26 山育ち、ダンジョンの異変を知る

「――そもそも、先日の暴走タイラントはもともと前兆となる異変が起きていたんだ」

「いや、いやいや、ちょっと待って?」


 話を続けようとしたアーシア殿に、シオリ殿が待ったをかける。

 うむ、うむうむ。

 そもそも話にまったくついていけないぞ。


「まずダンジョンを救うって!? 私達、そんな大層なこと任される立場だった!?」

「ああうん、そうだね。まぁ色々と順を追って説明するんだけど――」


 アーシア殿は、少し困った様子で視線を彷徨わせながら、考える。


「まず、今回の件は君たちにしか解決できない。暴走タイラントを解決した君たちじゃないと、ね」

「確かに私達は暴走タイラントで、逃げ遅れた人を救ったけど……解決したとは言えないでしょ。私達が助けきれなかった人も、そこそこいるのよ?」


 まぁ、アレでは流石に全員を救助するのは難しいからなぁ。

 とはいえ、話を聞いてみないことには何がわからないのかすらもわからない。


「解決したというからには、俺達の行動にはそれなり以上の意味があったというわけだ。なら、それがどういう意味を持つのかは興味があるな」

「コウジくんは積極的だねぇ、お姉さんそういうの好きだよ」

「ちょっと、あんまり草埜をからかわないでよ!」

「いや、別にからかわれてることはわかってるから、流せばいいだけだぞ」


 それはそれとして、アーシア殿はつまらないとむくれるし、シオリ殿は怒っているしで話が進まないな。

 俺のほうがシオリ殿より事情をわかっていないから、あまり口を挟んでも仕方ないかも知れないな。


「じゃあ、順を追って……というか、話を戻そうかな。そもそもあの暴走タイラントには、前兆があったんだ」

「暴走に前兆とか、聞いたこともないんですけど」

「そうだね、何分ダンジョンが出現して初めての出来事だ。私達ダンジョン運営も、わかっていないことが多い」


 ふむ、この世界にダンジョンが出現して二十年。

 二十年立って初めて起こる現象というのは、いささか不穏な話だな。


「ただ、 暴走が起こる数日前から、本来なら出現しない階層に出現しないモンスターが現れることが時折起こっていた」

「それ自体なら、珍しいけどないわけじゃない現象だけど……」

「よもや、第二階層にハイアルミラージが出たのもそれが原因か?」


 心当たりが一つ会った。

 俺が初めて第二階層を訪れた時に出会った、第三階層のモンスター、ハイアルミラージ。

 その出現が、暴走タイラントの前兆の一つだとすれば納得できない話ではない。


「コウジくん当たり、そういうことが頻発……とは言わないまでも、時折起こっていた。まぁ、これは暴走がおきた後に調査して判明したことだけど」

「偶然ではないのか?」

「これ一つなら偶然と言えなくもない。けど――暴走が終わった後に、ピタリとその現象が止まったとなれば、話は別」


 この場合、ピタリと止まったのは「普段起きている別階層への出現現象」も含むらしい。

 この現象が起きる頻度は数日に一度程度。

 暴走タイラント前はそれが一日に数件発生しており、暴走が収まった後は一件も発生していない。

 流石にそれはおかしい、というのは流石に俺もシオリ殿も納得である。


「というわけで、色々と調査した結果……面白いことがわかった」

「面白いこと? ろくでもないことの間違いじゃないの?」

「そうとも言う。んで、それが何かというと――」


 少しだけ間をおいて、アーシア殿は言う。



「二人の魔力に、暴走の際発生した階層ボス――ブラックミノタウロスの魔力が付着しているの」



 ううん?

 魔力が付着している?

 すると、どうなるのだ?


 ああ、いやしかし。

 覚えがあるぞ、以前シオリ殿の存在を魔力で感知した時違和感があった。

 アレはブラックミノタウロスの魔力だったということか?

 今、改めて感知してみると……確かに、その違和感はまだかすかにシオリ殿から感じられる。

 けれど、それだけだな。

 俺の魔力を感知しても、それらしい違和感は感じられない。


「ええと……まず聞かせてもらいたいんだけど、その魔力が付着してるとどうなるの?」

「んー、これは加護薬の製法にも関わる機密事項だから、絶対に口外しないでもらいたいんだけど」

「どう考えても機密事項を喋り出す物言いじゃないんですけど!?」


 それはまた、とんでもない話が出てきたな。

 明らかにこの場で話すようなことではない気もするが。

 まぁ、どこで話しても危うい話題には違いないか。

 一応、周囲に人の気配がないことは確認済みだ。

 アーシア殿が話しても問題ないと判断するなら、問題ないのだろう。


「基本的に魔力っていうのは、言うなればダンジョンの血液なのよ。ダンジョンの中を流れ、循環するのが魔力なの」

「それはまぁ、よく言われる話よね」

「だからまぁ、ダンジョンの中にいる時の私達は……いうなれば異物、存在しちゃいけないの」

「……それは初耳だな?」


 シオリ殿と視線を合わせて頷き合う。

 どうやら、シオリ殿も初めて聞いたようだ。


「だから、魔力を体内に通すことでその機能を誤魔化すのが、加護薬の効果。それで、魔物の魔力がそこに付着すると――」

「付着すると?」

「魔物っていうのはね、なの。それをあなた達が持っているということは、つまり」


 シオリ殿は、核心に触れる。



「ダンジョンは、あなた達に治療して欲しい病気を抱えてる、ってことよ」



 治療して欲しい、病気。

 思わず、何とも言えない胡乱な表現に、俺達は息を呑んだ。

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