光が、遮られて」

 エルタニンは頷く。

「星占では“誰にも予知できない事象が起こる兆し”などとして、日食は研究テーマにもなるものでして。確か、3か月前にあったんですよね」

「俺が魔王の復活を予知したのは、その時だ」

「え? そ、そんな早く?」

 エルタニンは目を丸くした。

 アゾンも同様で、彼のその驚いた表情自体が、非常に珍しいものだった。「……星占いでは日食に基づく予知は未開拓の研究領域だ。観測事例が少ないからな。だが君はその時、すでに予見していたのか?」

「そうだ。俺の勘が、その事実を皆に伝えた方が良いって言ってる」

「奇遇だな。私も似たような兆しを感じる」

 アゾンは頷くと星夜見たちを見た。「星夜見の魔法は月には使えない。陽依目もそれは同じだ。だが狼人は、月を見る。原理は不明だがそれが予知をもたらす」

「もしかして魔王の正体について兆しを得る鍵は、月にある?」エルタニンは、少し興奮したような口調で尋ねた。

「可能性はある。だが月から兆しを見出すのは、新たな占術を造れと言っているようなものだ。月光は星光とは異なる。あれは太陽の光……手法としては、陽依目が近いが」

「じゃ、じゃあ! 私がその占術を造ります! 出来るだけ早く!」

 手を挙げたのは、やはりエルタニンだった。

「できんのか? そんなこと」と、アリオスは不思議そうに尋ねた。

「私たちが今使ってる占術も、誰かが作った方法です。それに…頼りになる陽依目の友達もいます」

 それを聞いたアリオスは、視線だけでアゾンに尋ねる。すると、アゾンは頬を綻ばせたのだった。

「やってみなさい。長く生きてきたが――結局、新しいことは若者に頼るに限る。これは占わなくても分かることだ、経験則でね」

「か、必ず作ってみせます! そして、魔王の正体を見破ってみせますから!」


 そのころ。

 デミス隊の拠点には、二人の隊員が戻ってくるところだった――エルフのディータ、そしてデュラハンのメルヒナである。

 南のロウクエイを訪れ、監視体制の強化を命じた帰りであった。

「隊長~!! 戻りました~^^!!」

「ロウクエイを尋ねるついでに、闇魔力の痕跡について聞き回ってきたが……今のところ目ぼしい情報はなかった。昔からあるダンジョンのことばかりで」

 メルヒナ、ディータが順に報告する。それを聞き、ダーインは「そうか。妥当だな」と頷いた。

「妥当? とは?」

「陽依目の占いも、南に新たな闇の魔力の痕跡を見出だしていない、と言う意味でな」

「ああ、なるほど」

「あっ、じゃあ今は容疑者どこにいるの~? 南方面の監視は固めたから、また探そうよ~! あの『黒騎士』!!」

「黒騎士の居場所は不明だ。だが、新たにコード『銀術師』という容疑者が確認された。おそらく今はデュアラントにいる。……ふむ、そこに行ってくれるか?」

「は~い^^!! よーし今度は逃がさないぞー」

「他には? まだ闇の痕跡は2つだけでしょうか?」


「……ザハにもある。が、すでに


「…!!?」

「><!? あっ、アニュレ~~!??」

 メルヒナが驚きのあまり、声を上げた。「お、送って良いの?! あ、アニュレって、だって…!」

「はあ…。分かっている。あの方は隊員だが、“追随者フュルギア”。実際は王直属の守護妖精だからな」

「じゃ、じゃあなんで…?」ディータも焦った様子で尋ねる。

「“私も行きたい行きたい行きたい”と言って、聞かなかったからだ」

「……」

「あ、あはは~^^; アニュレって、偶にそういうとこあるよね…」

 メルヒナが呆れたように言う。

 ダーインは息をついた。

「ああ…。だが助けとしてはこの上ない――これでザハの使い手は、だ」


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