3-4

「鬼々さぁん、弟さん大丈夫なのぉ?」

「問題ない」


鬼々は撮影の後、美沙と共に美沙の家に向かっていた。

来夢があれ程困惑した顔はあまり見たことがない。

しかし、なぜ来夢があんな顔をしていたのか、鬼々には分からなかった。

部屋に入り、アロマキャンドルの火をつける。

ふわふわとした香りに身を包まれる。


「鬼々さん、はい、横になってぇ」

「あぁ」


美沙に言われた通りに横になり、美沙からの口付けを鬼々は当たり前のように受け入れる。


「ん、んむ……」

「ふふ、かぁわいい」

「う、るさ……い……ふぁ…あ、ぁんっ…」


鬼々の目はとろんと溶けており、頭もろくに働かない。


「鬼々さん、わたし鬼々さんのこと、ずぅーっと見てたんです。かっこいいなぁって。なのに、男なんか作っちゃってぇ、わたしもう許せなくてぇ」


美沙の指が鬼々の喉を、胸をするすると撫でる。


「ん、んぁ…ぁぁっ、ウンッ」

「だからね、コレ、使ったの。鬼々さん、きもちぃでしょお?コレ使ったらねぇ、誰でも思い通り、好きにさせることが出来るんだってぇ」


鬼々は美沙が何を言っているのか全く理解出来ていない。

それ程にこのアロマが効果てきめんであることがわかる。

美沙はその効き具合に感動していた。


「ねぇ鬼々さん、わたしと貴方はどういう関係か、覚えてるぅ?」

「わしと、美沙、は……」


何か大切な事を忘れている気がする。

ぼやけた頭に微かに誰かの顔が浮かんでくる。

しかしその顔は美沙の怒号で掻き消えた。


「なんで即答してくれないの!!美沙と鬼々さんは、恋人同士なの!!去年から!!ねぇ!わかってる!!?」


グッとアロマを鼻に付けられる。


「んぐっ!ん、お゛ぇっ!」

(あ、誰か、誰かが、消えて………あぁ…)


「ね?わたしと貴方の関係は?」

「わしらは、恋人、で…付き合って……」


その言葉に満足したのか、美沙はにっこりと笑う。


「うんうん、美沙嬉しい。でもね、即答してくれなかったから、今日はずぅっとこの部屋にいてね。大丈夫、ごはんはもってくるからねぇ」


そう言って美沙は部屋から出ていった。


「うぁ、あぁぁっ、やめ、ろ…はいって、くるなぁっ、わしの、わし……のっ、み、……………みさ、っ、みさ、ああぁぁっ」


鬼々の頭から、みのるの全てが美沙に上書きされた。


「弟…来夢とか言ったっけ…あれを何とかしなきゃ鬼々さんは美沙のものにならない……お兄ちゃんに連絡しなきゃ………」


美沙は夜食を用意しながら兄へ連絡を取るのであった。



***



翌日、実習が終わりスマホを見ると来夢から連絡が入っていた。


『すぐに連絡ちょうだい!』

「何か急ぎの用でもあるのかな?どうしたんだろ…」


今日は”研修”があるので早めに話を済ませようと、来夢に連絡した。


「もしもし、来夢くん?」

『あ!!みのる!?よかった!ごめんねこんな遅くに!!』

「うん、大丈夫。あ、でも俺この後ちょっと忙しくて…」

『あ、そうなんだじゃあ早めに話、済ますね。昨日言ってた兄さんの事なんだけど…』

「……兄さん?来夢くんにお兄さんなんていたっけ?」


みのるの返答に来夢が電話越しでもわかるほど動揺していた。


『あー………えっと………ごめん、また連絡するね』


そう言って電話を切られた。


「なんだったんだ?来夢くん、お兄さんの話って言ってたけど…お兄さんって誰?」


来夢に兄である鬼々がいたという記憶は、みのるの中から完全に消えていた。


「館山くん?”研修”の時間はとうに過ぎてるよ?」

「先生……」

「悪い子だね。お仕置き、かな?」

「す、すいません。すぐ行きます」

(来夢くんには後で連絡しよう)


スマホを鞄に戻し、みのるは診察室へ向かった。



***



「おかしい」

「?」


電話を切って、状況を整理する。


(みのるが兄さんの事を知らない?どうなってんの?兄さんも兄さんであんなだったし、一体何が)


「来夢くん?どうかしたんですか?顔が真っ青……」

「ああごめん宝。あのね、ちょっと助けて欲しいんだけど」


宝に、昨日今日と起きた出来事を話す。


「つまり、あの二人に何かあったってこと?」

「多分。確証はないけど、何かされてんじゃないかなって」

「わかりました。明日あの二人に接触できるかどうか試してみます。出来ればどこかで待ち合わせでもして話をしてみましょう」

「宝……」


相変わらず頭の回転が早い。

感心していると、宝にぎゅうっと抱きしめられる。


「辛い事を抱えていたんですね、来夢くん。私もできる限りの事はします。二人に助けてもらった恩もありますから」

「宝ぁ……。ありがとう、宝。俺、本当にいい恋人をもったなぁ」

「っ!そんな恥ずかしい事を…!」

「本当の事を言ったまでだよ?」

「コホン……とりあえず、みのると鬼々さんに連絡を取ってみます。二人が揃う時間は別々になるかも知れませんが、少しずつ動いていきましょう」


来夢と宝は、事を早急に解決すべく動き出した。

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