第14話 ドキドキ☆三者面談

 高校三年生といえば、進路を決定するための決断を迫られる時期。


「どうですか~進路について、何か考えていることあります?」


 俺の隣には母が。そして、机を挟んで対面の席には、担任の森下先生が座っている。早めに学校が終わった昼下がりの教室で、三者面談が開催されているのである。


 進路計画として、大学に行って、社会へ出るまでのモラトリアムを享受するつもりだ。


「大学には、行きたいと考えています」

「どこ目指してます?また、どういう学問がやりたいとか、あります?」

「社会学科系の分野を学びたいと考えています」

「あれ、文学系とかじゃないんだ?」


 先生は、忙しなくペンを走らせて、また手元の資料を指でペラペラとめくった。その資料の束には、大学や学科の名前がびっしりと書き連ねられている。


 俺は、社会系の知識や興味から小説を書いているので、小説というのは、あくまで自己表現の手段の一つに過ぎないのだ。その考えは詳しく話したことが無かったので、母と森下先生は以外そうな顔をした。


「お母様、わたし、夏輝くんから聞いたんですよ。小説を書いているんですって」


 母は、俺と同じように背筋を伸ばした姿勢で座りながら、先生の微笑みを受けていた。


「そうみたいなんですよ。読ませてもらったことはないんですけど、ずっとパソコンをカタカタさせているんです」


「なるほど。一年生の時から、その熱意は変わらないんだね。……お母様、自宅での夏輝くんのご様子はどうです?心配なこととか、何かありますか?」


「毎朝きっちり同じ時間に起きて、学校に行っていますし、勉強は私が促さなくても自分の意思でできていますし、特に心配していません。ただ、ちょっと人との関わりが苦手なのと、外に出る機会が少ないことは、大丈夫なのかな?って思います」


 俺は、先生の首元の焦げ茶色のネクタイをひたすら凝視して、母と先生とのやり取りを沈黙のうちに聞いていた。


「まあ、この個人化の時代ですし、一人でも楽しめることが増えたことは良いですよね~わたしの時代なんか、一人でいると変な目で見られちゃいましたね~。へへへ」


 先生は天井を見上げて、昔の情景を思い出しているようだ。俺と同じ年齢の頃を思い出したのか、頬を上げて、シワを寄せ笑った。先生が俺と同じ年齢というと、ちょうど沖縄が日本に返還された時代に近いか。


 現在とはまるっきし価値観が異なっていたことを、俺は本で読んだり、ネットで調べたから知っている。電車内でタバコを吸っていても違和感ない時代だ。


「夏輝くんは、わたしと話をする時とか、言葉遣いも丁寧ですし、話の筋もしっかりしています。与えられた委員会なんかの仕事もしっかりやってくれます。ですから、過度に心配なさらずとも大丈夫だと思います~」


「先生、私は同じ学年の人とお話すると、どうしても緊張してしまうんです……」


 俺は、この機会だから、母と先生がいる前で悩みを打ち明けてみた。いや、悩みという深刻なそれではないが、ちょっとした苦手意識のあることを相談してみようかと。


 すると、先生は腕組みしながら、頬に手を当てた。


「そうですね~……人には苦手なことの一つ二つはありますから、無理に話そうとしなくても大丈夫ですよ。ただ、色んな人と関われると強いことは、歴史とか文学を知っている夏輝くんなら、よく分かるでしょう?」


「はい」


「折角の高校生活ですから、自分のペースで雑談程度でもできる人を見つけてみるのが、先生は良いと思います」


 俺は、最後にもう一度「はい」と返事をして、静かに頷いた。視界の端に映る母は、俺よりもさらに深々と頷いていた。


 先生は、次いで大学に関しての詰めを始めた。先生は資料を取り出して、俺が過去に書いた進路希望の書類を一枚、差し出した。


「希望は南大学の社会学部。夏輝くんの実力的にも、ここで大丈夫だと思います。他の希望の大学とかは、ありませんか?」


 二年生の夏に、近所の南大学のオープンキャンパスに行った。だから、ここ一本で勝負を賭けようと決めていた。


 なぜなら大学を考える時間さえ、俺の心は惜しいと言って、小説を書きたがっている。だから、仕方のないことだろう。


「いいえ。特にありません」


 俺は、きっぱりと断言した。第二志望とか、滑り止めとかは考えてない!


「そうですか。まあ、まだ時間はありますから、第二希望ぐらいまでは考えておくといいかもですね~」


 先生は、次いで、これまでの成績をまとめた表を俺と母に提示した。


「こちらが……これまでの成績のまとめですね。社会系の科目と現代文の成績がずば抜けてますね~すごい☆私の授業をいつも寝ないで聞いてくれて、嬉しいです。へへへ」


 ハリは無いが、優しい感じの先生の指が、成績表の項目を上から順に指した。


「おお。流石は小説家」


「そんな、大そうなものじゃないよ」


 母は、俺の事を「小説家」と呼んだ。しかし、それでは結果を残してきた先人や、才のある人々に失礼だと思って、俺は遠慮気味に言った。俺の小説は、まだ認められてもいない拙い文章のそれなのだから……


 現代文5、歴史総合5、数学3、地学3、英語4……と、成績評価が、縦列に並んでいる。文系の科目は高め、理数系の科目は低め、といったところか。


「文系の科目はナイスファイト!理数系の科目は、頑張れ!といったところですかね。こちらは、お渡ししておきます。希望を変える場合など、ご参考にどうぞ」


「ありがとうございます」


 俺は、成績表を先生から受け取って、カバンにしまった。……紙にシワがつくことを気にせず、丸めて。こんな紙切れ、どうにでもなってしまえ。


 それから、また自宅での様子とか、不安なことはないかとか、下らない話が列を成して数分後……俺は、ついに三者面談という桎梏から解放された。


「今日はお時間、ありがとうございました」


「はい。これからも頑張ってください、夏輝くん」


「はい。失礼いたします」


 俺は席を立ち、先生に頭を垂れてお辞儀。扉の前で、もう一度礼をした。


「ありがとうございました」


 母も、俺に倣うように頭を垂れて、教室の扉を閉めた。


 さっさと帰ろうと足を速めようとした時、視界の端の早瀬さんと目が合ってしまった。


 名前の順だと、俺のすぐ後ろが彼女なのだ。彼女は、母親と一緒に廊下に設置された椅子に座って、俺たちの面談が終わることを待っていたのだ。


「あ、羽田くん。お疲れ様。この後暇?」


「え、あ……熟がある……かな……」


 早瀬さんは、小さく囁く声で唐突に言った。俺は気が動転して、的確な返答を考える前に口から言の葉を零していた。


 咄嗟に俺の横腹を指で突いたのは、母だった。


「あんた、熟なんて行ってないでしょ?」


 しまった。しまった。参ったなぁ……ここに母が同行していたことが、すっかり頭から抜けていたらしい。そういえば俺は、学習熟を面倒臭がって行かず、自学習だけで済ませていたのだった。


 別に、自学習だけでも大学には行けるだろう!やる気さえあれば!


「もし暇だったら、この後……7時に東新台のファミレス来てよ」


「……」


 俺は、永遠にも思える自らの沈黙に拘束された。頭の内側の思考が熱を持って役立たずになって、回路がショートしたかのようだった。頭が真っ白になるとは、これを的確に表した言葉のようだ。


 さて、どうしようか。家族親戚以外の人と外食なんてしたことないし、不安の要素が多いから、やっぱり断っておこう。


「ご……」


 ごめんなさい。また今度の機会に。という、その場凌ぎの文句を口にしようとした時、母の真っすぐで空間を突く声が、俺の開口を上塗りにしてしまった。


「せっかく誘ってもらったんだから、行ってきなよー。どうも~」


 母は、俺の背を指で突きながら、早瀬さんとその母にペコペコ頭を小さく下げた。


 これは、まんまと母の策略に乗せられた。断る理由も雰囲気も、全てが奪い去られてしまった。病院に行く?体調が悪い?バイトがある?塾がある?それらの断る決まり文句の嘘は、すべて母に見透かされてしまう。


——ええい、この際、どうにでもなってしまえ。



 俺は、一息の間を設けて、早瀬さんへの返答を紡ぎ出した。


「分かった。じゃあ、7時に……」


「おっけー。じゃ、また後でね」


 そうして、早瀬さんと彼女の母は、三者面談を受けるべく、Aクラスの教室へと入っていった。




 教室を離れて、廊下の静寂をかき分けて歩く俺と母。窓の外に臨む砂のグラウンドからは、野球部と男女サッカー部の勇ましい声が聞こえてくる。


 開口一番で、母は緊張の汗の味を思い出させてきた。


「あんた、いつの間に、あんな可愛い子と仲良くなったの?もしかして、彼女?」


「いや……中学校の頃からよく一緒のクラスになったから、ちょっと顔を知ってるんだよ」


「顔を知ってるって……何回も同じクラスになったんでしょ?あの子と」


 俺は、母の前を歩きながら、昇降口への階段を速足で駆け下りていた。


 母に勘違いをしてほしくないのだが、俺は決して早瀬さんと仲が良いということではない。彼女だって?それでは、つり合いがあまりにも悪いではないか。


 バレー部で主将をしており、成績はクラスでトップクラスに良い。誰とでも良い関係を築くことができる明るい性格の早瀬さんが俺の彼女?冗談にしては出来が悪すぎる。俺とは対極の光にある彼女に対して、失礼ではないか。


 母は、目を丸くして、そしてニコニコと笑っていた。そこに、昼時の力ある太陽の白の光が流れるので、母の年相応でない若い顔が、嫌でも俺の目に入るのであった。


「せっかくなんだから、楽しんでおいで」


「……ああ。分かった」



 俺は、ぶっきらぼうな感じの低い声で、母に返事した。


 

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