人気配信者、愚痴る
ああもう、何だってこんなことになるのか。
私、飯束シオリは眼の前で起きている災害――
ついでに、魔法を飛ばしてそこにいるモンスターを吹き飛ばしておく。
そもそもの始まりは、アーシアさんに東地区中央ダンジョンでダンジョン配信をしてくれと頼まれたこと。
まぁそれ自体は、普段世話になってるアーシアさんの頼みということで了承した。
なんでも、第二階層に変な探索者がいるから、目をかけてくれと。
加護薬呑んでないってなにそれ、よっぽど死にたいのかしら。
ただ、どうもやたらめったら強いらしくて、第二階層のモンスター程度なら問題ないみたい。
実際、さっき配信開始前にちょうど近くに来たから人目みたけど、明らかに強そうな感じだった。
何よりこっちが視線を向けたことに気付いていた。
本当に一瞬、意識しない程度の視線だったのに。
どういう感覚をしているんだろう。
んでまぁ、結果としてこの有り様だ。
アーシアさんから、ちょっとモンスターの出現する数が多いとは聞いていたけど。
よりにもよってここで当たりを引く?
とんだ豪運もあったものである。
――とはいえ、出くわせたこと事態は良かったと思う。
暴走なんて、普通は発生したらその場にいる探索者全滅が普通の大災害。
何個の加護薬が無駄になるかわかったもんじゃない。
それが上層の第二階層で起こるなんて。
でも、私ならなんとかできる。
一人でも、誰かを救える可能性があるんだ。
だったら……。
「皆さん落ち着いて! 私の側に集まってください! とにかく隙がないように円を作るの。全員が眼の前のモンスターに集中できるようにして!」
「は、はい!」
「シオリちゃん、こっちにモンスターがいっぱい!」
「私が対処するわ!」
なんとか救出に成功できた探索者たちと、陣形を組んでゆっくりダンジョンを進んでいく。
陣形は単純に、私を囲んで円を作る感じ。
そうすることで、常に目の前のモンスターだけを相手するように戦うのだ。
時折、大量のモンスターが集中する場合は、そこを私が魔法でふっとばす。
私が中央にいるのは、申し訳ないけれど他の探索者さんたちに私が魔法を使う時間を稼いでもらうため。
「炎よ!」
私の放った炎が、まとめてモンスターを薙ぎ払う。
炎が放たれた場所だけは、きれいになった。
「ありがとうシオリちゃん、貴方がいないと私達……」
「まだ安心しないで、第三階層の入口はもうすぐだけど、だからこそ油断しないように!」
「う、うん!」
声をかけてくれた女の子に、励ますようそう返す。
気合を入れ直して、私達は第三階層へ向かう。
こういう時、配信のコメントが私を勇気づけてくれる。
ダンジョン配信しか取り柄のない私に、寄り添ってくれるファンもいるのだ。
そう思いながら、しばらく進み続けると――
「もうすぐ第三階層への入口よ!」
自分で呼びかけながら、自分で安堵する。
ようやく、この人たちを第三階層に送り届けられる。
全員を助けられたわけじゃないけど、私もできることをしたんだ。
そう、少しだけ誇らしくなる。
そんな油断が、良くなかったのだろう。
自分でするなと、そういったくせに。
「シオリちゃん! 第三階層の入口手前に何か見たことないモンスターが!」
「なんですって!?」
視線を向ける。
そこには――
「ブラックミノタウロス!? 第五階層のボスじゃない!」
ダンジョンには、五階層ごとにボス部屋がある。
初めてその階層に足を踏み入れた探索者は、ボスを討伐できないと先に進めないのだ。
そんなボスが、なぜここにいる?
基本的にボスはパーティを組んで連携して挑むもの。
いくら第五階層とはいえ、私一人で倒せる相手じゃない……!
「ど、どうしようシオリちゃん!」
「いやだ、ここまで来てロストとか冗談じゃない!」
「落ち着いて皆! ここは……」
どうする、どうするどうするどうする。
倒す何て無理、ただでさえ私一人でも無理なのに。
ここにいる人達は、探索者としてはアマチュアの人たちで、ブラックミノタウロスを倒す準備なんてしてない。
だったら……!
「わ、私が囮になるわ……! その間に皆はブラックミノタウロスを避けて第三階層へ……!」
「そんな……!」
「でも……!」
皆、私を止めようとするけれど。
他に選択肢はないことは解っている。
「大丈夫、私も皆が第三階層に行くのを見届けたら第三階層へ向かうから。勝算がないわけじゃないの」
――嘘だ。
勝算なんてない。
でも、ここにいる皆の避難が完了したら私もブラックミノタウロスから逃げるというのは本当。
それが、全員を助ける唯一の方法だというのは間違いない。
ああ、でも。
囮になったらきっと、私はロストする。
加護薬の効果で強制脱出してしまうと、それまで育ててきたスキルや手にしていたアイテムを失うことになる。
それを一般的にロスト――もしくはキャラロス――なんて多くの人は呼んでいて。
死なないだけマシだけど、人によっては死んだほうがマシレベルの事態だ。
だって、それまで積み上げてきたすべてを失うんだから。
私がダンジョン配信者として築き上げてきたこと、もの、時間。
その大部分を失って。
私はまた、立ち上がれるだろうか?
――嫌だ、もう嫌だ。
あの頃を思い出すのは。
でも、しかし――
――その時だった。
「ようやく出口まで来たぞ! って、うお、何だあのデカブツは!」
後ろから、そんな声が聞こえてきたのは。
――今の私には。
それが、私の運命を大きく変えることになる人の言葉だとは、知るヨシもなかった。
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