40 クテン産業

 クテン産業、加護薬を開発した会社。

 他にもダンジョンから取れる素材の加工を積極的に行っており、ダンジョンに深く関わる会社……だそうだ。

 とかく非常に巨大な企業であり、呼び出された俺はおっかなびっくりといった様子でその本社ビルに入った。

 現代技術の塊のような、先進的な作りのビル。

 俺にとっては、いささか居心地の悪い場所である。

 確か、入口で案内役が待っていると言っていたが――


「――おや、草埜くんじゃないか」

「貴方は……タスク殿?」


 なんと、出迎えてくれたのはタスク殿だった。

 以前、暴走タイラントの際に、俺が助けた人たちをまとめてくれた人。

 頼りになる大人だと思っていたが、クテン産業の人だったのか。


「いやぁ、まさか休日に趣味でやっていた探索者業で出会った子を、クテン産業に案内する日が来るとは」

「俺も、こうしてまた貴方と再開できるとは思わなかった」


 なんて話をしながら、先に進む。

 色々とお互いのことに関して話す。

 タスク殿はこの会社に務めるサラリーマンで、休日は趣味で探索者をしているとか。

 仕事でも趣味でもダンジョンに関わる当たり、本当にダンジョンが好きなのだろう。

 俺がシオリ殿とコラボした配信も、きっちり見ていると言ってくれた。

 なんだかこそばゆいな。


 さて、話は今回の件――ソラ殿に呼び出されたことに映る。


「しかし、あの黒羽所長に直接かぁ」

「黒羽所長?」

「黒羽所長は、クテン産業が研究開発を行ってる製を一手に取り仕切ってるんだよ、その開発を行ってる研究所の所長でもある」


 なるほど、それで所長。

 なんでも、若くして天才と呼ばれる研究者で、凄い製品を色々と開発しているのだとか。

 なんだかソラ殿の印象と合っているんだか合っていないんだかという感じだが、あの人はよく生き方そのものを変えてしまうので、研究者をやっている時もあるだろう。

 見た目の変わらない鴉天狗だから、長く一つのことをやっていられないのだよな。


 なんて話をしているうちに、ソラ殿の部屋にたどり着いた。

 タスク殿が呼びかけると、部屋の中から聞き慣れた声が返事をする。

 ここからは二人でどうぞ、とタスク殿は去っていた。

 お疲れ様である。


「失礼する、ソラ殿」

「まってましたよー、いらっしゃいコウジくんー」


 いつもの様子で、ソラ殿が挨拶をする。

 いつもと違うのは、如何にも研究者といった様子の白衣か。


「まずはそこに座ってください、お茶を出しますから待っててくださいねー」

「お構いなく」


 なんてやり取りをしつつ。

 俺達は話す体制を整える。


「それで、ソラ殿。本日はどのような要件で?」

「そうですねぇ……どこから話しましょう。じゃあまずは、今回の”免疫”の件なんですけど」

「――それを提唱したのがソラ殿、という話か?」


 あら、とソラ殿は首を傾げる。


「察していたのですね?」

「まぁ、ソラ殿はそういうことを言い出しそうだったのと、ソラ殿が研究者だと知った時点でなんとなく」

「あはは、じゃあ最初に言うべきは……お疲れ様でした、ですね?」


 ねぎらいの言葉は素直に受け取っておく。

 とにかく、アーシア殿とソラ殿は顔見知りだった。

 クテン産業がダンジョンに深く関わる企業で、アーシア殿が運営側の人間なら自然な話の流れだろう。


「じゃあ、次に聞きたいのは……今回の事件を、コウジくんはどう思いました?」

「どう、か……なんというべきか」


 少し考えて――端的に零す。


「ダンジョンは、やはり人間に都合の良い存在だな……と」

「その心は?」

「加護薬の緊急脱出で、本来ならロストするはずだったスキルや魔力を保持したままにしたことです」


 それは、間違いなくダンジョンの気遣いのようなものだろう。

 わざわざ自分の不調を治すために戦ってもらっているのに、そのような無体は働けない、と。


「なるほどなるほど」

「それとソラ殿――ソラ殿は、俺がダンジョンの免疫になることを期待して俺を預かったのだよな?」

「あら、そこまで解るんですね」


 もともと。

 俺が山を降りるという話は前からあった。

 ただ、ちょうどいい下宿先が見つからなかったのだ。

 俺がお世話になるとなると、現代で正体を隠している妖怪に頼むのが一番いい。

 ただ、そういった妖怪は希少だし忙しい。

 現に、ソラ殿も普段は忙しそうに働いている。

 俺の保護者に手を上げたのは、それなりに意図があってのことだろう。

 と、推測したわけだが、正解だったようだ。


「まぁ、でもそれに関しては別に必ずしも免疫になるとは思ってませんでしたよ?」

「なる可能性は高い、とは思っていたのだな」

「当然です。コウジくんは運命を切り開く人ですから」


 何やら自慢げなソラ殿。

 昔から、ソラ殿の俺に対する評価はやたらと高いのだ。


「それと、ダンジョンが人間にとって都合がいいのは、その方がダンジョンにとっても都合がいいからです」

「と、いうと?」

「人が多く集まると、その分魔力が多く発生するからです」


 ふむ、と考える。

 魔力が人間の存在によって発生する?

 それは一体、どういう理屈なのだろう。


「魔力とは、人の想いをダンジョンが吸収することで発生します」

「想い?」

「そうです、ように」


 ――なるほど。

 似ていると思っていたが、魔力と妖力は根源が違うだけで全く同じ力なのか。


「ただ、人は魔力をそのまま操ることはできません。妖怪と違って、体内にそれを操る器官がないからです」

「ええと、確か魂魄とかなんとか婆ちゃんが言っていたな」

「そうですね。ですが……こう思いませんか?」


 ニッ、と何やらソラ殿はいたずらっぽい笑みを浮かべた。



「ないなら作ってしまえばいい。そうすれば、人間も魔力を操れるようになる」



 それは、つまり。


「なので、作ることにしました。というより、魔力に特定の信号を加えダンジョンが人間の体内に魂魄を生成するような処理を追加しました」

「……それは、ソラ殿」

「ええ、そうですよ?」


 ソラ殿は、座っていた椅子から立ち上がり、部屋の隅にあったある容器を手にとって見せた。



「私、黒羽ソラこそが加護薬の開発者です。他にも、探索者アプリ等々、人類がダンジョンに潜るためのシステムを構築した張本人……なんですよ?」



 彼女が手にしたのは、俺もよく知っている薬剤。

 加護薬だった。

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