終 人の夢は終わらない

 今から二十年前、ダンジョンは突如として出現した。

 最初のうちは、それはもう色々なものがグダグダしたのだという。

 俺にそこら辺はさっぱりだが、ソラ殿はそのことを全くもってつまらなそうに説明してくれた。


 そうしたグダグダが一段落して、世間が少しずつ落ち着いてきた頃。

 ソラ殿は、クテン産業を立ち上げたらしい。


「あ、世間的にはクテン産業の創設者、狗天モアと黒羽ソラは別人なので注意してくださいね」

「そうか」


 俺の反応が面白くないのか、不満そうにソラ殿は続ける。

 最終的に、ソラ殿は探索者アプリと加護薬を完成させ、ダンジョンは今の形になったらしい。


「加護薬の製造事態はとっても簡単でしたよ、妖力と魔力はその根底が似通っていますから、妖力を自力で生み出せる私なら魔力の仕組みも手に取るように解ります」

「なら……ソラ殿、ソラ殿から見てダンジョンとは何なのだ?」

「それこそ、言ったじゃないですか。人の意思が魔力を作った。なら、その出所であるダンジョンはすなわち――」


 浮かべていた笑みを、更に深べてソラ殿はいい切った。



「人の夢、そのものですよ」



 夢、夢と来たか。


「ああ、ちなみにそもそもダンジョンがどうして産まれたのか、までは解りませんよ。私が解るのは、ダンジョンが人の夢によって成長しているということです」

「そこら辺は、これからわかっていく感じか?」

「そうですね。コウジくん達が免疫に選ばれたことで……人はより深くダンジョンに関われるようになるでしょう」


 そうすれば、いずれダンジョンの真相も明らかになる……と。

 実にソラ殿は楽しげだ。


「コウジくんはどう思いますか?」

「そうだなぁ……都合の良い、よくわからないものか?」

「うわぁバッサリです」


 いやぁ、そりゃあそうだろう。

 ソラ殿の話を聞いているだけでも、あまりに都合がいいと思うぞ。


「しかし、それが夢ということなら納得だ」

「そうですか?」

「夢とは、とかく都合の良いものだからな」


 良くも悪くも、夢は都合がいい存在だ。

 立ち上がるための活力にもなれば、人を揺り籠に引き止め続ける鎖にもなる。


「メリットもデメリットもありますからね。ダンジョンだってそうです。今は私がメリットを多く生んでいますが……今後もそうとは限りません」

「かつてはデメリットのほうが多かった、というのもあるか」


 なるほど、そういう所まで夢とそう変わらないということか。

 何にせよ、俺にとってダンジョンに対する考えはそう変わらない。

 都合が良く、よくわからない。

 けれど、それは別のものにも言えるのだ。


「俺にとって――よ」

「……ふむ」

「ソラ殿、俺にとって現代社会は、夢か現か解らんところがある」


 山に暮らしていた頃と比べて、今の生活はあまりにも多くの便利なものにあふれている。

 今が現実か夢か判然としないほどに。


「それを言ったら、山での生活も同じじゃないですか? あそこでの生活は、多くの幻想に満ちています。普通の人が山に入り込んだら夢だと思いますよ?」

「それはそうだろうな。……だから、どれも同じなのだ」


 ダンジョンも。

 現代社会も。

 そして山里も。


 全て、夢か現か定かでない世界だ。


 だからこそ、俺はそれを――



「面白いではないか、夢も、現実も」



 どれも、面白いと思う。


「夢とはいつか覚めるもの、ならばその夢を精一杯楽しむのが寛容だ。そして現実は常に存在するもの、ならば自分の歩く速度に合わせて進めばいい」

「……」

「俺は、そのどちらも楽しんで進むぞ」


 かつて、俺はダンジョンでの出来事を夢のようだと思ったことがある。

 しかし、結局ダンジョンでの出来事だって現実だ。

 それらを分けるのは、俺の感覚によるものでしかない。

 俺がそれを夢だと思えば夢になるし、それを現実だと思えば現実になる。


「つまり、だな」


 ダンジョンにも、現代社会にも、そして山里にも言えること。



「俺は、夢も現も、俺の思うがままに進んでいくだけだ」



 都合がいいのなら、それを利用すればいい。

 仮にその先がどのような未来が待っていたとしても。

 俺にはそれを乗り越える力がある。


「強引ですねぇ」

「現代社会というやつは複雑だからなぁ、俺くらいは強引で素直な方がいいと思うのだ」

「コウジくんは、現代社会に順応できてると思いますけどね」


 そうだろうか。

 未だにわからないことは多いのだが。

 多くの人に支えてもらわねば、前を向いて歩くことすら危ういだろう。


「人に支えてもらえてる時点で、それは順応できてるってことですよ」

「そんなものか」

「そんなものです」


 とにかく、と立ち上がる。

 ソラ殿の話はこれで終わりだろう。

 話すべきことも、聞くべきことも。

 すべて終わったはずだ。


「そうだ、最後に一つ」

「なんだろうか」

「これからコウジくんは、どうするつもりですか?」


 その言葉に、俺は少しだけ考える。



「まずは、ダンジョンに潜るとするよ。少し温いが、今はあそこが一番俺にとって楽しい場所だ」



 こうして俺は、山を降りて探索者になった。

 その先に待ち受けるものは未だ判然としないが。

 まぁ、今はダンジョンという夢のような場所を楽しむとしよう。

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『山』から降りてきた男に、現代ダンジョンは温すぎる 暁刀魚 @sanmaosakana

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