19 山育ち、鴉天狗を知る。

 鴉天狗の姉さん、ソラ殿は親戚の姉のような存在だ。

 幼い頃はよく、山に遊びに来てくれていた。

 妖怪だから当時から年の頃は変わらないが、だからこそ周囲に年を取らないことがバレないよう定期的に姿は変わっている。

 黒髪の女性であるという点は共通しているが。

 後、身長とスタイル。


 ともあれ、ソラ殿に関して俺が知っていることはそれだけだ。

 今のソラ殿が何をしているのか、とか。

 ソラ殿が本当は何を考えているのか、とかはさっぱりである。

 それを知る意味でも、ソラ殿と話をする必要はあると俺は考えていた。

 今は同居人なのだから、どこかで交流を図る必要はあるのだ。

 人間として、現代社会に人間性を学びに来たのならなおさら。


「私が加護薬についてどう考えているか、ですかぁ?」

「ああ、ソラ殿なら、何か考えがあるのではないかと」

「私は探索者じゃないんですけどねぇ」

「だからこそ、だ」


 夕飯の席で、単刀直入にソラ殿へ聞いた。

 ソラ殿は食事の手を止めて、顎に指を当てて考え込む素振りを見せる。


「んー、逆に私から聞きたいのですけれど、コウジくんは加護薬をどう思いました?」

「そうだな……もの、だろうか。いっそ、都合が良すぎるくらいに」


 非常にありがたい代物だとは思う。

 コレがなければダンジョン探索が成り立たない程に。


「そして同時に、コウジくんは加護薬をと思っていますね」

「!!」

「図星ですねー。でもいいんですよ、ぬるくて、都合がいい。それが加護薬というものなんですから」


 はぁ、と気の抜けたような返事を返すしか無い。

 いややはり、ソラ殿は加護薬について詳しいのでは?


「んふふ、まぁコウジくんも推測していると思いますが、私は加護薬について色々しっています」

「では――」

「でも、教えません。理由は色々ありますが、一番の理由は教える必要がないからです」


 必要はない? 俺はそう聞き返した。

 頷くソラ殿は、用意していた飲み物――ブラックの珈琲だ――を一口、喉を潤してから続ける。


「コウジくんは、いずれ加護薬の――ダンジョンの真実に自力でたどり着くからです」

「ダンジョンの……真実」

「知っていますか? ――ダンジョンのモンスターって、ダンジョンの外に出てこないんですよ」


 なるほど、ソラ殿の言いたいことは理解できる。

 都合がいいのは加護薬のだ。


「それでいて、ダンジョンの内部から産出したものはダンジョンの外へ持ち出すことができます。回復薬、素材、他にも色々」

「――都合がいいのは、ダンジョンそのものということか」

「はい。ダンジョンの存在で人類は色々と混乱しましたが――こうして自由にダンジョンを一般人が探索できるようになると、圧倒的に恩恵のほうが大きくなりました」


 それは、確か以前にも聞いたことがある。

 学校の授業だったか、ソラ殿から聞いたのだったか。

 どちらにせよ、今の人類とダンジョンは切っても切れない関係にあるのだと感じたものだ。

 言い方を変えれば――依存している、とも。


「こうは思いませんか? まるで、夢でも見ているかのようだ……と」

「それは……」

「中には、そういう考えをする人もいる。ということですよ」


 ソラ殿の言葉に、俺は少し思案する。

 いや、思案しようとして、ポツリと言葉を零したのだ。


「夢なら……いつか、目を覚まさなければいけないな」


 そう、何気なく。

 その日、ソラ殿はとても楽しそうに話をしていたと思うけれど。

 目を見開いてこちらを見たのは、その言葉を俺が口にした時だけだった。


「ソラ殿?」

「……あら、いえ。うふふ、なんでもないですよぉ」

「ああいや、すまない。思わず考えたことが口からこぼれただけなのだ」

「いいんですよ、コウジくんがそういう考え方をしているのは、知っているつもりですから」


 仮にも、コウジくんのお姉さんなんですから、とソラ殿。

 昔からお世話になっているのもあるが、ソラ殿は人を見通すような目をすることが多い。

 こちらの考えなど、最初からお見通しなのかもしれないな。


「ダンジョンが都合が良かろうと、温かろうと、俺のやることは変わらないからな。拳を振るい、強くなる。ついでに食い扶持も稼げて一石二鳥だ」

暴走タイラントの一件で稼いだお金がありますから、そこまで気にしなくてもいいんですけどね」

「アレでもまだ足りないくらいだ。今は遠慮しているが、俺が満足いくまで食べるとなると、アレでも半年も持たないだろうな」

「……そういうところも、相変わらずですね」


 といいつつ、流石にそれはびっくりだとちょっと引いているソラ殿だった。

 他の人に引かれると少しショックだが、ソラ殿ならそうではないのは、ソラ殿の想定を越えられると嬉しいからだろうか。


 とにかく、夕飯での会話はその程度だ。

 あまり踏み込んだことを話しても、ソラ殿はひらりと躱してしまうだろう。

 であれば、この程度で十分とも言える。

 ソラ殿は加護薬について詳しく知っていて、俺は加護薬についていずれ知る機会が訪れる。

 それだけ解れば十分だ。


 そして、この日の会話はこれで切り上げて。

 数日後――シオリ殿とのコラボ配信当日がやってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る