29 山育ち、強敵を乗り越える

 やはり、強敵との死闘は楽しい。

 どれだけ死線をくぐり抜けてきても、この快感だけはいつだって変わらない。

 これまでも、これからも、いつまでだって。

 俺はこの死闘の中で生きていくのだろう。


 ――夢のようだと、思うことがある。


 こんなにも幸せな時間がいつまでも続くのは、これが夢だからではないのかと。

 そう、思ってしまうことがある。

 だからこそ、そのたびに俺は強く否定する。

 なぜなら――


「もう無茶よ、私がボス部屋から脱出するためのアイテムを持ってる、ここは一旦引きましょう!?」

「それはできないな! なぜなら、俺はまだ負けていないからだ!」

「でも、魔力切れのたびにダンジョンの魔力を吸収するなら、ブッチャーは無敵用!」

「――いいや、そうじゃない!」


 俺は、シオリ殿の言葉を否定する。

 ブッチャーと打ち合いながら、その肉を削ぎ落としながら。


「ブッチャーは、魔力が切れてからダンジョンの魔力を吸収していた。シオリ殿もブッチャーの魔力の流れをスキルで見ていたあろう?」

「見ていたけど……それは一瞬のことだったわ。魔力が切れた瞬間を狙っても、間に合わない!」

「なら、魔力が切れる直前から攻撃を仕掛ければいい。シオリ殿の魔力消費を視るスキルなら、そのタイミングを測れる!」


 そうだ、ブッチャーは倒せる。

 無敵ではない。

 シオリ殿が協力してくれれば、俺はブッチャーを屠ることができるのだ。

 だから――!


「……無理よ、私は脚が動かない。ブッチャーを前にして、貴方に守られていることしかできないの。私は……過去に囚われたままなんだわ」

「――まるで、今が夢なのではないかと、シオリ殿は言ったな」


 拳を打ち付ける。

 ブッチャーの肉から熱を感じる。

 気色の悪い、けれども確かに生きていると感じられる熱だ。

 それは、決して夢などではない。


「だが、この世界は夢ではない。現実だ!」

「どうして、そんなことが言えるの?」

「戦いの中で実感できる生は、夢では絶対に感じられないものだからだ!」


 それは、いうなれば。



「俺が夢ではないと断言するのだから、ここは夢では決してない!」



 自負、というやつなのだろう。

 己が己である証、死闘の中で生を実感している証明だ。


「だからシオリ殿の生きている現実も、決して夢ではない!」

「……貴方を、信じろっていいたいの?」

「そうだ、俺を信じろ。そうすれば俺はたちどころに、どんな夢だって覚まして見せる」


 言葉とともに、ブッチャーを吹き飛ばす。

 そして再生に入ったブッチャー、これで何度目だろうか。

 そろそろではないか、と直感が囁いている。


「……流石に、出会って少ししか経っていない相手をそこまで信じられないわよ」

「それは……そうか」

「だから……信じさせて? 貴方が私を夢から覚ましてくれるっていうなら。……私達は、ブッチャーだって倒せるんだから」


 ――なるほど。

 確かに、それはそうだ。

 俺にはシオリ殿に対する信頼が足りない。

 むしろ、信頼を勝ち取るために、これからブッチャーを倒さなければならないのだ。


「では、行くぞ。これより俺は本気で攻撃を仕掛ける。シオリ殿の”今”という言葉に、必ず合わせてみせよう」

「……まだ本気じゃなかったの?」

「本気ではなかったが、全力ではあったぞ」


 少なくとも、魔力を使った全力ではあった。

 だが、ここからは氣を交えた本気の全力をだすというだけで。


「信じるわよ」

「ああ、――任せていろ!」


 そして、俺は久方ぶりにダンジョンで氣を体内に巡らせる。

 同時に、魔力も体内で練り上げて、それらを混ぜ合わせた。

 直後、ブッチャーが動きを見せ――――



 ――俺は、その動きを見るよりも早くブッチャーを蹴り飛ばしていた。



「な、はや――!」


 驚くシオリ殿を置き去りにして、俺は更にブッチャーを攻撃する。

 ブッチャーはなんとか体制を立て直し、反撃しようとしてくる。

 結果、俺達は正面からぶつかり合う状況に陥った。


「あぶない!」


 シオリ殿は、先程の戦いから正面からブッチャーと殴り合うと俺が一方的に押し負けることを察知していた。

 だから警告する。

 しかし、問題ない。


 俺とブッチャーが正面からぶつかりあった結果――押し負けたのはブッチャーだった。


「な――!」

「言っただろう、本気で行くと!」


 そのまま、吹き飛んだブッチャーに先回りして拳を叩き込む。

 吹き飛ばされるブッチャーを翻弄し、再生を強制させることで魔力を減らしていく。

 そろそろ、いいだろうか。

 逸る気持ちを抑えて、俺はブッチャーを攻撃し続ける。

 決して、次は最後だとは思わない。

 信頼しているからだ。

 シオリ殿は、失敗しないと。


 そして――



「今!」



 その言葉が発せられるとほぼ同時――否、若干だけこちらが早く――俺はブッチャーに肉薄する。

 ブッチャーの突進を避けたことで、ブッチャーは隙だらけだ。

 そこに、拳をねじ込む。

 悲鳴を上げるブッチャー。

 おそらく、この瞬間こそが今。

 魔力を失ったブッチャーが、魔力をダンジョンから補給する――その、切れ目。


 俺はその切れ目に、ねじ込まなかったもう一方の拳を叩き込む。

 連打だ、それまで一度もやってこなかった。

 魔力と氣を練り上げた、俺の放つことのできる最高火力。

 それを叩き込んだ瞬間――



 ブッチャーは、跡形もなく吹き飛んだ。



 ボス部屋に静寂がみちる。

 俺とシオリ殿は、暫くの間吹き飛んだブッチャーを眺めている。

 やがて、弾けた肉の塊が消え去り、後には倒した後にドロップする素材だけが残った。

 そして俺達は、顔を見合わせる。


「……勝ったな」

「……勝ったわね」


 なんだか、お互いにおかしくなって、笑みを浮かべてしまう。

 小さな笑い声が、室内に響いて。


「――どうだった、シオリ殿」

「ええ、そうね……」


 シオリ殿は、天井を見上げてポツリ、と。



「目の覚めるような、一撃だったわ」



 そう、零すのだった。

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