11 山育ち、蹂躙する。

 ブラックミノタウロスというらしい、あの黒いモンスターは。

 俺が挑みかかった後、俺が救助した探索者のまとめ役になっていた男がシオリ殿と話をする時そう言っていた。

 戦闘中でも、後方の会話は聞こえているからな。

 ううむ、人のことを好き勝手いいおって。

 俺は別に山猿ではないぞ。


 ともあれ、ここでの戦闘の目的は実戦の感覚を取り戻すこと。

 それに何より、相手の実力を考えるにこれは魔力を使った戦いを”試す”ちょうどいい機会だろう。

 今回は、氣を使わずに戦っていこう。


「そらそら! 受けてばかりでは俺を倒せないぞ!」


 戦闘は一方的に進んでいく。

 俺は無手で、ブラックミノタウロスは手に俺の背丈より大きい斧を握っている。

 射程の面では圧倒的にブラックミノタウロスが優位だが、大きすぎて取り回しが悪いな。

 俺が懐に潜り込むと、一気に手数で俺がブラックミノタウロスを責め立てる構図になった。

 拳に脚にと、四つの得物で俺はブラックミノタウロスを攻撃していく。

 対するブラックミノタウロスは、斧で俺の攻撃を受け止めるのに手一杯だ。


「とはいえ、なかなか護りが硬いな。カンが鋭いのか、これは」


 正直なところ、ブラックミノタウロスは動き方が雑だ。

 まったく修練の形跡が見られない。

 これは人を害そうとする、それなりに力のある妖怪にありがちなことだ。

 自分の力を過信し、それを磨くことをしない。

 モンスターの場合はそもそも、何も無いところから突然”湧き出てくる”ものらしいから。

 このブラックミノタウロスは、産まれたてホヤホヤで修練を積む暇もなかったのだろう。

 そういう点では、若干こいつに同情するが。

 まぁ、こういう手合は時間があっても修練はしないから、問題はないだろう。


 そして、そんな修練の雑さに反比例するようにカンが鋭い。

 俺の動きを直感だけで受けきっている。

 これもまた修練をサボりがちな妖怪にありがちだが、センスがいいのだ。

 まぁ、そうでないとモンスターの場合、あっという間に人間に淘汰されてしまうだろうが。


 さて、そろそろ防戦一方にじれた敵方が反撃を仕掛けてくる頃だろう。

 俺はそれを見越して、あえて一瞬連打に緩みを作った。

 勘のいいだけの未熟者は、こういう隙を

 ブラックミノタウロスが、雄叫びを上げた。


「危ない、スキル!」


 遠くからシオリ殿の声が聞こえてくる。

 モンスターもスキルを使うのか。

 いや、モンスターがスキルを使うから、人もスキルを使えるようになったのか。

 ええい、そんなことはどうでもいい。


 ブラックミノタウロスのスキルが如何程のものか。

 その全容はすぐにしれた。

 そもそも、雄叫び事態がスキルだったのだ。


「ぬう!」


 俺は、その雄叫びによって発生した衝撃で少し吹き飛ばされる。

 それ事態に対した威力はないが、これは次への布石としては十分だな。


 ――直後、ブラックミノタウロスが見違えるような速さで斧を振り回し始めた。


「<狂戦士化>! 気をつけて、今のブラックミノタウロスにはすごい量のバフが乗ってる!」

「バフとはなんだ!?」


 こちらの声は届かない。

 そもそも向こうも、聞こえると思って話しかけてはいないだろう。

 まぁ聞こえているのだが。


 ともかく、バフとやらの効果が発揮されたらしい。

 ミノタウロスは先程と比べてえらく俊敏だ。

 おそらく、魔力の流れが変わったからだろう。

 氣を、より高い密度で練り上げることで俺は更に身体能力を高めることができる。

 同じことをスキルでやってみせたのだ、この牛人は。

 便利だなぁ、スキル。

 魔力を使えば、俺も同じことができるのか?


 まぁいい、今はブラックミノタウロスの攻撃を凌ぐのが最善だ。

 振り回される斧を、俺は既のところで回避していく。

 先程の俺とくらべて、手数で劣る分速度は足りていない。

 しかし一発一発の威力が大きい。

 まともに受ければ、俺でもただじゃすまないだろう。

 とはいえ――


「流石に見え見え過ぎるな、動きが!」


 当たることはありえない。

 あまりにも、動きが単調なのだ。

 やはり勘だけで戦っているということだろう。

 であれば、この反撃も見るべきところはあまりないな。


「これ以上、何かしら手札はないか? ……あっても今は切らないか。なら――」


 俺は、そこで回避をやめて構える。

 後ろでは、俺が動きを止めたように見えたのか、シオリ殿が驚いているのが見える。

 けれど問題ない。

 これはいわゆる――


「反撃させてもらう!」


 ――切り返しカウンター、というやつだ。

 迫りくる斧を、横から踏み込んで軽く叩いてずらす。

 態勢が崩れたところに、俺は拳を叩き込んだ。


『!?!?!?』


 魔物が、明らかに人とは異なる声音で、うめき声を上げながら吹き飛んだ。

 流石に一撃では仕留め切れなかったか。

 俺は追撃のために踏み込んで、ブラックミノタウロスが地面につくよりも早くケリを叩き込んだ。


 爆音が、ダンジョン内に響く。

 ケリの威力が高すぎたのだ。

 ブラックミノタウロスは天井に叩きつけられた。


「これで終いか?」


 そう言って、天井を見上げる。

 しかし、ブラックミノタウロスから魔力の流れはつきていない。

 まだ生きている。

 そして何より――やつは諦めていない。


 斧に、炎が灯っている。


「――<黒炎>!? 貴方、逃げなさい。それをまともに食らったら!」

「何か問題があるのか?」

がある!」


 なるほど。

 シオリ殿は、俺が動きを止めたタイミングで少しこちらに近づいている。

 お互いの声が聞こえるようになって、会話が通じるようになったな。


 それはそれとして、即死効果か。

 なるほど、魔力の流れを見るに、あの炎には呪いのようなものが付与されている。

 それを受けたら、おそらく加護薬を呑んでいた場合は即座に強制脱出――ロストが発生するわけだ。

 俺の場合は、文字通り即死だな。


 しかし、問題はない。

 呪い、というのは。

 ある意味で俺にとってもっとも得意とする領分だ。

 何せ――


「――こんなもの、木端の児戯とそう変わらん」


 呪いと妖怪は、切っては切れぬもの。

 所詮目の前のそれは、文字通りの付け焼き刃。

 勝ち誇った笑みを浮かべながら、<黒炎>とやらを放つブラックミノタウロスには、いささか失望も禁じ得ない。


「手札がつきたなら、もうするべきことは何も無い」


 俺は、拳を構え。

 迫りくる炎に、それを放つ。

 魔力を込めて、ブラックミノタウロスの<黒炎>を飲み込むのだ。



「散れ!」



 直後、放たれた拳はブラックミノタウロスを粉微塵にした。

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