3-3

「どうぞ」

「失礼します」


いつもの"研修"が始まる。

富山によって診察室に通されたみのるは、今日は患者として話を聞く、と言われその通り診察室へついていった。

診察室は患者をリラックスさせるためか、甘い香りが漂っており、みのるもその香りに包まれ心も体もふわふわしていた。


「さて、今日はどうされましたか?」


何だか本当に先生と患者みたいだと思いつつ、患者として話をすることにする。


「実は今同居人というか、その…好きな人との関係が上手くいっていなくて…」


鬼々のことを吸血鬼と言うと、また前みたいな輩が現れないとも限らない為、鬼々と志々怒に無闇に鬼々が吸血鬼だと言わないよう、強く言われていた。


「そうなんですね、例えば?」

「ええ…と、一緒にいる時間が、少なくなってしまって…俺は実習があるのであまり家にいないし、だけど相手が何をしてるかが、わからなくて……」


涙が込み上げてくる。

鬼々は元々自分の事を語るタイプではないが、何だかんだみのるのことを心配してくれるし(おそらく血が大事だからだろうが)、気にかけてくれていると思っていた。

自分はそれに甘えていたのかもしれない。


「それは館山さん、貴方がその人に依存しすぎているのですよ」

「依存…」


言われてハッとした。

鬼々や来夢から聞いたことはないが、みのる以外でも血であれは誰でもいいのかもしれない。

あの日鬼々と会うまでは、なんでもいいから血を飲んでいたと言っていたし、あながち間違いではないのかもしれない。


「そもそも相手は貴方を好きだと言っているのですか?」

「それ、は……」


言ってもらった記憶がない。

だが、嫌いならこんな事はしない、とは言っていた。

だから好きだと思ってくれていると、勝手にそう思っていた。


(恋人みたいな関係…、そう思ってたのは俺だけだったって事なのかな…。でも鬼々さんはそういうの言いたがるタイプじゃないし…)


みのるが返答に困っていると、富山が話し始めた。


「そうでないなら、その方の事は忘れた方がよいのでは?」

「えっ」

「恋愛ごとは引きずるのはよくない。新しい恋を探すのも一つですよ」


まあ無理にとは言いませんが、と言われる。


「忘れるなんて、そんな……」

「恋人、というのはお互いがちゃんと好きである事で成立するものです。していないならそれは完全な片思いです。わかりますか?」

「で、でも…!」

「行き過ぎるとストーカーになりかねません。相手に迷惑をかけるのは嫌でしょう?」

「それは…」

「なら、忘れましょう。その方がお互いの為ですよ」


富山が立ち上がってみのるにアロマの香りを嗅がせる。


(いい、香り……)


次第に頭がぼやけて来る。


「ね?忘れましょう。その方の名は?」

「だ、め、忘れたら……」

「解放してあげましょう?貴方だけが一方的に好きなら、貴方が辛いだけですよ?ほら、名前は?」

「あ……嫌、嫌、だ………」


心が、富山の言葉に反対の意を告げる。

しかし、そんなみのるを見た富山はその香りを強く吸わせる為に、みのるの口をアロマで濡らしたハンカチでグッと抑える。


「ん、んんッ」

「相手の名前を言いなさい。これからは私だけを見ろ」

(あ…だ、め、……あぁ、ごめん、なさい………)


ついには目も虚ろになっていく。

それを見たて勝利を確信した富山は、みのるの口を塞いでいた手を退ける。


「き、きさ…鬼々さん……あ、あぁ、あっ……やだ、だめ、わす、れ、る、なんて……」


無意識にポロポロと涙が零れる。


「大丈夫です。これからは私が一緒です。いつもそばに居ますからね。必ず幸せにしますからね。愛していますよ」


愛している。

みのるはその言葉に堕ちた。


「しあわせ……はい…、おれ、先生、と……ん……あいひて……」


富山からの口付づけを受け入れる。


(しあわせ…幸せ……)


そうして、みのるは意識を手放した。



***



「兄さん!」


今日は鬼々と来夢の撮影日。

撮影を終え、来夢は鬼々に何があったかを聞こうと声をかけた。


(誰だあの女。妙に兄さんに馴れ馴れしくしやがって。兄さんも嫌がらないなんて珍しい)


知らない女が鬼々にまとわりついていた。


「おお来夢か、どうした」

「あ、来夢さん、こんにちはぁ~」

「………どうも」

「何じゃ来夢、もう少し愛想良くせい。悪いのぅ美沙(みさ)」

「は?」


来夢の頭はパニックになっていた。

兄が他人にこうして優しくしているところなんて見たことがない。

みのるにだってツンケンしている事が多いのに、この女に対してはそんなことは無く、むしろ逆に甘々だった。


「いや、兄さん、あの……」

「何じゃ、用がないならわしは帰るぞ」

「帰るってどこに」


と聞いた瞬間、鬼々の手が来夢の胸ぐらを掴む。


「ちょ」

「弟とはいえ、何も全て答えるとは思うなよ」

「ッ、わかった、わかったから離して」

「ふん、分かれば良い」


そう言って手を離される。

ゲホゲホと咳き込む来夢を他所に、鬼々は美沙と呼ばれた女と共にスタジオを後にした。


「………何あれ……」


来夢は唖然としていた。

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