28 山育ち、強敵と相まみえる

「な、なんで……ブッチャーなんて、そんな……二度も出くわすなんてありえないのに……!」


 ブッチャー。

 屠殺者という意味らしいそのモンスターは、屠殺される肉の塊のような姿をしていた。

 一見矛盾するようで、その肉の塊から発せられる威圧感はまさしく上位者のそれ。

 俺達人間を、一方的に屠殺する怪物だ。


「残念ながら、偶然ではなさそうだぞ。シオリ殿」

「――え?」


 そして、絶望するシオリ殿に俺はある事実を告げる。

 それを告げるべきかどうかは迷うところだが、今の彼女は過去のトラウマから見がすくんでいる。

 彼女を動かすには、外部からの刺激が必要だ。


「シオリ殿から感じられる魔力の違和感と、同じ違和感をブッチャーから感じる。これは推測だが――」

「――ブッチャーは、私達に付着した魔力に引き寄せられた?」

「可能性はあるだろうな……」


 さて、呑気に話している暇はない。

 ブッチャーは今まさに、俺達を屠殺しようと飛びかかってきた。

 これは、俺が受けないとシオリ殿が対処できないかもしれんな。

 正面からは受けない、基本的に俺の戦い方は相手の攻撃を受け流す戦い方。

 今回も、やることは同じだ。


「――セイ!」


 魔力を込めて、拳を叩き込む。

 するとブッチャーの肉体が、するりと俺の横を通り過ぎていくのだ。

 そうなるように、誘導したからな。

 肉の塊が、俺達の真横に着弾する。

 凄まじい音を立てて、砂埃がまった。


「正面からは受けられんな、アレは」


 魔力で拳を覆っていても、正面から受けたらへし折れる威力だった。

 人間の体は丈夫ではないのだ。

 代わりに、とても器用にできている。

 受けるよりも、流すほうが自然な体の動きだな。


「次はこちらから行くぞ!」


 そして攻撃も、ただやみくもに拳を突き出すのでは意味がない。

 相手の弱いところ、脆いところを崩すのだ。

 砂煙を突っ切って、ブッチャーに肉薄する。

 この肉の塊のどこが弱いのか、俺は魔力の流れでそれを掴んでいる。


「ここか!」


 そこは、いうなれば肉の継ぎ目とでも言うべき場所。

 ブッチャーは複数の肉が積み重なってできているのだ。

 結果として醜悪な見た目になっているが、モンスターであれば人間を威圧することも戦略の一つか。

 その継ぎ目を、拳で突く。


 ブッチャーが悶えた。

 だが、すぐにブッチャーも動く、俺から凄まじい速度で距離を取ったのだ。

 そしてもう一度、突っ込んでくる。


「その威力で、速度までともなうのかよ!」


 言いながら、俺は突っ込んでくるブッチャーを拳で流す。

 そこからは打ち合いだ。

 ブッチャーの巨体が俺を押しつぶそうとして、俺の拳がブッチャーを突く。

 激しい戦闘はしかし、若干折れのほうが優勢といえる。

 だが――


「……く、草埜! 気をつけて! ブッチャーは死にそうになると再生するの!」


 ある程度痛めつけたところで、シオリ殿が叫ぶ。

 同時、ブッチャーは俺から一気に距離を取ると、魔力を噴出させた。


「魔力で無理やり再生するか、豪快なやつだな」

「それだけじゃない……ブッチャーは、再生するたびに少しずつ動きが素早くなっていく!」

「さらにか!」


 直後、再生を終えたブッチャーが突っ込んできた。

 なるほど確かに先程より少し早い。

 そこまで劇的な変化ではないが――魔力さえあれば再生するのなら。

 その再生回数は、一度や二度では済まないだろう。

 こちらから突っ込んで再生を妨害する選択肢もあるが――


 ――しばらくの戦闘の後、再びブッチャーが距離を取って再生を始める。


「させるものかよ!」


 突っ込むが、しかし。

 ブッチャーはそのまま反撃に打って出た。

 再生しながら行動するのだ。

 距離を取ってから再生するのは、一応の安全を確保するためであって必須な行動ではないらしい。

 そして再生速度は、俺が拳でダメージを与えるより早い。


「こうなれば……魔力を削りきって再生できないようにするしかないな!」

「その間、ずっと速度が上がり続けるのよ!? 対応できるの!?」

「やるしかあるまい!」


 かくして、俺とブッチャーはぶつかり合う。

 ブッチャーの攻撃を往なし、接近。

 回避しようとするブッチャーにそれ以上の速度で一撃を叩き込む。

 今のところ、最高速は俺が上回っている。

 だが、余りにも早すぎると、高速で動くブッチャーに対して狙いを定めることが難しい。

 何より、魔力の消費が激しすぎる。

 スキルを使用しないことで、魔力は節約できているが。

 それでも最高出力となると、消費は激しい。


「そらぁ! こいつでどうだ!?」


 叩き込んだ一撃。

 その直後に、ブッチャーが再生を始めた。

 かれこれ、数度目の再生。

 俺からはブッチャーの体内に魔力が存在していることしか読み取れない。

 基本的に、俺は今まであまり魔力の残量とかを気にしてこなかったから、そういう探知の仕方を習得していないのだ。

 残量がなくなるまで、戦うことがなかったからな。


「……あと少し!」

「助かる、シオリ殿がいなければブッチャーの魔力残量がわからないところだったぞ」

「そんなの……私、何もできていないのに!」


 致し方ないだろう。

 ブッチャーが早すぎるのだ。

 俺もブッチャーをシオリ殿の方に行かせないのが精一杯。

 今ここでシオリ殿が戦闘に参加しても、連携できる気はしない。


 やがて、俺は更にブッチャーの魔力を削るべく攻撃を仕掛ける。

 こちらは一撃でも正面から受ければ死ぬ状況。

 対等に打ち合いをしながらも、一方的にこちらが蹂躙し続けなければならない状況。


 ああ、これは――


「――ブッチャーが、魔力切れするわ!」


 ――まったく、惜しいな。

 あと少し早くなれば、俺に追いつけたかも知れないのに。


 そう考えた時だった。

 俺がブッチャーの継ぎ目を殴り飛ばすと同時に、ブッチャーは大きく吹き飛ぶ。

 そして、直後。



 ダンジョンから、ブッチャーに魔力が漏れ出す。



 いや、違う。

 これは――ダンジョンの魔力を吸い上げている!?


「そんな、それじゃあ……無敵じゃない!」

「ああ、そうだな――」


 だが、ああ、そうだ。


 


 それでこそ、倒す価値のあるモンスターだ。

 魔力を吸い上げたということは、再生することでのだろう?

 いい、いいぞ。

 さぁ、続けていこうか!

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