36 山育ち、決戦する②

 ――地響きがボス部屋を震わせる。

 凄まじい火力の一撃は、ドラグニスを穿った。

 思わずといった様子で、ドラグニスは苦悶の表情を浮かべる。


 ――だが、まだ終わりではない。


「今だ!」

「応!」


 シオリ殿の魔法は、最初の打開策にすぎない。

 ここからは、俺とアーシア殿の出番だ。

 ドラグニスにダメージを与えたことで、一瞬だけ隙が産まれる。

 そこを叩くのが、俺達の役目。

 アーシア殿が先んじて、ドラグニスに打って出る。


「さぁ、私がSランク探索者として、その地位を不動のものとした最大出力。如何に難攻不落の狂騒龍といえど――無傷で済むなんて思わないことだ!」


 叫ぶとともに、アーシア殿の周囲に光が生まれる。

 魔力を純粋な光のエネルギーに帰ることを得意とするアーシア殿。

 普段は光を剣に変えているが、その得意とするところはもっと単純だ。

 ただエネルギーを相手にぶつける。

 それだけ。


 ただし、一切の遠慮も躊躇も存在しない。

 絶え間なく、アーシア殿の持てる最大火力でもって相手を蹂躙する。

 一発一発が、ブッチャーに再生を強いるような高火力。

 俺の拳一発分の威力を、絶え間なく叩き込むようなもの。


撃てファイア!」


 掛け声とともに、周囲に浮かんだ光がドラグニスへ叩き込まれる。

 その数は、十や二十では済まない。

 百は軽く越えている!


 ――かくしてドラグニスは呻き、そして吹き飛ばされる。

 完全に動きを止めていた。

 どころか、大ダメージを受けているのが目に見えて解る。

 魔力が揺らいでいる、押し切れるのではないかと希望を抱く。

 だが――


「――ダメだ! まだドラグニスは生きている!」


 ドラグニスは倒れない。

 アレほどの一撃を、まだ余裕を持って耐えている。

 とんでもない話だ。

 だが、まだ終わりではない。


「であれば、俺が」


 気がつけば、俺はドラグニスの前にいた。

 アーシア殿が攻撃を止めると同時に飛び出して、そのまま続けざまに拳を放つのだ。


 俺の攻撃は決定打にかける。

 純粋な速度では、アーシア殿の連打にだって負けないだろう。

 ドラグニスの速度にも対応できる。

 だが、火力という面ではいま一歩劣る。

 であればそれを補うにはどうするか。

 方法はいくつかある。

 先程のアーシア殿のように、連打で間断なく攻撃することも手だ。

 通常であれば、それが一番手っ取り早い方法だろう。


 だが、今は違う。

 シオリ殿の魔法が、アーシア殿の光線が、

 今ならば、連打以外の手段を取ることができる。


 必要なのは、そう、時間だ。

 時間を稼ぐ必要があった。

 俺が集中し、魔力と氣を練り上げる時間が。

 数秒あれば十分だ。

 しかしその数秒は、高速戦闘の中では絶対に稼げない時間でもある。

 その時間を稼ぐためにも、二人の攻撃は必要だった。


 そして、準備は成った。


 二人の攻撃がダメージとともに稼いだ時間。

 それを要して、俺は身体を極限まで練り上げる。

 ただ一撃の、最強を証明するために。

 故に、その拳は連打にあらず。

 一度の攻撃でもって、すべてを終わらせるものでなければならない。


「――――参る」


 呼吸の中に混ぜた声音が、吐息となって周囲に響く。

 その一瞬は、まるで時が凍りついたかのように静かだった。


 直後、俺の拳がドラグニスに突き刺さる。


 衝撃が、音となって広がった。

 ドラグニスのブレスよりも、シオリ殿の魔法よりも強烈な地響きが部屋を揺らし。



 ドラグニスが、壁に叩きつけられた。



 手応え、あり。

 おそらく俺の人生の中でも一、二を争う力の入った拳でドラグニスは穿たれた。

 悲鳴は声にならず、ドラグニスは拳をモロに受けるしかなかった。


「……どうだ?」

「これで終わってくれればいいんだけど……」


 様子を確かめる俺とシオリ殿。

 だが、アーシア殿は渋い顔をしていた。

 これで終わらないと、確信しているかのように。


「――まだだ。ここで倒せるようなら、ドラグニスはどこかしらで討伐報告が出ている」

「その……ようだな」


 直後、ドラグニスがぴくりと震えた。

 魔力は未だそこにある、ヤツはまだ生きている。

 俺は万が一に供え、後方に下がった。

 シオリ殿を守る意味合いもある。


「……おそらく、ダメージを与えたことで行動パターンが変化するだろうね。第二形態だ」

「そんなものがあるのか?」

「ゲームなら、定番だよ!」


 俺の問に、アーシア殿が答える。

 相変わらず、よくわからない話だ。

 まあしかし、行動パターンが変化するというのは事実だろう。 

 明らかに、雰囲気が変わっていた。


 ――そして、このとき。

 その変化の意味に気づけたのは、シオリ殿だけだった。

 この中で唯一、魔力を消費する瞬間を察知できるシオリ殿でなければ。


 それを、初見で察知することはできなかった。



「――あぶない!」



 シオリ殿がそう叫んだ時には、すでにドラグニスは行動を起こしていて。

 結果、起きた出来事は、とても単純なものだった。



 一切の前兆なく放たれた熱線、ブレスを集束させ放ったそれは、こちらの警戒の上から俺を焼き尽くそうと迫る。



 そして、それを唯一察知できていたシオリ殿が、



 俺をかばうように吹き飛ばし、



 熱線に、飲み込まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る