冴えない少女、スラ子になる
高校に入学して一ヶ月。
すっかり周囲の人間関係も固まって、私はその中で少し浮いている立場になってしまった。
人付き合いが苦手だからだろう。
でも、ハブられているという程ではない。
一応、学生生活を送る分には困らない程度の立ち位置に落ち着いた……と思う。
いじめられてなければ、多少ボッチでも我慢できるしね。
中学でもそうだったし。
そんな人間関係に変化があったのは、今から10日ほど前のことだろうか。
私はその日、運命に出会った。
スライムを拳で吹き飛ばす男の子に出会ったのだ。
あまりにも衝撃的な光景だった。
その光景を思い出すと、私はどうしてか胸が高鳴ってしまう。
恋……というには余りにも衝撃的で、じんわりと体の奥が熱くなってしまうのだ。
私はどうしてしまったんだろう。
答えが出ないまま、私は弾け飛ぶスライムとそれを成した男の子のことを夜ごとに思い出していた。
それが学校生活にまで影響が出たからか、ある時周囲の人達に心配されて声をかけられる。
私は、ダンジョンで起きたことを素直に話した。
そうしたら、二つのことで驚かれたのだ。
一つは、私がダンジョンに行っていること。
普通、ダンジョン探索者は一部の勇気ある人しかならない。
何せ加護薬があるとはいえ、緊急脱出するということは死にかけているということだから。
大抵の人は、その時の恐怖でダンジョン探索者をやめてしまう。
私も同じように緊急脱出したことがあるけれど、それでも私にはダンジョンしかないからと、ダンジョン探索者を続けていた。
その事実は、他の人にとって凄いことに映るらしい。
もう一つは、私みたいな人畜無害そうな子が、そんな漫画みたいな恋をするなんて……と驚かれた。
正直、自分ではこれが恋なのかはっきりしないけれど。
あのときのことを思い出すと、興奮して眠れなくなってしまうのは事実で。
それはもう恋ではないかと、クラスメイトは囃し立てたのだ。
結果として私は一目置かれるようになって、クラスのマスコットみたいな立ち位置に落ち着いた。
ちょっと女子たちから可愛がられ過ぎている気もするけれど、浮いているよりはずっとマシである。
でもまぁ、そうやってクラスに馴染んでからも、私の興味はといえばあの光景に向いていて。
特に、スライムをああやって吹き飛ばすことが私にもできるのではないかという考えは、ずっと私の中をぐるぐる駆け巡っていた。
当然、休みの日にはダンジョンへ赴いて、スライムを討伐してみようとした。
スライムは、非常に弱い魔物だ。
のろくて、もろくて。
私でも武器を持って時間をかければ絶対に倒せる。
ただそれでも、人生において他人を攻撃したことのない私にとって、それはあまりにも覚悟のいる行動で。
それでもなお、あの光景は私の中にこびりついていて。
私は、ついに意を決してスライムを倒した。
何度も何度も、貸出の剣をスライムに叩きつけ、スライムが消えてアイテムをドロップするまで叩きつける。
その間、私はただただ興奮の渦中にあった。
彼のことを思い出して、何よりスライムを叩き潰しているという事実に興奮した。
最後にスライムがアイテムをドロップした瞬間には、言葉にできない衝撃を受けたものだ。
思わず、その高揚感でその場に崩れ落ちて立てなくなってしまうくらい。
周りに人がいなくてよかった。
ちょっと、人には見せられない顔をしていたかも知れない。
それから私は、ひたすらにスライムを叩き続けて。
第二階層で
私にスライムを叩き潰すきっかけをくれた男の子が、「無手の英雄」なんて呼ばれて有名になったのを知ったのは、結局彼が私のクラスに編入してきてからだ。
そう、私のクラスに彼がクラスメイトとしてやってきた。
とんでもないことである。
あこがれの人が、いきなり目の前に現れたかのような感覚。
これが運命と言わずになんという?
しかも、席は私の席の隣だなんて。
もう、衝撃としか言いようがなかった。
加えて私の話から、私の初恋(仮)の相手が彼だと察していたらしい女子たちはそれはもう色めき立っていた。
何より、ダンジョンで活躍した英雄がうちに来るなんて。
割とクラスは熱狂していたと思う。
加えて、「山育ちでダンジョンの存在すら最近まで知らなかった」なんて言われたら。
どんなキャラの濃さ? って話。
しかも、じゃあどうしてそんなに強いの? と聞かれて「山で鍛えたから」と答えられたらもう何も言えない。
果たしてこの人は、本当に現実の世界の住人なのだろうかって思ってしまうくらいだ。
ただ、性格は非常に朴訥としていて、善良だった。
じゃあ現代文明を楽しみに行こうとクラスの人たちがいい出したら、快く乗ってくれるし。
私なんて、そういうの尻込みしちゃって行けないよ。
まぁ今回は状況が状況だから、いつの間にか私も行くことになってたし、状況に流されてしまったけれど。
それはそれとして、彼と初めて言葉を交わした時。
私は彼に名前を聞かれた。
私の名前は、涼瀬ライカ。
地味な私には似合わない、可愛らしい名前。
だからまぁ、スライムの件で自然と呼ばれるようになっていた私の愛称。
「私は、えっと……涼瀬ライカ。――スラ子って、呼んでくれると嬉しいな」
スラ子、この方がしっくりくる。
なんて。
ありがとう、草埜くん。
私、貴方のおかげでスラ子になれました。
これから、どうかよろしくお願いします。
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