『山』から降りてきた男に、現代ダンジョンは温すぎる

暁刀魚

1 山育ち、ダンジョンに来る

 自給自足という言葉は、山育ちの俺にとってはとても馴染み深い言葉だ。

 居候先の姉さんから、食い扶持は自分で稼いでくれと言われた時はどうなるかと思ったものの。

 なんと、修行しながらお金がもらえるというのだから、今はいい時代になったものだ。

 婆ちゃんが外で生きていた頃は、こんなものなかったそうだから俺は運が良い。

 そういうわけで俺は、ダンジョンとやらで金を稼ぐことにした。


「――と、これでダンジョンに関する説明は以上となります。何か質問はありますか?」

「質問……と言っても、俺はそもそもダンジョンとやらを山から降りてきて初めて知ったから、何がわからないのかすらさっぱりで……」

「あはは……まさか、今の時代にダンジョンの存在を知らない人がいるとは思いませんでした」


 受付のお姉さんは、ダンジョンについて詳しく説明してくれた。

 曰く、二十年ほど前に突如として出現した。

 当時は世界を揺るがす大混乱に陥ったものの、今は画期的な発明といろいろな制度の整備でダンジョンを安全に探索できるようになっている。

 そして安全に探索できるようになった結果、多くの“探索者”がダンジョンを潜っている。

 なぜ潜るのかといえば、ダンジョン内で見つけたものは探索者が自由に持ち帰っていいことになっているからだ。

 現在、世界はゴールドラッシュならぬダンジョンラッシュに湧いている……と。

 まぁ、そもそも俺はそのゴールドラッシュすらなんなのか知らないのだが。


「あいにくと、電波も通らない山奥でくらしていて、社会の常識についても怪しいところがある。何か不手際があったら申し訳ない」

「ええ? 全然そうは見えませんけど……」

「ああでも、『すまほ』の使い方は、居候先の人が懇切丁寧に教えてくれて。きっちり習得できたよ」

「今の時代、スマホが使えれば大体のことは困りませんしね」


 山から降りてきて真っ先に思ったのは、外の世界というのは覚えることが余りにも多いということだ。

 スマホひとつをとってもそうだが、とにかくやるべき事が多い。

 それでも、外の世界を知って見聞を広めるために山を降りたのだからこれも挑戦。

 何事もとりあえずやってみることにしている。

 ダンジョン探索者になるのも、その一環だ。


「と、いうわけで手続きは終わりました。改めてこれから探索者としてがんばってください。ええと……」

草埜クサノ、草埜コウジ。まぁ、よろしく」

「申し訳ありません、草埜さん。よろしくおねがいします」


 かくして俺は、ダンジョン探索者になった。

 すぐにでもダンジョンに潜って、鈍った感覚を取り戻したい。

 しかし、やるべきことは未だあるんだそうで。


「それじゃあ、まずは探索者アプリを開いてもらっていいですか?」

「外じゃあ、このアプリってので何でも管理できるんだなぁ。お金すらアプリが何とかしてくれるんだから、恐ろしい」


 アレだけ婆ちゃんにお金の恐ろしさを口酸っぱく教えられたのに。

 結局、生のお金はほとんど俺の財布に入っていない。

 婆ちゃんも、外で生活していたと言っても二十年以上前の話だからなぁ。

 ダンジョンのことも知らないわけで、なんで婆ちゃんはあんな自信満々に現代生活のことを語ったんだろう。

 ケータイはもはや死語だったよ、婆ちゃん。


「先ほど説明した通り、探索者アプリでは探索者として活動するための必要なものはほぼすべて揃っているわけですが……アイテム倉庫を開いてもらっていいですか?」

「配信とか掲示板とか、いまいちピンとこないなぁ。……っと、これでいいか?」

「はい、大丈夫ですよ。あんまり萎縮しないでください、操作は完璧ですから。それでえっと……この加護薬というのを取り出してもらっていいですか?」


 受付のお姉さんに促されるまま、俺はスマホを操作して『加護薬』というのを取り出した。

 何も無いところから、ガラス瓶に入った液体が取り出される。

 これ、河童あたりにでも騙されてるんじゃないかって感じの技術だ。

 ダンジョンの力だそうだけど、ダンジョンってのは恐ろしい場所だなぁ。


「この加護薬というのが、本当にすごいんですよ。ダンジョンの魔力を体内に循環させることで、ダンジョン内で起きている転移現象を利用して……と、言っても伝わらないですよね」

「まず、ダンジョンってのがピンと来てないからな」

「本来なら、学校で習う部分ではあるのですが。ええと、簡単にまとめますね」


 そう言って、お姉さんが加護薬というに視線を向けながら言う。


「なんと、この加護薬を飲めばんです。他にも、スキルを使えるようになったり――」

「む……ちょっとまってくれ、それはつまりダンジョンではということか?」

「はい、そうですね。だからこそ今こうして、誰でも安全にダンジョンを――」


 なんということだ。

 どうやら、加護薬には特殊な力があるらしい。

 話を聞いている限りだとダンジョンの魔力とやらを取り込んで、それが文字通り『加護』のように効果を発揮するようだ。

 そしてこれを飲んだ人間がたとえば猪に突かれて死にそうになったらその、瞬間外へ転移する感じなんだろう。

 それはなんというか――困る。



「それは――困るな。死ぬ危険のない戦場で戦うとか、爺ちゃんにどやされちまう。悪いけど、加護薬は飲まないよ」



「――――へ?」


 お姉さんが、驚いたような顔をする。

 不思議な反応だ。


「何を驚いてるんだ? 山じゃ死の危険なんて日常茶飯事だったし、別に薬を飲まなくても大丈夫さ」

「――――あ」

「あ?」


 首を傾げる。

 変なことを言っちまっただろうか。


「貴方の言う”山”って、そんなに危険な場所なんですか!?」


 ――いや、これが普通だと思うけどなぁ。

 と、素直に言えなさそうな状況だ。

 山から降りてきた俺には、ここでどう対応するのが正解なのかさっぱりだよ。

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