4-1

秋も深まり、冬が近づいてきた11月。

北海道は、寒さが増してきていた。

時刻は深夜。

一人の男が、道端でぽつりとつぶやく。


「ここか……やっと会えるね、愛しの息子達よ」


そう呟く男の傍には、いくつもの死体が転がっていた。




***




「私、結構することになったの~!」

「結婚!?おめでとう!!」


大学からの友人の報告に、みのるは喜びを隠せなかった。

先週、突然話があるから予定を開けて欲しいと言われたのだが、まさかこんないい話だとは思っていなかった。

相手は、かねてからお付き合いをしていた男性だそうで、彼女の顔は幸せに満ち溢れていた。


「結婚かーいいなぁ、俺も彼女ほしいよー」

「お前は無理だよ」

「ひでぇ!!そういやみのるは例の吸血鬼さんと付き合い長いだろ?そういうの、意識しねぇの?」

「だよな、お兄さんは結婚したんだろ?」

「うーーん」


そう、兄である宝は吸血鬼で鬼々の弟でもある来夢と、先日結婚したと報告を受けていた。


(結婚、かぁ)


考えたこともなかった。

鬼々のことだ、そんな話をしても『興味が無い』とか『そんな形式に拘るのか、くだらん』などと言われる未来しか見えない。


(付き合うって形すら渋々だったし、有り得る)


それにみのる自身も結婚というものを想像出来ない。

もし万が一鬼々と結婚したとしても、今と何も変わらない生活を送るだろう。


(じゃあ結婚って何なんだろう)


両親はいつも互いを思いやり、互いを愛していると思う。

その証拠によく二人で出掛けたりもしていたし、軽いキスだって子供であるみのるたちの前でしていたくらいだ。

宝が結婚した経緯は知らないが、おそらくあの二人のようになりたいと思ったのだろう。


(俺は、これから先鬼々さんとどういう形になりたいんだろう)


考えても答えは浮かばなかった。



***



「鬼々さん、ただい……」


家に帰ると、鬼々はコタツの中で眠っていた。

ここ最近、鬼々は疲れているのか寝ている時間が多いような気がする。

何をしているかは相変わらず答えてはくれないが、無理はして欲しくない。

こんなことを言えば、気にするなと言われるに決まっている。


(それに最近、血を飲む量が減った気がする)


どれだけみのるが疲れていようともお構いなく血を求めてきた鬼々が、疲れているから寝させろと言うのだ。

今もこうして目覚める気配がない。


「……風邪引いちゃうよ」


みのるはそっと鬼々をベッドへ運ぶ。


「ん……ぁ、み、のる…?」

「あ、起こしちゃった?ごめんね」

「いや、かまわんが、いつ帰った?」

「今帰ってきた所。ごめんね、ついつい話が弾んじゃって」

「……そう、か。ふぁ…」


まだ少し眠そうな鬼々の舌は回っていない。


「眠いなら少し血を飲んでから寝る?別に何もやることないでしょ?」

「いや、いい……わしはこれから少し出かける…血だけ貰おう」


鬼々はそう言ってみのるの血を吸い、どこかへと出かけて行った。

相変わらず、どこで何をするかも言わずに。


「鬼々さん……帰ってくる、よね…?」



***



あの日、みのるは兄である宝と遊ぶ約束をしていた。

なのに、学校から帰ってきたと思ったら遊べないと言われ、兄ちゃんなんて嫌いだ!嘘つき!なんて言ったから。


『俺はお前の事がずっと嫌いだったよ。普通に人間としてのうのうと生きてるのが、嫌で嫌で仕方なかった。二度と俺の前に現れるな』

『やだ、兄ちゃん行かないでよ!!俺いい子にするから、もうワガママなんて言わないからぁっ!!嫌いだなんて言わないでよぉ!帰ってきてよぉ!!!うぇぇぇん!!』


みのるがどれ程泣いて叫んでも、兄が帰ってくることはなかった。



***



ずっと嫌いだったと言われ、家を出て行ったあの日の事が今でも忘れられない。

あの日以降、自分がワガママを言わなければずっと家族仲良く過ごせたのにと、自分を責めずにはいられなかった。

だからみのるは人にワガママを言うと言うことをしなくなった。

いや、出来なくなった。

自分が人に甘えたりワガママを言ったことで、誰かが自分の傍から離れてしまうのかと、嫌われるのでは、と思うと怖くて何も言えなくなった。

今でこそ兄とは和解し仲良く出来ているし、兄も過去については事情があったとの事で謝罪も受けた。

だから、表面上はうまく出来ている、と思っている。

しかし、過去のトラウマというものは中々消えてはくれない。


「厄介だなぁ、トラウマって」


みのるは一人になった部屋で呟いた。

――そこに一つの影があるとも知らずに。

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