4-4

「館山先生、遅くなってすみません」

「いえ、大丈夫ですよ」


どうやら鬼々の知らぬところで会う約束をしていたらしかった。


「おや、その子は…体調が悪そうに見えるが大丈夫なのかな?」


鬼々はせめてもの反抗として、蓮華を睨みつける。


「そんなに睨まなくても。僕嫌われてるのかな?」

「すいません、住んでる環境が変わったから、慣れてないみたいで…鬼々くんもダメだよ、睨むなんて」

「……チッ」

「舌打ちは行儀悪いよ」

「煩い」


早くこの部屋から出ていけ、と言いたかったが、『なんで?』とみのるに詰められるのは目に見える。

鬼々は面倒だと判断し、それ以上言うのをやめた。


「あの、それで……」


みのるが言葉を続けようとしたが、そこから先みのるは言葉を発しなかった。

突然話すのをやめたみのるに鬼々が駆け寄る。


「……みのる?」

「久しぶりだね、鬼々」

「みのる!みのる!わしの声が聞こえんのか!?」


みのるはまるで時が止まったかのようにピクリとも動かない。


「大丈夫大丈夫、死んじゃいないよ。久々に親子水入らずで話をしようじゃないか」

「黙れ。みのるに何をしたか答えろ」


鬼々は怒りのあまり子供の姿でいるのをやめ、いつもの姿に戻り、臨戦態勢に入る。


「わが息子ながら怖いなぁ。少しだけ、彼には『動くな、何も感じるな、聞くな』と命令してるだけ」

「なに?」

「お前が眠ってる間に僕も成長したんだよね~。僕の血を飲ませて、ちょーっと命令すればその通りに動いてくれるんだ。便利でしょ?」


鬼々には蓮華が何を言っているのか、理解出来なかった。

そんな事が可能なのか?

いや、この男は吸血鬼の始祖とも言われる(自称だが)男だ。

とてつもなく強いのは知っていたが、こんなことが出来るようになっていたとは。


「うん、お前が――鬼々が彼を気に入る理由が分かったよ。美味しいね、この子の血」


鬼々の知らぬ間に、蓮華は自身の爪でみのるの腕を切り、血を飲んでいた。

鬼々はそれに怒りを覚えた。


「貴様、よくもわしの餌に――殺す、今ここで殺す」

「やってみたら?ねえ蝶子?」


その一声で、蝶子が診察室に入ってくる。


「あの時みたいに、私を滅多刺しにするんですか?誰だか分からなくなるまで顔を殴るんですか?」

「黙れ……」


鬼々の息が荒くなる。


「すっごく、すっごく痛かったんです。お腹も胸も足も、全部、ぐちゃぐちゃにされて。あなたにこの痛みが、気持ちが分かりますか?」

「黙れ黙れ黙れっ!!!」

「彼まで、みのるさんまで同じ目に合わせるつもりですか?」


鬼々がぴくっ、と反応した。


「貴様………誰のせいで…ッ!!」

「まあまあ落ち着いて。そんなに怒ったところでお前がした事は消えないよ?」


蓮華の言葉が鬼々に突き刺さる。

蓮華は追討ちをかけるように続ける。


「みのるくんがこの事実を知ったらショックだろうねぇ」

「みのるが………」


知られたくないと、ずっとみのるに黙っていた。

その事をみのるに言うと、この男は脅しているのだ。


「………」

「まあ、言っても言わなくてもいいんだけど。どっちにしても殺すし」

「殺、す……?」

「僕の大事な息子をたぶらかした罰だよ。それ位の罰、可愛いもんだけどね」

「それは、それ、だけは……っ」


この男はみのるを殺すつもりでいるのだ。

それだけは阻止しなければ。


「一週間だ、一週間猶予をあげよう。それで彼に別れを告げなさい」



***



「はぁ、はぁっ」


感情的になって、彼女を――蝶子を殺してしまった。


(こやつが悪いのだ。わしという婚約者がいながら、他の男と……)


必死に自分に言い訳をする。


『あーあー随分と酷いことになったねぇ』


振り返ると、そこには蝶子の父親が立っていた。

見つかった、まずい。

逃げなければ、しかし体が動かない。


『まあ、この女が悪いか。婚約者がいるのに他の男にも手ぇ出すんだもんねぇ。うわ、血まずっ、ペッ』


(血を、舐め…!?)


突然の行為に驚きを隠せなかった。


『君さ、この事、バレたくないよね?見つかったらおしまいだよね?家族に迷惑かかるもんねぇ、どうしよっか』

『……自分の娘が、こ、殺されたのに………』

『ああ、これ?違う違う。ちょっと暇つぶしに遊んでただけだよ。僕はねぇ』



***



「………さん?鬼々さん?おーい」

「な、なんじゃ」

「どうしたの、ボーッとして。いつの間にかおっきくなってるし。ってあれ?佐々先生は?」

「…………」


『もし一週間経っても来ないなら、この子にお前の事を全部話した上で殺すね。場所はえーっと、ここ。じゃ、また明日』


そう言って、蓮華は立ち去った。

何も知らないみのるは、キョロキョロと部屋を見回す。


「用事が出来たと言って、帰っていったぞ」

「あ、そうなの?佐々先生の色んなお話聞きたかったのに…仕方ないかぁ。俺たちも帰ろっか」


みのるは鬼々の手を握り、診療所を出る。

この暖かな手と、一週間後には別れを告げることになる。


(こやつは、ここで死ぬべきでは無い)


みのるの仕事っぷりを見てわかった。

患者からも、和泉という男にも、看護師にも、頼られ信頼され愛されて。

これまで蓮華の言う通り、人間を餌としてしか見てこなかった自分とは違う。

みのるはそんな鬼々さえも受け入れる程、器も大きい。


(わしは、みのると離れなければならないのか。みのるの未来のために……)


そして、自分の過去を知られぬために。

自身の保身のために、鬼々は逃げることを選んだ。

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