5 山育ち、すれ違う。

 さて、その後俺は予定していた時間いっぱいまで帰還した。

 第三階層への入口は見つからなかったが、別にそこまで急いではいない。

 とりあえず今日の稼ぎを肉一つのこして売却、金に替えよう。

 結果は――三万円、おおこれはすごい。

 少し抑えれば、1週間分の食費にはなりそうだ。

 第一階層から第二階層がこれなら、第三階層まで行けば日々の生活には困らない程度には稼げそうだな。

 とはいえ、世話になっている鴉天狗の姉さんに月謝を払いたい。

 もう少し稼げるようになりたい、などと考えつつダンジョンを後にしようとして――


「っと、失礼するよ」


 ふと、一人の女性とすれ違う。

 ぶつかりそうになったのを、お互いに避けたのだ。

 ――ふむ。


「いえ、お気になさらず」


 俺はそう返しつつ振り返る。

 少し気になったからだ。

 すると――女性と目があった。

 向こうも振り返っていたからだ。


 スーツ姿の女性だ。

 年の頃は二十代半ば――鴉天狗の姉さんとさほど変わらない。

 まぁ、背丈は鴉天狗姉さんとは天と地の差だが。

 背丈は百七十ほど、体格はがっしりとしていて女性ながらに恵体だと感じる。

 特徴的なのは――透き通るような金の髪。

 それを腰のあたりまで伸ばしている。

 この国の人間らしからぬ髪色だ。

 海外の人だろうか――と、考えていると。


「君、こっちを見てないのに私がぶつかりそうなことに、気が付かなかったかな?」

「む……貴方もだったか。まぁ、気配がしたので避けたまでのこと」

「へぇ――それはいいね」


 女性は、少し面白そうに口元を歪めた。

 なんというか――キツネのような笑みだ。

 妖狐の類は、人を化かすのが好きで好きでたまらない連中だが、それに近い雰囲気を感じる。

 髪色が近いからか?


 ともかく、女性ぶつかりそうな気配を感じたようだ。

 俺もこのまま行けばぶつかるだろうなという気配を感じて、意識して避けたのだが。

 向こうもそれが解ったらしい。

 なるほど、感覚を鍛えているのだろう。


「せっかくだから名前を聞いていいかな?」

「草埜だ、草埜コウジ」

「コウジ……コウジくん、なるほど君が」

「……どこかでお会いしたことがあっただろうか」


 いや、と女性は首を横に振る。

 まぁそうだろう、会っていれば俺が忘れることはない。

 一方的にこちらを知っていたということか。


「私はアーシア、よろしく」

「アーシア殿……こちらこそ、ヨロシク頼む」

「殿……か、素面で言われたのは初めてかも知れないね」

「申し訳ない、山から降りてきたばかりで世間知らずなもので」


 いや、いいよとアーシア殿は否定する。

 どうやら冗談だったようだ。

 人は時に、軽口のような冗句を飛ばしたり迂遠な言い回しをしてくる。

 俺としてはもう少し、素直に話をしてもいいと思うのだが。

 ともあれ。


「君、見た感じ冒険者になったばかりかい?」

「ええ、ダンジョンも最近知ったばかりで。山奥で暮らしてたものだから」

「はは、そりゃあ確かに世間知らずも納得だ」


 うんうんと、アーシア殿は頷く。

 なんというかこれは……本気で感心しているらしい。

 ううむ、鴉天狗の姉さんと同じ気配を感じる。

 大人の女性というやつは、俺のようないたいけな少年をからかって遊ぶものなのか?


「それにしても、その年でダンジョン初体験か。それなら、君はどうしてダンジョンに潜ろうとするんだい?」

「そうだな……人里では拳を振るう機会がない。色々と柵が多いからな。でもここなら、拳を鈍らせずに済むんだ」

「拳を鈍らせない……?」

「そうだ。山にいた頃は爺ちゃ……爺さんが稽古をつけてくれたおかげで、それなりに戦い慣れていてな。その感覚を忘れたくないんだ」

「……へぇ」


 ほんの少し、アーシア殿が引いている気がする。

 いや、ほとんどアーシア殿に変化はないのだが、一瞬だけ空気が変わったのだ。

 何か変なことを言ってしまっただろうか。

 爺ちゃんを爺ちゃんと呼ぶのは子供っぽかっただろうか。


「まぁいいさ。ダンジョンに潜る理由は人それぞれだから」

「そのようだ。少し探索者とすれ違ったが、皆それぞれダンジョンに潜る動機は違うように感じられたから」

「観察が得意なんだね」

「必要だからな」


 何しろ、敵を殺すには観察こそが最も有効な手段だ。

 どんな相手も隙を見抜いてそこを突けば殺せる。

 まぁ、あまりにも隠した過ぎると先程のハイアルミラージみたいなことになるのだが。

 ともあれ。


「とはいえ、君は有望な探索者になるだろう。いずれ一緒に探索することを楽しみにしているよ」

「やはり有力な探索者だったか。ええ、いずれまた」


 立ち振舞からして、相当の手練れであることは解る。

 直接戦えば負けないだろうが、そもそも直接戦わせてもらえるか謎だな。

 何より相手は人だ、ダンジョン内部でも人間同士は基本協力しあうもの。

 敵対する必要はどこにもない。


 ただまぁ――加護薬は飲用しているのだろう。

 死なないなら……少し本気で仕合ってみたいものだなぁ。


「……っ」

「? どうしたのだ?」

「ああ、いやなんでもない。それではまたね」


 そう言って、アーシア殿は去っていった。

 俺もさっさと帰るとしよう。

 そろそろ鴉天狗の姉さんが帰ってきているだろうからな。

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