9 山育ち、暴走に巻き込まれる

 暴走タイラントとは?

 さっぱりわからない単語はスマホで調べるに限る。

 調べたら、すぐにそれっぽいのがヒットした。

 一言で言えば、ダンジョンで突如としてモンスターが大量発生する現象らしい。

 やっかいなことに、これが発生すると探索者アプリでの脱出ができなくなるそうで。

 幸い加護薬による脱出は有効だから、死者は出ないものの。

 そもそも加護薬は一度効果を失うと次からは有料で、しかも非常に高価。

 もし巻き込まれたら、大損害必至のとんでもない災害だそうだ。


 助かる方法はある、自力で次の階層の入口に到達して次の階層に進めばいいそうだ。

 脱出不能は発生した階層のみの現象。

 次の階層に進んで即脱出すればいい。

 が、この広いダンジョンでそれができるかは賭けもいいところ、か。


「とりあえず、すでに脱出は不可能になっているな。暴走タイラントが発生した事自体は確定か」


 探索者アプリを操作して、脱出を試みるも失敗。

 


「まぁ、俺にはあまり関係ないか?」


 魔物が大量発生すれば、ちょうどいい的くらいにはなるものの。

 第二階層の魔物が大量発生してもなぁ、という話。

 正確には次の階層の魔物も出現するそうだが。

 次の階層の魔物といえば、ハイアルミラージとかあの辺りだろう。

 あまり手応えのある魔物でもないなぁ。


「……いや待てよ?」


 ふと考える、これはチャンスなのではないか?

 これからこの階層の探索者は、こぞって次の階層を目指すだろう。

 中には次の階層への入口を知っているものもいるはず。

 その流れに便乗して、第三階層を目指せるのではないか?

 一週間探索して、未だにマップの半分くらいが埋まっていない現状。

 これを利用しないとあと一週間はここを彷徨っていることになる。

 下手したら、途中で学校が始まってさらにずるずる彷徨うなんてことも。

 とにかく、第三階層を目指すためには、逃げる探索者の手を借りるべきだ。


「そして、手を借りる以上は、その借りを返さなくてはいけないな」


 もとより、やられそうな探索者を見つけたら救助するつもりはあったが。

 積極的に探索者の救助を行おう。

 そして彼らと一緒に第三階層を目指すのだ。


「助け合いの精神だ。爺ちゃんも、義を見てせざるは勇無きなりと言っていたしな」


 そうこうしている間に、俺の周囲に魔物の気配が増えてきた。

 暴走タイラントはある時から突然どばっと魔物が増えるそうだが、その直前に前兆みたいなものが起こるらしい。

 おそらくこれは前兆だろう。


「格下を薙ぎ払うのは趣味ではないが、山を降りて初めての大立ち回りだ。少しばかり派手に征かせてもらおうか……!」


 かくして、俺は暴走するモンスターを、それ以上の暴走で蹂躙するべく動き出した。


 そのまま俺は手当たり次第に魔物を倒し始めたわけだが、いや何とも数が多い、

 全然前に進めんのだな。

 いや、最初のうちはそこそこ手早く進めていたのだが、前兆から一気に本番へ至るとこれがもう凄まじく大変で。


「魔力を吸収する暇もないぞ」


 何とも面倒なことに、魔力を吸い込むにはどうしてもワンテンポ遅れてしまう。

 別にそれで致命的な隙を晒したりはしないが、単純に魔力を吸い込むより先に次のモンスターが現れてしまう。

 そうなったら、アイテムを拾う余裕すらなくなってしまう。

 アイテムは拾えているのだ、元々アイテム倉庫にいれるほどではないアイテムを入れるカバンを常備していた。

 ある程度底に詰め込んでからアイテム倉庫に叩き込めばいい。

 正直、食い扶持をいくらでも稼げるのはありがたいのだが、やはり俺としては食い扶持を稼ぎつつ強くなりたい。


 まぁ、言っている暇はないな。

 流石にこの勢いだと、他の探索者の被害もひどいだろう。

 俺の私欲を優先するわけにもいかん。


「む、見つけたぞ探索者」

「うあああああ! 来るな来るな来るなーーーっ!」


 男が複数の魔物に襲われている。

 アレは不味いな、後三手で詰むぞ、彼。

 というわけで、氣を使って距離を詰めつつ魔力に切り替えて一気に魔物を蹴り飛ばす。


「大丈夫か?」

「え、あ、え!?」


 何が起きたのか解っていない様子の男。

 いやいやほうけているな、また魔物が襲ってくるぞ。


「ほうけている場合か、また襲われて死にたいのか?」

「いや、そもそも何が……何が起きて!?」


 どうやら男は困惑しきりのようだ。

 ダンジョンに入って、探索者をしているというのに状況把握能力が足りていないぞ。

 まぁ、見た感じそこまで戦闘慣れしている感じでもない。

 とりあえず再び迫ってくる魔物を蹴り飛ばしながら、男が落ち着くのを待つ。


「俺がこいつらを何とかしている間に、さっさと逃げろ! 第三階層への行き先はわかるか!?」

「はぁ、はぁ……あ、ありがとう。行き先はわからない……けど、助かる見込みならある、と思う」


 ほう、と拳でアルミラージを殴り飛ばしながら、立ち上がる男の方を見る。

 段々と落ち着いてきたようだ。

 これなら、問題ないだろう。


「し、シオリちゃんのところに行くんだ。君も知ってるだろ? 今、ダンジョン配信者のシオリちゃんがここで初心者向け配信をしてて……」

「ああ、知っている」


 たまたま出くわしていなかったら、知らなかったがな。

 ここで面倒なやり取りをしなくて済んだのは助かった。

 が、しかし……だ。


「多分、他の探索者が避難できるように、今は指揮を取ってると……思う。そうでなくとも、あの子は第三階層の場所を知ってるはず」

「その配信者を見つけて、場所を確認すればいいわけか」

「そ、そういうこと……っていうか君、ほんと強いね」


 どうして冷静になると、少しずつ俺の戦いぶりにドン引きし始めるんだ。

 少し心外だぞ、少しな。

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