30 山育ち、壁にぶち当たる

 ブッチャーを討伐した結果、見たこともないエリアに到達した。

 本来ならボスを倒すと、ボス部屋に転移陣が出現する。

 その転移陣をくぐることで第六階層に到達するわけだが、なぜか転移陣が二つ出現したのだ。

 片方が通常通り、第六階層へ続く転移陣。

 もう片方が、未知のエリアへの転移陣だ。

 試した所、未知のエリアでも問題なく探索者アプリによる脱出が利用できた。

 加えて、一度その転移陣を通れば、ダンジョン入口の転移陣から未知のエリアへ向かうことができるらしい。

 そして、もう一つ。


「……ここが、未知のエリアかぁ」


 俺かシオリ殿がいれば、ブッチャーを倒していない探索者も未知のエリアへやってくることができるらしい。

 そのことを、たったいまアーシア殿が証明してくれた。


「なんか、結構疲れてない? アーシア、大丈夫?

「なんとか大丈夫さ……まさかこんなに早く進展するとは思わなくて、予定を空けるのに苦労しただけだからね」

「なんだか悪いな」


 とはいえ、流石に俺達へ話を持ってきたアーシア殿へ報告しないわけにはいかない。

 何よりアーシア殿はS級探索者、頼りになる助っ人である。


「とりあえず、今のところわかってることを改めて報告するわね」

「ああ、頼むよ」


 言いながら、俺達は三人で歩き始める。

 探索者アプリのマップは機能していて、すでに何度か行った探索の結果を表示してくれている。

 まだ全体の三割程度しか探索していないが、こうして助っ人も来たことだし、今日で一気に探索を進めてしまおう。


「――まず、エリア内にモンスターはいない。宝箱もなし」

「静かなものだねぇ」

「第六階層からは罠も出てくるけど、それもなし」


 そういえば、第五階層まではモンスターの行動パターンが変化していたが、第六階層以降はダンジョンの構造そのものが変化するらしい。

 中には上の階層はマグマの中だったのに、下の階層は凍てついているとかそんなふざけた構造まであるとか。

 その中で一番の特徴が、罠の存在。

 下手を撃つと一発でロストしかねない凶悪な罠も存在するが、罠は魔力によって構築されている。

 俺にはあまり関係ない概念だな。


「とりあえず全体の調査をしてみないと何とも言えないけど……なんていうか、本来なら足を踏み入れることのできない裏エリアって感じね」

「デバッグモードなら入れそうだね」

「でばっぐ……?」


 アーシア殿がよくわからない例えをする。

 シオリ殿も、いまいちピンと来ていないようだ。


「うーん、コウジくんはともかく、シオリも一端のオタクなら今のでピンと来てほしかったなぁ」

「いや、私ゲームはあんまりしないし」


 どうやら、デバッグモードとはゲームに由来する用語のようだ。

 俺もゲームはさっぱりだから、アーシア殿の表現を理解するのはずっと先になりそうだな。


 さて、それからは静かなダンジョンを探索して回る。

 残念ながらアーシア殿にはあまり時間の余裕がないようで、足早の探索となった。

 道中で色々と話しはするものの、常識に疎い俺にはいまいち理解できない内容が多かった。

 精進しなければな。


 そうこうしていると、俺達はある場所にたどり着く。

 それは――


「……これ、構造的には転移陣のある部屋よね?」

「俺の乏しい知識でも、そう見える」

「けどこれは――」


 三人で、なんとなく圧倒されながらそれを見る。

 そこには転移陣のある部屋があった。

 つまり、実質的にはこの階層の出口――なのだが。



「――スライムに、覆われているね」



 部屋がスライムに覆われていた。

 第一階層に出てくる、あのスライムである。

 ダンジョンのスライムは中央に核のようなものがあるので、見ればスライムだと一発で認識できる。

 その核が、ぷるぷるとしたそれの中に浮かんでいるのだ。


「とりあえず……どかしてみましょう」


 そう言って、シオリ殿が魔法を構える。

 彼女は多才な魔法を使うが、一番火力が出るのは炎魔法だそうで。

 その炎を、スライムにぶつけた。


 ――が、変化なし。


「ふむ、相当硬いようだな、こいつは」


 続いて、俺が前に出る。

 魔力を練り上げ、拳を叩き込むのだ。


「うわ、なんて量の魔力を叩き込むつもりなのさ、コウジくん」

「とりあえず……魔力で放てる最強の拳……を!」


 言葉とともに叩き込んだそれは――けれど、スライムの肉体? に受け止められた。


「な、はぁ!? 草埜でもどうにもならないの!?」

「これは……単純な物理的干渉を弾いている?」

「ふむ……であれば次は私がやってみようかな」


 アーシア殿が、そうして前に出る。


「私のスキルは、魔力をエネルギーに変換して、直接叩き込むものが多いんだ。――こういうふうに」


 そういうと、アーシア殿が構えた手の中から、光が漏れて剣の形を取った。

 光の剣、ということか。

 純粋な魔力の塊、それが高らかに振り上げられ――



 ぽよん、と勢いよく弾かれた。



「な――」

「嘘でしょ――」

「これは――」


 三人して、思わず絶句する。

 何だこのスライムは、明らかに異常だ。


「純粋なダメージを無効にしている……?」

「もしくは、極限まで軽減している。どっちにしろ、こいつを倒すには相当時間をかけないといけないね」

「ふむ、俺が拳を叩きつけつづけるのでも、一向に構わんが……」


 何にせよ、攻撃の通らない相手というのは新鮮だ。

 時間があるときにここへやってきて、スライムが倒れるまで拳を叩き続ける。

 悪くない。


「いや……おそらく、ある程度放置すると自動回復してしまうから、やるなら一気にやらないと意味がないだろう」

「それこそどうにもならないわよ、なんとかならないの?」

「そうだな、スライムに対して特効になるようなスキルさえあれば話は別だが、そんなスキル、聞いたことも――」


 議論を続けるアーシア殿とシオリ殿。

 こういう時、素人の俺はまったく話についていけない。

 少し歯がゆいが、仕方がない。


 ――――いや、まて。



「いや、あるぞ。スライムに対して特効になるスキル」



「……え?」


 二人の視線が、同時にこちらへ向いた。

 対する俺は、あることを思い出していた。


 ちょうど、以前そのことを俺に話していた学友。

 やたらとスライムに対する執着を見せる、不可思議な女子。


 ――スラ子が、いるではないか。

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