5-2

悪夢はまだ続いていた。

相変わらずそこは見覚えのある場所で、自分が誰かの体を引きちぎり、その一部を持ち、食し、そしてまた別の誰かに襲われる。

その夢は、徐々にみのるを侵食していき、悪夢を見始めてから一週間が過ぎた。


「みのる、大丈夫か」

「あ、うん…。ごめんね。それじゃあ仕事行ってくる」

「ああ」

(大丈夫かあやつ)


そう思っていた時だった。

扉の外から、ドン!という音が聞こえたのは。

鬼々は嫌な予感がし、慌てて外を見に行った。


「みのる!!」


そこには、階段から転げ落ちたみのるの姿があった。

みのるは頭から血を流し、気を失っていた。


「くそ…!」


これでは血を与えるよりも早く、みのるが死ぬと考えた鬼々は、急いでスマホで救急車を呼んだ。



***



(全然大丈夫じゃない。寝た気もしないし、視界が、ぼやけてる…)


なのに大丈夫だ、と言ってしまうのは今までの癖だろう。


(手すり握って…あ……)


手すりを握る手に、力が入らない。

段差につまづき、階段から落ちる。

何とか踏ん張ろうにも、足にも力が入らない。


(これ、やばい。死ぬ)


頭から落ちたのに気づいた時には、みのるは意識を失っていた。


「あれ……」


そしてみのるが目を覚ますと、そこは見知らぬ天井。

ここが病院である事は、すぐに理解した。


「みのる!」

「みのる!あぁ、良かった…」

「来夢くん、兄さん…」

「貴方、何があったか覚えて…」


パン!

来夢と宝がみのるが目を覚ました事に安堵していた所に、鬼々のビンタがみのるの頬に飛んだ。


「ちょ、兄さん何して…」

「お主、何日目を覚まさなかったか、分かっておるのか」

「ごめ…」

「心配させよって。お主が死んだらと思うと、わしは、わしは…っ」


みのるは二日、眠り続けていて、鬼々はみのるの傍を片時も離れなかった。

目を覚ましたことがあまりにも嬉しくて、鬼々はポロポロと涙を流しながら、みのるの胸ぐらを掴む。


「ふざけるな!わしを置いて死のうなど、許さんぞ」

「ごめんなさい、俺…………っ!!」


みのるはたまたま開いていた扉の先に、とんでもないものを見つけた。

それは、夢の中で見た、男の首。

あるはずもないものが、そこに転がっていた。


「みのる?」

「あ、え、と…」


瞬きすると、それは跡形もなく消えていた。


「ごめん。ぼーっとしてたみたい」

(あれは、何だったんだ。夢?いや、これが夢なわけが無い)

「いいか、お主は暫く休め。和泉には話をしておいた」

「ありがとう、鬼々さん」

「そうだよ。君の仕事は暫く僕が変わってあげるからね」

「蓮華さん…」


あの人間嫌いの蓮華が、みのるの代わりを買って出た。

蓮華なりにみのるの事を心配しているのだろう。


「怪我人は大人しく寝ておきなさい。蝶子、行くよ」

「はい」

「あの、ありがとうございます!」

「どーも。次鬼々の事泣かしたら怒るからね」


蓮華は蝶子と共に病室を去った。


「蝶子、鉄分多めに取っておきなさい。あと血液パックも沢山用意しておいて」

「かしこまりました」

「何か嫌な予感するんだよねぇ」


この嫌な予感は後に的中することになる。



***



みのるはこの日、検査を受け特に異常がないと言われたが、念の為もう一日入院し、翌日には退院した。

しかしみのるは病院でも、同じように悪夢を見続けていた。


「あの…」

「おや館山くん。どうしたんだい?」


鬼々が仕事に行くと言ったタイミングで、みのるは和泉の元に訪れた。


「今日は患者として、先生に話を聞いて欲しくて」

「いいよ、座って」


みのるは和泉に夢の話をした。


「それが夢か現実か区別がつかなくなりかけてるんだね」

「…はい、夢なはずなのに妙にリアルで。場所が身近な所だからでしょうか」

「うーん、その可能性もあるね。ところでその話は鬼々くんにはしたのかな?」

「それは…」

「君も医者の立場として言うと思うんだけど、可能なら家族に相談した方がいいと思うんだよね。特に君には鬼々くんっていう信頼できるパートナーがいる訳じゃない?いやらしい言い方するけど、相談出来ない程信頼できない?」


和泉に言われ、みのるは思わず黙ってしまう。

勿論、信頼していない訳ではない。

だが鬼々に話をして理解して貰えるのかどうか、みのるには分からないのだ。


「とりあえず話してみなさい。話はそれからだよ」

「はい、ありがとうございます」

「ダメだったらまた考えよう」

「すいません、ご迷惑をお掛けして…」

「いいのいいの。初回は無料にしといてあげるね~。早く戻っておいで、みんな待ってるから」


和泉医院を離れ、帰路に着く。


(鬼々さんに話して、鬼々さんは理解してくれるかな。ううん、きっと分かってくれる)


そう、信じていた。


「ただの夢じゃろう」


鬼々は、雑誌に目を向けながら、みのるの夢の話を一蹴した。

全くみのるの方を見ずに、だ。


「話はそれだけか」

「え、あ、うん…」

「そうか」

「えっと……」

「何じゃ」

(鬼々さんなら、俺の事心配してくれるのかな、って思ってた。俺が目を覚ました時、泣いてくれてたから。でも、そんな事なかった)


みのるは絶望した。

ここまで深い関係になっても、やはり自分はどうでも良い存在なのだと、そう思われていた事に。


「そうだよね。ごめんね鬼々さん、変な話して」

「わしは寝るぞ」

「うん、おやすみ。………はぁ、どうしよう」


みのるはどうすればよいのか分からず、ベッドに身を委ねた。

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鬼とみのる。 ティー @daidai000tt

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