37 山育ち、決戦する③

 ――はっきり言って、その一瞬。

 俺は何が起きているのか理解できなかった。

 熱線がシオリ殿を飲み込んで、俺は吹き飛ばされていた。

 そして熱線が消えた後には、何も残ってはいない。


 死。


 否、違う。

 ダンジョンで人は死なない。

 加護薬による緊急脱出が発動したのだ。

 結果的にそれは、この場からシオリ殿がロストしたことと同義だが。


 そのことを、俺は一瞬だけ理解できなかったのだ。


「――コウジくんッ!!」

「…………ッ!」


 だが、ドラグニスはその一瞬の隙を見逃さない。

 ヤツは前兆なしノーモーションで熱線を打ってくる。

 そしてそれは、連打が可能のようだ。


 しかし俺の鍛え上げられた直感が、俺の身体を無理やりにでも動かした。

 放たれた熱線を、地面を転がるようにして避けたのだ。

 ――それは、なんて不格好な回避だっただろう。

 ほとんど回避とも言えないような、咄嗟の反射行動だ。

 けれども、一度回避したことで思考は再び冷静さを取り戻す。

 続けて放たれた三発目の熱線。

 態勢のせいで、回避は不可能。

 その状況を、俺はしかし。


「――はぁ!」


 地面に拳を振り下ろして回避を試みる。

 地面を叩き割って、陥没させる。

 身体は強制的にその窪みに飲み込まれ、熱線の射程から逃れた。

 同時に、なんとか体制を立て直す。


「無事かい、コウジくん」

「あ、ああ……しかし、シオリ殿が」

「……問題ない、加護薬の効果は確かに発揮していた。彼女は今頃ダンジョンの入口だ」


 今の一瞬、俺はシオリ殿の行動に対応できなかった。

 自分に対する死の感覚には、無理やり直感が対応してみせたというのに。

 驚くべき話だが、俺は自分の死には対応できても他人の死には動揺してしまうらしい。

 まぁ、慣れの問題だと言えばそこまでだが。


 ともあれ、それも今経験したことで覚えた。

 飲み込みが早いのが、俺の一番の武器だと爺ちゃんも言っていた。


「しかし、これは――」

「――どうにもならんか」


 とはいえ、現状は非常に不味い。

 前兆なしの熱線、アレは不味い。

 俺が三連発を回避した後も、ドラグニスはやたらめったらそれをぶっ放してきた。

 俺達は今、回避に専念しながら話をしている。

 そして同時に、感じていた。


 ――近づけない。


 余りにも容赦なく連発するものだから、一向に俺達はドラグニスに近づけない。

 おそらく、近づくことはできないだろう。

 今のままでは。


「せめてシオリ殿がいれば、ドラグニスの魔力残量を把握できたのだろうが」

「無茶言わないでくれよ、仮にあそこでシオリが君を庇わなかったら、私は回避が間に合わずに今頃ロストしているよ」


 現状、アーシア殿は回避で手一杯だ。

 どころか、かなり無理をして回避している。

 俺一人なら、近づけこそしないもののドラグニスの熱線を回避し続けることはできる。

 だが、アーシア殿は俺の存在によってドラグニスが熱線の対象を二つに分割していなければ回避が間に合わない状態だった。


「シオリ殿が俺をここに残してくれた以上。俺にはドラグニスを倒す責任がある」

「……方法はあるのかい?」

「――一つだけ」


 ただ、それには制約がある。


「……一瞬だが、もう一度隙を作ってもらわないと行けない」

「この熱線の嵐の中で?」

「こればかりは、動きを止めての集中が必要だからな」


 ようするに、それは。


「……私にロストしろって、言ってるようなものじゃないか」

「無理にとは言わないのだが……」

「いいよ、どちらにせよ案の定緊急脱出のアイテムは使えないみたいだしね。ここから脱出するには、ロストかあいつを倒すかの二択しかない」


 そう言って、アーシア殿は笑った。

 俺に対する呆れを多分に含んだ、しょうがないなという笑みだ。


「まったく、初めて会った時はここまでとんでもない男だとは思わなかったよ」

「失望させてしまっただろうか」

「ううん、……その方が、私的には好みだよ!」


 ――まぁ、できれば私の胃痛が発生しない程度のとんでもで頼むよ。

 と、そう告げてアーシア殿は前に出る。

 同時に、彼女の身体はより強い光を帯びた。

 彼女自身が見えなくなってしまうほどの。


「それに、だ。この技は、私がこれまで一度として使うことのなかった技。それをようやく使う機会が出たと思えば」

「な、なぜそのような技が!?」

「決まっている!」


 そして、アーシア殿はドラグニスに突っ込んでいく。

 光と熱線が、正面から衝突した。



「自爆技だからさぁ!」



 ――な。

 驚く暇もなく、アーシア殿は光を炸裂させた。

 それは熱線すらも飲み込んで、ドラグニスを吹き飛ばす。

 光が収まった時には、そこにはもう誰もいなかった。


 後には、俺一人だけが残される。

 アーシア殿も、シオリ殿も散っていった。

 どちらも俺に最後を託すため。

 死んではいない、あくまでロストし消えただけ。

 それでも、その思いは。


 決して無駄にはできない。


「――奥の手を、使う」


 アーシア殿が作った時間で、すでに準備は終えている。

 体内を巡っていた魔力を、呼吸によって眠らせるという準備が。

 そして、代わりに眠っていたものを、目覚めさせる準備が。


 俺の中に眠っている第三の力。

 俺がここまで一度として使ってこなかった、奥の手。



 妖力を、解き放つのだ。

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