3-1
鬼々と出会って一年が過ぎた。
鬼々は相変わらずわがままで俺様で横暴だが、何故か弟である来夢と時々モデルをしている。
みのるはというと、来年の卒業を控え富山(とやま)心療内科という病院で実習をしている。
「富山先生、今日もお疲れ様でした」
「館山くん、お疲れ様」
富山はここで心療内科として先生をしている。
ここは人間だけでなく、異種族にも対応している珍しい病院だ。
「じゃあ今日も”研修”を始めようか」
「はい、お願いします」
***
「鬼々さぁ~ん」
鬼々を呼び止める声が聞こえたが、鬼々はそれを無視する。
ここはとある撮影スタジオ。
鬼々は弟である来夢と共に、時々ではあるが金稼ぎのためにモデルをしている。
「無視しないでくださいよぉ~」
(煩い金切り声を出すな)
そう思いつつ、振り返って返事をする。
「何じゃ」
「あ、振り向いてくれたぁ~!鬼々さん、これあげますぅ~」
「何じゃこれは」
「香水ですよ、香水。こうやって手首にふって擦るんですぅ~」
とそのモデルが鬼々の手を掴み実演してみせ、鬼々に香りを嗅がせる。
「香りは……うむ、悪くないな。有難く頂いておこう」
「よかったら”毎日”つけてくださいねぇ~。他の人には使わないでくださいねぇ~」
”毎日”という言葉に引っ掛かりはしたものの、香りは悪くないし、使ってやろうと思った。
それが悪夢の始まりだとは知らずに。
***
時刻は22時を回った頃。
「ただいまー」
帰宅すると、鬼々はこたつに体を埋めて眠っていた。
「まただ、風邪ひくよって言ってるのに」
そう言いながら、鬼々をベッドに移動させる。
しかしみのるはいつもと違う匂いがする事に気づいた。
「ん……おお、みのる。帰っておったのか」
「あ、はい。いま帰ってきたんです」
「そうか、毎日遅いのう」
「ごめんね、血、飲む?」
匂いのことは後で聞こうと思い、血を飲んで貰おうと思った。
なのに、いつもならがっついてくるはずの鬼々が来ない。
「鬼々さん…?」
「ああ、いや、今日は良い。そのような気分ではない」
「えっ!?風邪ひいたの!?大丈夫!?」
「煩い、眠いから眠らせろ」
そう言って布団にうずくまる。
(今までこんな事なかったのに…)
そう思ったが、直ぐに寝息をあげた鬼々を起こす訳にもいかず、みのるはみのるで実習のレポートを仕上げるためにリビングに戻った。
明日には何故飲ませなかった!って怒られるんだろうな、と思っていたのだが。
翌日も鬼々は血を拒み、そのまま出かけて行った。
どうしたものか気になりはしたが、みのるも実習があり、鬼々のことを追いかける余裕はなかった。
昼休み。
「うーーん」
(どうしたんだろう。俺が拒むことはあっても鬼々さんが昨日も今日も血をいらないって言うなんて)
昼食を取りながら、鬼々の突然の変化に頭を悩ませる。
来夢に聞いてみるかと思い、来夢のスマホに電話をかける。
『もしもし、あ、みのるじゃんどうしたの?』
「来夢くんごめんね、いま大丈夫?」
『うん、大丈夫だけど…どうしたの?』
「実は……」
昨日と今日、鬼々の行動の変化について来夢に尋ねてみる。
『うーん、兄さんが血を要らないって言うなんて珍しいなぁ。何かあった?喧嘩とかした?』
「いや、そんな事はないけど…今俺が忙しいからなのかな…?」
『兄さんが人に気を使うなんてなかなかないけど…うーん、みのるだから気を使うようにしてるのかな?』
さらっと鬼々のことをディスっているような気はするが、まああながち間違いでは無いので、スルーしておく。
『まあ俺の方でも様子見ておくよ。それが今日明日と続くようならまた連絡貰っていい?俺もなんかあったらすぐ連絡するから』
「うん、ありがとう」
(しかし来夢くんでも分からないとなると…本当に何なんだろう…)
考えても答えは出ない。
(今日は”研修”を断って早く帰ろう。何があったか聞かないと)
みのるは昼休みを終え、再び実習へ向かった。
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