18 山育ち、加護薬に理解を深める
「つまり、その言い方でいうと補助輪は――加護薬か」
「多分ね。加護薬は飲むことでスキルを使えるようになるわけだけど……人が簡単にスキルを使えるように、加護薬は魔力を使ってそれを助けてるわけね」
考えてみれば自然な話。
加護薬は非常に都合の良い薬だ。
しかしその都合の良さは、すべて魔力という存在の特性を利用したもの。
複雑な行動をするためには、魔力の消費が多くなるというのは自然な話だ。
「加護薬を通さずに魔力を使うと、その操作をすべて感覚でやらなくちゃいけなくなる代わりにダイレクトに魔力を操作できる……と」
「俺が魔法とやらを使えないのは、どう操作すればいいかわからないからだな」
「……そもそも、どうやって魔力を操作する技術を身に着けたの?」
ふむ、と少し考える。
氣の存在は別に隠していない。
そもそも、知ったところで習得できるかどうかは何とも言えないところだ。
というか、おそらく不可能だろう。
「俺は今まで、人の文明がほとんど存在しないような山奥で暮らしていたんだが」
「う、うん」
「そこで、魔力のような存在しないエネルギーを体内で操作する技術を習得したんだ」
「え、ええ?」
何か、いまいちピンと来ていない様子のシオリ殿。
クラスメイトは山奥で暮らしていた話を、案外すんなり頷いてくれたのだが。
ともあれ、今は何の事前情報もなく突然明かしたからな、仕方がない。
「信じられないかも知れないが、できているというのが事実だ。そこは飲み込んでくれると助かる」
「ま、まぁそうね。実際に目の前で見せられたし、信じないわけにも行かないか」
「それで、どうやれば他の人間が同じように魔力を操作できるようになるかだが――おそらくは不可能だと思う」
なぜ? とシオリ殿は首を傾げる。
「癖になってしまっているからだ。加護薬は体内に魔力を浸透させ、スキルとして魔力を操作する方法を自然に身につかせる」
「ああ、そのやり方で体が覚えちゃってるから、癖を取るってなると普通に操作できるようになるよりずっと難しいのか」
「そういうことだ」
仮に、加護薬を飲む前に操作技術を身につけられたら、加護薬を呑んでもスキルを使えるだろうが――そんな人間、果たしてこの時代にいるのか。
俺以外に。
「加護薬が抜けてる間なら? 緊急脱出で加護薬の魔力を使っちゃった時」
「それも難しいだろう。魔力操作事態は、身体が覚える所作だ。たとえ加護薬が抜けても一度身についた所作はそう簡単に変わらない」
「そう考えると……」
シオリ殿は、そう言って手のひらに炎を生み出して見せる。
これが、スキルを使うということか。
本人も、そうやって確かめているようだ。
「魔力はなんていうか、思った通りに操れるのよね。加護薬の助け合ってのことだけど」
「意思の通りに動く力、か」
なんだか、妖力のようだと思う。
妖力というのは、妖怪が不可思議な術を操るために使う力。
妖怪の体内から生成される代物で、妖怪の意志の力そのものだとかなんとか。
婆ちゃんが言っていた。
妖力と氣は完全に別の存在だ。
氣は、自然の中に存在する力、妖力は妖怪の体内に存在する力、といったところか。
ここらへんは、シオリ殿に話すわけにもいかないな。
なんにしても、だ。
「……加護薬って、都合良すぎるわね」
「かもしれないな」
一体どうして、こんなものが産まれたのか。
これがなければダンジョンを人が安全に潜ることができない。
ダンジョン探索者になった時、必ず一本は支給される。
それくらい、ダンジョンを潜るうえでは欠かせない代物。
「……加護薬が登場したのは、今から十年前のことよ」
「ふむ、ダンジョンが誕生してすぐというわけではないのだな」
「それまでは、専門にトレーニングした軍人とかが、命がけでダンジョンに潜って他の」
ダンジョンは、外に魔物を溢れ出させることはない。
しかし、ダンジョンの中から算出される様々な素材やアイテムは、人類にとっては余りにも有用なものが多すぎた。
だから人類は人命を消費してでもダンジョンに潜っていたし、加護薬が登場したことで一気に一般人にもダンジョンの門戸は開かれたのだ。
「探索者アプリが出回り始めたのも、そのころね」
「この便利なアプリもか、人類は凄いものを作るなぁ」
「作ったのは……確か、クテン産業。この国の会社よ」
ふむ、クテン。
なぜか馴染みのある言葉に聞こえるのだが。
まぁ、いいか。
「ま、探索者アプリも加護薬も、今の私達が気にしてもしょうがないのよ」
「それもそうだな。……色々と俺のことは話したが、コラボ配信に必要な情報は集まったか?」
「そうね……まぁ、これが最後ってわけでもないし。少し考えてみるわ。ちょっと、想像してもいなかったことで頭が混乱しそうだから」
うむ、俺も色々と言って混乱させてしまった自覚はある。
何、それなりに配信を急ぐ必要はあるが、期日があるわけではない、。
今はそのことを意識せず、ゆっくりと頭を休めるのがいいだろう。
「とにかく、今日は時間をとらせて悪かったわね」
「いや何、これも経験だ。俺は社会経験を積むために山を降りたのだからな」
「そ、そう。いや、いいことだと思うけど」
というわけで、それからシオリ殿とは連絡先を交換して別れた。
ついでに、俺の探索者アプリのSNSに関する設定を色々と手伝ってもらってしまった。
こういうのはお互い様とのことだが、少し申し訳なかったかも知れないな。
次に会う時は、何かしら手土産を用意しよう。
そうだな……こういう時は、何か摘めるお菓子がいいと思うのだが。
ソラ殿に聞いてみるのがいいだろうか。
あの人には、他にも聞きたいことがあることだし、な。
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