38 山育ち、決着をつける
妖力。
妖怪が体内に保有する力。
俺は、かつてそれを体内に取り込んだことがある。
取り込んだことがあるから、同じ要領で魔力を体内に取り込めたのだ。
そして、その妖力は現在体内で封じ、眠らせていた。
なぜか? 魔力や氣と違って、妖力は危険な力だからだ。
何せ――
取り込んだ人間を、異形のモノに変えてしまうからだ。
そんな力、現代社会では絶対に使えない。
俺は山を降りる前に、妖力を眠らせることで封じた。
そうすることで、俺の身体を普通の人間のそれに戻したのである。
以来、俺は一度も妖力を使っていない。
それを今、ここで解禁する。
妖力を体内に巡らせて、結果俺の頭には角が生える。
肉体は青に変色する。
どう考えても、人間のそれではない。
せめて赤なら、爺ちゃんとおそろいだと言い張ることもできただろうが。
今の俺は、妖気に満ちた青の鬼である。
「さぁ――狂騒龍よ。そろそろその狂騒を、終わらせるとしよう!」
狂騒龍が熱線を放つ。
俺はそれを――回避したうえで踏み込んで反撃した。
拳が、龍の顎を撃つ。
驚きが、ヤツの顔に満ちている。
なんだ、そんなに驚くことか?
まさか俺が、単に青くなって角をはやした程度に視えたか?
魔力と違って、妖力は俺が長年溜め込んできた力だ。
それに俺は、妖気を用いた闘い方を、氣を用いた闘い方以上に身体に染み込ませている。
動きも先程と比べてずいぶんと洗練していて、我ながら見事な者だと思う。
最初からこれを使っていればと思うが、流石にまだシオリ殿とアーシア殿に俺の正体を話す勇気はなかった。
加護薬で命を守られていなかったら、二人の人命を優先しただろうが。
ともあれ、そこからは打ち合いだ。
熱線の連打をかいくぐっての肉薄。
けれども、それでドラグニスを攻略できたわけではない。
やつにはあの高い身体能力が依然備わっている。
どころか、むしろ鋭さをマシている。
前兆なしの熱線と合わせて、その猛攻は先程の非ではない。
だが、妖気をまとった俺の敵ではない。
それだけの速度を持ってなお、俺の速度には追いつけない。
俺の手数には追いつけない。
俺の火力に追いつけない。
そこからの打ち合いで、目に見えてドラグニスは弱っていった。
俺の拳が突き刺さり、ケリが突き刺さり。
その度に苦悶し、後退していく。
ここまで来れば、後は押し切るだけだ。
唸るドラグニスを、攻撃の手を緩めず追い詰める。
ここで一発でも相手に反撃を許してはいけない。
相変わらず、ドラグニスの攻撃は俺を一撃で終わらせるには十分なのだから。
「全く、頑丈なやつだなお前は!」
人の形を止めた強者は、その図体がデカければデカいほどタフで強大だ。
倒し切るにはとにかくこちらの攻撃を叩き込み続けなければならない。
その上、あちらの攻撃は一撃必殺。
どれだけこちらが優勢に見えても、結局一手の油断が命取り。
圧倒し、圧倒し、圧倒し続けなければ勝利できない。
これが存在としての格の差か?
人は、妖魔に比べれば塵芥のような存在なのか?
そんな、徒労めいた感覚を覚えることが、たまにある。
だが、こうも思う。
だからこそ、楽しい。
命を賭けた死闘が、圧倒的格上に挑む感覚が、俺にとっては愛おしい。
かつて、妖怪達が跋扈するあの山奥で、自然の中で生きてきたからこそ。
俺はその暴力的なまでの獣性が、愛おしくてたまらない。
これからもきっと、俺は多くの死闘をくぐり抜けていくのだろう。
その度に、震えるほどの危機を乗り越え、強敵を倒していく。
これまでも、これからも。
俺が俺である限り、それは続くのだ。
「だから、今は!」
はっきりとした手応え。
もうすぐ、ドラグニスは敗れる。
直感がそう告げている。
「俺に敗れてもらうぞ、狂騒龍!」
熱線をくぐり抜け、鉤爪を躱し、潜り込んだ懐で構える。
氣と妖力を練り上げて。
深く腰を落として構えを取る。
拳を叩き込む、最善の構え。
何よりも確かな、俺の武器。
勝利への確信で持って俺は、
その拳を、叩き込んだ。
――空気が裂ける。
ドラグニスが叫びながら天井を仰ぎ、呻きながら崩れ落ちる。
勝利した、確かに拳の感触がドラグニスにとどめを刺したと告げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます