6 山育ちと鴉天狗

 ダンジョンを後にした俺は、電車に揺られて世話になっているマンションまで帰ってきた。

 相変わらず、電車というやつにはなれない。

 あんな大きな箱があれほど早く動くのに、妖術の一つも使ってないというのはどういう理屈なんだ?


 まぁ、こういうものはこういうもと受け入れるが善し。

 ここしばらくの現代ぐらしで真っ先に学んだことだ。

 動くものは動く、大事な考えだな、うん。


「ただいま帰った」


 そう声をかけながら、マンションの部屋に入る。

 未だに堅苦しいマンションの部屋にはなれないが……現在は、ここが俺の家だ。


「おかえりなさーい、夕飯できてますよぉ」


 そう言って、エプロン姿の女性がやってくる。

 ふんわりとした長い黒髪、おっとりとした様子の小柄な女性だ。

 ただし、一部はとても大きい。

 男としてその、意識してしまうことは致し方ないくらい。

 ともかく、彼女が居候先の姉さん。


「――ソラ殿」

「はぁい、コウジくんお疲れ様。今日も頑張りましたか?」

「ええ、戦果は上場で」


 黒羽ソラ。

 現代で暮らす、数少ない妖怪の一人だ。


 妖怪、この世界にはかつてそう呼ばれる者たちがいた。

 人々の畏れを食って生きる怪物、それが妖怪だ。

 しかし科学の発展によって、妖怪に対する畏れは失われた。

 現在は、秘境と呼ばれる人ならざるものにとって都合の良い土地に寄り集まって暮らしている。

 俺は、そんな秘境の山で育った人間だ。


 そして妖怪の中には、妖怪であることを隠して生活するものがいる。

 理由は様々だ、人として暮らすのが好き、外の情勢を知っておきたい。

 俺の育ての親であった婆ちゃんも、二十年前は外で暮らしていたという。


「ごめんなさいね、食い扶持を自分で稼いでもらっちゃって。でもダンジョンはコウジくんにとってもいい場所だと思うんですよ」

「ええ、とても良い場所だ。あそこであれば、俺も拳を鈍らせなくてすむ」

「そうですよねそうですよね。コウジくんは、きっとすぐに素敵な探索者になりますよぉ」


 俺は現代社会で暮らすソラ殿の元で居候をさせてもらっている。

 ソラさんいわく、俺を養うだけの余裕はあるけれど、それだと俺が納得行かないだろうとのことで。

 こうして、食い扶持を自分で稼ぐことに相成ったのだ。


「夕飯はできているだろうか」

「もちろんです、コウジくんがいっぱい食べれるように準備しましたよ!」

「おお」

「……その、宅配サービスで」


 元気よく、むん……と胸を張ったソラ殿。

 しかし直後、なんだかしょんぼりした様子で付け加えた。

 しょんぼりというか……恥ずかしそうが近いかも知れない。

 宅配サービスというのはよくわからないが、ニュアンスとしては手料理ではないということかもしれない。


「いえ、いえ。用意していただけるだけでもありがたい」

「そう行ってもらえると助かります。ごめんなさいね、私もお仕事とかで忙しくって。ああでも、ちゃんと栄養バランスは考えてますよ?」

「婆ちゃんも、野菜はきちんと食べろと言っていたからな」


 そう言う割には、自分は爺ちゃんに野菜を食べてもらってたし。

 何よりソラ殿が送ってくるジャンクフードというやつを、誰よりも楽しみにしていたけれど。

 婆ちゃんの言っていることは正しい。

 早速いただくとしよう。


「そういえばコウジくん、見ましたよ、動画」

「動画……というのは?」

「あ、そっか。コウジくんはまだそのあたりはきちんと把握していないんですね。ほら、これです」


 食事の最中、ソラ殿はそう言って手元の杖のようなものを操作すると、部屋の隅にあったモニターという奴が光る。

 そこには、何やら……映像? が映し出される。

 映っているのは……もしかして、俺か?


「これは……俺が映っている? 動画、というのは凄まじいな」

「ええはい、便利ですよねぇ。コウジくんがあまり驚いてくれなくて、お姉さんは少し悲しいですが」

「まぁその、テレビとかビデオというやつは、婆ちゃんから聞いていたので」


 二十年前の知識は、宛になったりならなかったりする。

 今回は、なんとか宛になった感じだ。


「これは……昨日、俺がスライムというやつを吹き飛ばした時の」

「ええそうです、すごいですよね。スライムがどばーってなってます」

「少し派手にやりすぎたかも知れないなぁ」

「ダンジョンの外でこれをしなければ大丈夫ですよ」


 もちろん、そこら辺は理解している。

 現代社会では人や動物を傷つけるのはご法度だと、婆ちゃんにも口が酸っぱくなるほど言われたのだから。


「明日も、またダンジョンに潜りますか?」

「はい、学校というのが始まるまでは、ダンジョンで稼ごうかと。始まってしまったら、この勢いで稼げるのは週に二日しかないのだし」

「あんまり、根を詰めすぎてもだめですよ。この世界にはダンジョン以外にも面白いことがいっぱいあるんですから」

「ふぅむ……例えばどんなものでしょう」


 そう言われて、ソラ殿は少し考える。

 やがて――


「そうですねぇ、動画配信とか見てみるのも楽しいかも知れません」

「動画……配信?」

「あ、教えますね。動画配信っていうのはぁ――」


 かくして、夜は更けていく。

 さて、明日は何が待っているのやら。

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