4-3

翌日。

みのるが朝、目を覚ますとそこには子供の姿をした鬼々が立っていた。

昨日話し合いをした結果、鬼々が子供の姿でみのるの診療所についていくという形で、鬼々がみのるの傍にいることになった。


「早う起きんか、メシじゃメシ」

「ふぁぁい……」


寝起きで働かない頭で軽く返事をし、鬼々に血を吸わせる。

それから朝ごはんを食べて、準備を終わらせ家を出る。


「鬼々さん、鬼々さんはとりあえず俺の親戚の子って設定でよろしくね。名前、そのまま呼んでもいいの?」

「いや、構わん」


――その慢心が、鬼々の心を砕くまでにはそう時間は掛からなかった。



***



みのるは鬼々を親戚の子で、心にトラウマを抱えてしまい、常に自分が側にいないとダメだと言うことを伝え、仕事の邪魔は決してしないという条件の元、診察室にいさせて欲しいと伝えた。

和泉は快く受け入れてくれ、みのるはほっとした。


「そうだ、館山くん。僕少しだけここを離れないとダメなんだよ」

「そうなんですか?」

「うん、ちょっと母親が怪我しちゃってね。一週間で帰って来れるから。僕の代わりの先生呼んであるから紹介するね」


和泉の声掛けで、二人の男と女が入ってきた。


「彼が、えーっと」

「佐々蓮華(さされんげ)ですよ、和泉せんせ。で、彼女が僕の助手の岡蝶子(おかちょうこ)さんね」

「はじめまして」


(なぜ、この男がこんな所に)


鬼々は一人、恐怖に震えていた。

ずっと探していた男が目の前にいるという現実に。

大の人間嫌いで、血を飲むこと以外関わりたくもないと言っていた男が、平然と人間と会話をしていることに。


(連れは蝶子と言ったか?まさか……いや、有り得ない。あの女はあの日わしが……)


自然と手が震え、気づけばみのるの服を思い切り握っていた。

それに気づいたみのるは、鬼々を心配して声をかけてくる。


「鬼々さ…くん、どうしたの?大丈夫?」

「あ………」

「顔真っ白だよ。先生、すいません。ちょっと先に診察室に入りますね。行こう」


みのるは鬼々を抱き抱え、診察室へと入っていく。


「どうしたの?何かあった?」


事情を知りもしないみのるは不思議そうに鬼々に問いかける。


「いや、なんでもない」

「本当に?」

「なんでもないと言っておろう」


自分の過去を、"人間だった頃"を誰かに、特にみのるには知られたくない。

もし知られてしまったら、きっとみのるは鬼々の傍からいなくなる。

あの日の出来事がフラッシュバックする。

女の死体、血の匂い、憤怒と恐怖と後悔。

体が震えているのが自分でもわかる。

しかしそれを止める事は出来ない。


「鬼々さん、大丈夫。俺がいるから、ね?」


そう言ってみのるが鬼々を抱きしめる。


「あ、あぁ……」

「ゆっくり息吸って、そうそう、そのままゆっくり吐いて、うん。大丈夫、大丈夫だからね」


何故何も聞かないのか、そう言いかけた時だった。


「館山くん?もうすぐ診療の時間だけど大丈夫かな?」


外から和泉の声が聞こえ、鬼々はその言葉を飲み込んだ。


「はい!大丈夫です!鬼々さん、ベッドでゆっくり横になってて。何かあったらすぐに俺の事呼んでもいいから」

「みのる……」


行かないでほしい――そんな事を思ってしまった。

そう言ったらみのるはなんと言うだろうか。

いいよ、と言って仕事をサボってくれるか?

自分だけを見つめてくれるか?

鬼々はもう完全にみのるに依存していた。

横になったとて眠れるすはずもなく、鬼々はみのるの仕事の話を聞いていた。

いじめにあって学校に行けなくなった者、仕事が上手くいかず悩んでいる者、家族仲が悪く心身共に病んでいる者、そして過去の恋愛がトラウマになってしまった者。

様々な患者がみのるに助けを求めてやって来ている。


(きっと皆、みのるの優しさに救われておるのだろうな)


全員が全員満足して帰るわけではないが、みのるは患者に寄り添い、少しでも苦しみや悲しみを緩和しようと頑張っている。


(わしには勿体ない男じゃな)


鬼々はいつの間にか、意識を手放していた。



***



『なんで!どうして私の話を聞いてくれないの!?』

『黙れ痴女が!!あの男は何じゃ!?』

『あれは…弟よ……!』

『なら何故わしの顔を見て逃げた!?』

『それは………と、とにかく婚約破棄なんて認めないから!!わ、私帰る!!』

『もうよい』

『え?』


どすん、どす、どす

びちゃっ、ぽたぽたっ

はぁっ、はぁっ


『あ………あぁぁぁっ!!!』



***



「~~~~ッ!!」


いつの間にか寝ていたらしい。

とんだ悪夢を見た。

冷や汗が止まらない。

シーツも思い切り握っていたのだろう、しわくちゃになっている。


「はぁ………っ」


落ち着いて呼吸をする。


(アレは、蝶子ではない。あやつはあの時わしが)


「鬼々さん、起きた?って、大丈夫?すごい汗…」


鬼々の声を聞いたみのるが声をかけてきた。


「あ、あぁ、すまぬ……」

「無理しないでね」

「悪いな」

「大丈夫だよ。鬼々さんは甘えなさすぎるんだから。もっと俺の事頼ってよ」


(お主が言えたものか)


そう思いながら、鬼々はみのるにもたれ掛かり、ゆっくりと呼吸し、自身を落ち着かせる。

その時だった。


(この匂い……!)


鬼々が匂いを感知したのと同時に、診察室の扉が開かれる。

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